027 販売禁止

「魔法肥料で栽培した作物が販売禁止に!?」


 驚く私に対し、フリックスは頷いて説明した。


「健康上のリスクがあるとの論文が発表されたらしい。新聞に載っていた」


 発表者はニコラスという名の学者。

 論文の内容は言いがかりに近い強引で無理のあるものだ。


 それでも国王は事態を重く受け止め、速やかな決定を下した。

 安全が確認されるまで魔法肥料で栽培した作物の販売を禁止する、と。

 自分で消費する分には自己責任で行ってもいい決まりだ。


「言いがかりに近い論文なのに、どうして国王様は禁止にしちゃったんですか!?」


「理由はいくつか考えられる」


 フリックスが詳しく説明してくれた。


 一つ目は、論文の発表者がニコラスだからだ。

 今回の論文のような分野では名の知れた権威のある男である。


 二つ目は、ニコラスの正確さだ。

 過去に彼の提唱した仮説は、一つ残らず正しかった。

 石橋を叩いて渡るような、自信がある時しか動かない男として有名だ。

 だから、一見すると突拍子のない内容でも無碍むげにはできなかった。


 さいごに、論文に書かれている健康上のリスクが潜在的なものだからだ。

 食中毒に見られるような症状がただちに出る……というわけではない。

 免疫が低下して寿命が縮まるとか、臓器に悪影響だとかそういう話だ。


「安全が確認されるまでどのくらいかかるのですか?」


「早くても数年は要するだろうな……」


「そんなぁ。じゃあ、その間は畑の作物を売れないのですか?」


 フリックスは「すまんな」と頷いた。


「国王様の決定なので仕方ないですよ。それに論文の内容が正しいなら大問題ですし」


 私は「でも……」と力なく笑う。


「畑が使えないなら、私はクビですね」


「そんなことはない。この件は不可抗力なのに君をクビになどするものか。安全が確認されるまでの間もちゃんと給料を支払うよ。それに……」


「それに?」


「どうも引っかかる」


「引っかかる?」


「過去にニコラスが発表した論文と比べると、明らかに曖昧な部分が多いんだ。言い方を変えると反証される可能性が高いということさ」


「は、はぁ……」


 私は今ひとつ言っている意味が分からず首を傾げた。


「分かりやすく言うとだな、今回ニコラスが発表した論文ってのは、通常だと無名の学者が売名のために行うものなんだ。反証されて間違いだと言われることを前提としていることが多い」


「それだと分かります! ニコラスさんは既に有名で実績があるので、そういった論文を発表する必要がないわけですね」


「むしろリスクが高い。反証されると評価が落ちるからね。それを堅実の代名詞みたいな男が行ったというのは、どうにも裏があるように感じる」


「なるほど……。でも、裏があったとしても関係ありませんよ」


「どうしてだ?」


 今度はフリックスが首を傾げた。


「だって私たちは庶民じゃないですか! たしかにフリックスさんは大富豪ですけど、別に爵位があるわけじゃないですし!」


「…………」


 驚いたような顔で固まるフリックス。


「どうしたんですか? フリックスさん」


「いや、実に君らしいと思ってな」


「え? どういうことですか?」


「言葉通りの意味さ」


「もっと分かりやすく言ってくださいよー!」


「気が向いたら話すよ」


 そう言うと、フリックスは右手をマスクに当てた。


「わお! いよいよ素顔が!」


 興奮する私だったが――。


「外すと思ったか? 残念だったな!」


 フリックスはマスクの位置を微調整するだけに留めるのだった。


「もう2ヶ月かそこら、もしかするとそれ以上の付き合いじゃないですか! いい加減に外しましょうよ! その金ぴかマスク!」


「そんなに見たいなら、深夜にでも俺の寝室に忍び込むといい。寝る時はマスクを外しているからな」


「できませんよー!」


「なぜだ?」


「だって寝ているのを邪魔されたら嫌じゃないですか! 私なら嫌です! だからできません! 自分がやられて嫌なことは人にしない! 常識です!」


 フリックスは「プッ」と吹き出した。


「あれ? 私、何かおかしなこと言いました?」


「いいや、全く何もおかしくない。君の言う通りさ」


 そう言うフリックスは、何だかとても嬉しそうだった。

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