026 付加価値
ライルやミレイが農園に来てから数週間が経った。
その間の私は、これまた全く代わり映えのない日々を過ごしていた。
たまにフリックスとコルネリオや他の街へ出向くくらいしか変化はない。
作物の売り上げがいいので、貯金だけが増えていく状況だ。
(お金を貯めても使うことがないし、メイドさんでも雇おうかなぁ)
そんなことを考えながら、いつものように水やりの準備を始める。
といっても、倉庫に行って道具を取ってくるだけだ。
収穫日ではないのでのんびりしている。
「アイリス、今日から俺も農作業に加わるぞ!」
ボルビーと喋りながら作業をしているとフリックスがやってきた。
「どうしたんですか? いつもはだらだらしているのに!」
長期投資に切り替えてから、フリックスはパソコンに張り付かなくなった。
そうして生まれた暇な時間を、彼は惰眠を貪ることで浪費していた。
「だらだらするのにも飽きてな……」
「なるほど。ではお水か肥料のどちらかをお願いします」
「肥料を撒こう」
「なら私が水やりですね!」
一人でも余裕過ぎる作業を二人で行う。
「なぁアイリス」
「はい?」
フリックスは肥料を撒きながら「思ったんだけどさ」と話す。
「収穫した作物をそのまま売るのって勿体なくないか?」
「と言いますと?」
「もっと付加価値をつけよう!」
「付加価値?」
「要するに品種改良ってやつだ。例えば青色のアスパラガスを作るとか。今よりも高く売れること間違いなしだろう!」
したり顔で話すフリックス。
そんな彼に対し、私は「無理ですよ」と笑った。
「だってこの畑、魔法肥料じゃないですか。この畑で取れる野菜は良くも悪くも同じ品質で固定されますよ」
「そうだった!」
「品種改良をするなら普通の畑と膨大な時間が必要ですよ」
「普通の畑はともかく時間は困るなー!」
「でしょー! なので品種改良なんて無理です!」
「うーむ」
頭を抱えるフリックス。
(付加価値とか考えたことなかったなぁ)
私は今の収入に全く不満がない。
むしろ「こんなに貰っていいんですか?」というレベルだ。
なので現状のさらに上を目指そうと思うことがなかった。
その点、フリックスは違う。
謎の収入源を誇る彼にとって、畑の収入は無に等しい。
私と同じく不満を抱いてはいないものの、私と違って満足もしていない。
だからこそ付加価値がどうとか閃いたのだろう。
「じゃあさ、品種改良はやめて加工品にするのはどうだ?」
「加工品って何ですか?」
「料理とかのことさ。アイリスは料理が上手だろ? その腕を活かして、アスパラガスやサフランで何か作ってそれを露店で販売するんだよ。これもまた付加価値と言える」
「なるほど! それならできそう!」
悪くない案だと思った。
収穫日はともかく、それ以外の日は暇をしている。
その暇な時間を露店に使えば、楽しくお金を稼げそうだ。
「では今すぐに何か料理を考えてくれ! 思い立ったら即行動だ!」
「ならアレにしますか。フリックスさんの大好きなアスパラガスの肉巻き」
「悪くないんじゃないか! アイリスの肉巻きは絶品だ!」
私は「あはは」と笑った。
「フリックスさんの評価って当てにならないからなぁ」
「なぬ! なぜだ?」
「だって私の料理なら何でも絶品って言うじゃないですか」
初めてのデート以降は特に顕著だった。
ありもので適当に作った物でも大喜びで食べてくれる。
「美味いのだから仕方ないだろ!」
なんだか少し恥ずかしそうなフリックス。
「そう言っていただけるのは嬉しいですけどねー!」
「とりあえず肉巻きを販売しよう! 自分たちで消費する用に残している分のアスパラガスがいくつかあるだろ? それを使おう!」
「分かりました! では準備しますね!」
「俺は新聞を読んで待っているから支度ができたら教えてくれ」
「了解です!」
畑の作業を終え、私たちは家に戻った。
(思ったより量が少ないなぁ。タレも殆ど残っていないし、販売を始める前にリンゴを買いに行こうかしら)
冷蔵庫を物色しながら考える。
必要な物を脳内でまとめたので、今度はそれを紙に書く。
――はずだったのだが、それはできなかった。
「アイリス、作業は中止だ」
フリックスがやってきて、深刻な顔で言ってきたのだ。
彼の言葉には続きがあった。
「魔法肥料の畑で栽培した作物が販売禁止になった。ウチのアスパラガスはもう商売に使えん」
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