036 ミレイ⑥

 ライルとの結婚式まで残り3日。

 本来なら幸せでいっぱいの時期だが、ミレイは不機嫌になっていた。

 決してマリッジブルーなどではない。

 問題の原因はアイリスだ。


「特許だぁ……!? やっぱりお金のことしか考えいないクソ女じゃないの! 根っこの部分は貴族と同じよ!」


 夜、ミレイは自室で、いつものように苛ついていた。

 ブルーム公国の邸宅なので、ライルもいるため大きな声を出せない。

 怒りに身を任せて暴れられないことがストレスを増幅させていた。

 手に力を込めすぎるあまり、新聞紙の端がクシャクシャになっている。


「しかもこの特許、絶対にフリック様が考えたものでしょ。あの女、フリック様の発明品まで私欲を肥やすのに利用するなんて! なんて浅ましいクズ!」


 新聞には、ロボットの特許に関する話が一面に掲載されていた。

 それによると、特許を取得したのはフリックではなくアイリスになっていた。


 もちろんフリックのアイデアだ。

 法律上、偽名で取得した特許には効力が生じない。

 かといって、本名で登録するとフリックスの正体が世界にバレる。

 そこでフリックは、自分ではなくアイリスを出願者にした。


 それをミレイは誤解したのだ。

 アイリスが自分の手柄にするべく出願者を自分にしたのだと。

 フリックの恋心を利用して強引に奪い取ったのだと。


「そもそも、なんでポテトチップスの流行を抑えられなかったのよ! あれだけ裏工作をしたのに! そうでしょ!?」


 ミレイが話を振った相手はアルベルトだ。


「…………」


 ロバディナ王国の英雄たる老騎士は、呆れた顔をするだけである。


「アルベルト、あなた、もしかして何もしなかったのですか? 私の指示に背いたのですか?」


「いいえ、ちゃんと実行しました。ご指示の通りに新聞記者に賄賂を掴ませ、ポテトチップスの食べ過ぎは問題だとの記事を出しています。それはミレイ様もご覧になったはず」


 そう、ミレイはアイリスの躍進を見逃してはいなかった。

 ポテトチップスが流行りだして間もない頃から潰そうとしていたのだ。


 そのために色々な方法を採った。

 悪質な新聞記事を書いたり、質の低いポテチ屋を大量に出したり。

「アイリスの作るポテチには麻薬が入っている」等の噂も流した。

 しかし、それらは全く通じなかったのだ。


「ではどうしてこのような結果になったのですか? アイリスは日に日に成功しているではありませんか」


「仕方ありませんな」


「仕方ないですって……?」


 アルベルトは「だってそうでしょう」と笑う。


「どちらが正しいかと言えばアイリス殿に分がある。魔法肥料と違って付け入る隙がないため、どうしても強引な戦い方を強いられてしまう。この時点でミレイ様は絶対的に不利だ」


「ですが、その分お金を掛けました。何事も最後にモノを言うのはお金です。たとえ正しかろうと、お金がなければ潰されてしまう。それがこの世界です」


「そこです、敗因は」


「え?」


「相手がアイリス殿だけなら簡単に潰せたでしょう。ですが相手にはフリックス様とペッパーマン様がついておられる。フリック様の資金力はキーレン家の税収すらも上回りますし、ペッパーマン様もビジネスの成功で結構な富を築いておられる。どう転んでも財力で勝つことはできますまい」


「つまりあのお二方が対抗してきたと……?」


「両者の性格や立場を考えると、フリックス様が資金を提供し、ペッパーマン様がそれを有効活用して動き回ったのでしょうな」


 アルベルトの読みは正確だった。

 ミレイの動きを予想していたフリックたちは裏で手を打っていたのだ。


 悪質な新聞記事は殆ど全てを買い取って流通量を限り無く抑えた。

 質の低いポテチ屋はすぐ傍に良質なポテチ屋を出店することで駆逐した。

「アイリス産のポテチに麻薬」という噂には「そのくらい美味い」と付け足した。


「酷い! 酷すぎますわ! そんなの!」


 ミレイは我慢できずに破壊行動にでてしまう。

 衝動に身を任せて、備えてあった花瓶を叩き割った。


「もうやめましょう、ミレイ様。全ての戦に勝つのは無理です」


「そんなことは認めません! 私はミレイ・キーレン! 敗北は許されないのです!」


 ミレイは部屋の中を歩き回って次なる手を考える。

 そして、ピンッと閃いた。


「論文を出しましょう」


「は?」


「高名な学者を手懐けてポテトチップスに関する論文を書かせるのです! 魔法肥料の時のように!」


「…………」


「これなら問題ないでしょう? なにせあの時は何の反撃もなかった。つまりフリック様やペッパーマン様といえども、ニコラスの論文を覆す力がなかったということです。結構な出費にはなりますが、これならば必ず――」


「もうやめましょうや」


 アルベルトはため息をついた。


「やめましょう……?」


「アイリス殿に嫉妬する必要などありますまい。それよりもライル様との結婚に集中しましょう。三日後に控えているのですよ」


「仰っている意味が分かりませんわ」


 ミレイには本気で理解できなかった。

 アルベルトが何を言いたいのか。


「このところミレイ様は体調不良を理由にこうして部屋に籠もりきりです。ご自身では上手にやれているおつもりかもしれませんが、さすがに言い訳としては苦しくなってきました。たとえ結婚が政略的なものだったとしても、これでは悪影響が出てしまいますよ」


「そんなものどうでもいい!」


 ミレイは声を張り上げた。


「ライルなんか所詮は従属国の伯爵令息に過ぎない! 悪影響が出ようが何ら問題ありません! それより今はアイリス! アイリスをいかにして潰すかに集中するべきでしょう!」


 もはや場所のことなど考えずに喚き散らすミレイ。

 しかし、この行為は悪手だった。


「アイリスを潰すとはどういうことですか?」


 扉が開き、ライルが入ってきたのだ。

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