034 発明家
「長らく大変な思いをさせて悪かったな。だが、そんな日々ももうおしまいだ。今後はロボットが働いてくれる」
「それはありがたいですけど……あんなものをどこで手に入れたのですか?」
私とフリックスは、ダイニングに移動して話をしていた。
「手に入れたのではない。あれは自分で作ったのだ」
「作った!?」
「今まで黙っていたが、俺は発明家なんだ」
「発明家……本当ですか?」
全く信じられなかった。
彼とこの家で過ごして半年になるが、それらしいシーンに記憶がない。
いつもパソコンで新聞を見ているか、部屋に籠もって何かを書いているかだ。
まだ「小説家」や「詩人」などと言われるほうが納得できる。
「本当さ。自分で言うのもなんだが結構な実力者だ。自動車やパソコンを発明したのも俺さ」
「えええええええ! それはさすがにウソですよね!」
「と思うだろ? だが本当なんだ」
「すごい……!」
衝撃の事実だった。
「あ、じゃあ、フリックスさんの謎の資金源って、発明で得たものなんですか?」
「そうだよ。特許って分かるか?」
「名前だけは何とか……」
「簡単に説明すると、自動車やパソコンを作る場合、俺にお金を支払う必要があるんだ。そのお金は『特許使用料』と呼ばれていて、それが俺の収入源になっている」
「なるほど! 分かりやすい!」
「パソコンや自動車は派手で分かりやすいが、地味で目立たない発明品もたくさんある。そうした発明品がもたらす特許使用料によって、俺は毎月200億ゴールドほどの収入を得ているわけだ」
「200億!?」
これまた衝撃の事実だ。
フリックスが大富豪なのは分かっていた。
だが、200億は桁違いである。
月に1000万かそこらだと思っていた。
「そんなわけで、アイリスの負担を減らすべくポテチ専用ロボットを作ったわけだ」
「ポテチ専用ということは他の物も作ろうと思えば作れるってことですか?」
「もちろん。ロボットは予めプログラムされた作業内容に従って動いているので、プログラムを変更すれば他の作業も可能になる」
「プログラムが何か分からないけどすごい!」
フリックスは「だろ」と誇らしげに笑った。
「さて、ロボットの作ったポテチの味を確認しよう」
フリックスはポテチの袋を開いた。
中から一枚手に取ると、袋を私に渡す。
私も同じように一枚いただいた。
「いただきます!」
妙な緊張感がある。
機械が1から作った料理を食べるなど人生で初めてのことだ。
いや、おそらく、この世界でも私たちが初めてだろう。
パリッ。
口に含んだチップスを噛む。
小気味いい音とともにジャガイモの風味が広がる。
舌には我が家で愛用している安物の塩の味がした。
「うん! 美味しい! 私の作るポテチと全く同じ味!」
「アイリスの作業を完全に模倣しているからな!」
フリックスは満足気に頷き、ポテチをパリパリと食べる。
「いやぁすごいですね! ロボットって! それを作ったフリックスさんも!」
こうしてポテチを食べている間も、キッチンではロボットが働いている。
今までの常識を覆すことであり、私はかつてないほど感動していた。
「これで今後の製造はロボットに任せて、我々……というか、アイリスは販売に専念すればいい。ロボットなら24時間疲れ知らずで作り続けるから、これまでよりもたくさん売れるぞ」
「最高じゃないですか!」
と言った後で、私は気づいた。
「あ、ダメです、フリックスさん」
「どうした?」
「24時間ずっとキッチンを占領されたら、私たちのご飯を作れなくなっちゃいますよ!」
「たしかにそれは問題だな」
「ですので、私が料理を作る時はロボットに作業を止めてもらわないと!」
フリックスは「うーん」と唸った。
「それは望ましくないな」
「そうなんですか?」
「あのロボットはまだ開発途中でな、汎用性が全然ないんだ」
「汎用性……? どういう意味ですか?」
「立ち上げ作業が繊細と言えば伝わるか?」
「いえ! 全然伝わりません!」
「ならこう考えてくれ――料理のたびに止めてしまうと、今のような完璧な仕事ができなくなってしまいかねない!」
「ダメじゃないですか!」
「だから立ち上げに成功……つまり、上手く動いたのを確認したら、あとは触らずに放置するのが望ましいんだ。ジャガイモの補充などは人力で行うけど、その際も止めることはない」
「えー。じゃあ、どうすればいいんですか? 別の家に引っ越して、ここはロボットの作業場にしますか?」
「それも悪くないが……」
フリックスは少し考え込んでから言った。
「ポテチ屋から卒業するか」
「え?」
「自動車やパソコンと同じさ――特許ビジネスだよ」
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