021 ミレイ④

 ミレイがフリックス農園に来た本当の理由。

 それはアイリスに謝るためなどではなく、フリックと話すためだ。


 ライルを選ぶ前、ミレイはフリックに夢中だった。

 世界最高の容姿と家柄を誇り、能力面でも他の王子を凌駕している。

 彼に敵う者は世界中のどこを探しても見つからない。


 欠点を上げるとすれば、次代の王になれないことだけだ。

 フリックは王位継承権を放棄していた。

 しかし、それを差し引いて余りある長所が揃っている。


 故に、ミレイはフリックにひたすらアプローチしていた。

 彼女だけでない。

 多くの貴族令嬢がフリックとの関係を求めていた。


 だが、フリックは誰も選ばなかった。

 世界最高の美貌を誇るミレイにすらなびかなかったのだ。


 そして数年前、フリックは忽然と姿を消した。

 混乱が生じないよう、父である国王にのみ話を通して。


 ミレイはフリックの足取りを追った。

 しかし、どれだけ頑張っても何の情報も掴めなかった。

 ペッパーマンが裏から手を回していたためだ。


 仕方なくミレイは諦めた。

 そして、フリックの替わりとして選んだのがライルだ。


(今度こそフリック様をモノにしてみせる!)


 フリックを見つけたことで、ミレイの方針が変わった。

 もはやライルで妥協することなど許されない。

 彼女は何が何でもフリックと結ばれたいと考えていた。


「フリック様――」


「少し歩こうか」


 フリックがミレイの言葉を遮る。

 彼は再びマスクを着けて倉庫に向かって歩き出した。


 ミレイは「喜んで」と頷き、フリックの隣にぴったりつく。

 アイリスとは比較にならない優雅で品のある歩き方をしている。

 ただ歩いているだけでも見入ってしまうほどに美しかった。


「ここに来た理由には察しがつく。だから先に言うが、君の気持ちに応えることはできない」


「アイリスが理由ですか?」


 フリックは「いいや」と笑った。

 小馬鹿にするような笑い方だ。


「彼女は関係ない」


「では、どうして……」


「俺は貴族が嫌いなんだ」


「ペッパーマン様とは親しくされているではありませんか」


「アイツは形式的な貴族に過ぎない。実質的には一般人。ちょっとお金のある平民さ」


「では私もペッパーマン様と同じように伯爵家のあらゆる権利を放棄します。ですから……」


「変わらないさ。君は根っからの貴族だ。たとえ庶民と同じ暮らしをしても、君から漂う貴族の臭いが消えることはない」


「そんな……」


 二人が倉庫の前に到着する。

 乳牛のボルビーがどーんと真ん中に座っていた。

 目を瞑っていて、まるで眠っているようだ。


「別にそれが悪いことだと俺は思わない。むしろ君の長所だ。どんな時でも貴族としての誇りを持っていて品がある。ただ、俺とは合わないだけのことさ」


 フリックがボルビーの顔を撫でる。

 ボルビーは目を開けて、「モー」と鳴いてフリックの手を舐めた。


「納得できません、そんなの。私はフリック様がいいのに……」


 ミレイもボルビーを撫でる。

 本当は家畜になど触りたくなかった。

 しかし、フリックに気に入られたくて頑張った。


「…………」


 ボルビーはミレイを見るものの鳴くことはなかった。

 さらに顔をぷいっと背けてしまう。

 彼女はミレイのことを嫌っていた。


(この……!)


 苛立つミレイ。

 当然ながらおくびにも出さない。

 それでも、フリックは気づいていた。


「動物は人間よりも人間の心に敏感なのさ」


「…………」


 フリックはくるりと反転して畑に向かう。

 柵の外から様子を窺うつもりだ。

 ミレイも諦めることなく隣をキープする。


「ミレイ、どうして君はそこまで俺にこだわる?」


「それは……」


「君は全てを持っている。誰よりも美しく、伯爵家という地位があり、振る舞いだって完璧だ。俺にこだわる必要はない。もっといい相手がいるだろう」


「フリック様より良い相手など……」


「いるさ。そうだな、例えば俺の兄たちはどうだ。誰もが君に夢中だ」


 フリックの言葉は正しい。

 彼の兄たちは、既婚者の第二王子も含めて全員がミレイに惚れている。

 つまり、ミレイがその気になれば、次代の王妃にだってなれるのだ。

 王妃は女性にとって最高の地位である。


「私は……地位になど興味はありません……」


 もちろんウソだ。

 地位には興味があるし、なれるなら王妃になりたい。


「分かりやすいウソだ」


 フリックに看破されてしまう。


(ここでウソを並べるのは逆効果ね)


 そう判断したミレイは、本音で話すことにした。

 一か八かの賭けである。


「本音を話しますと、私は一番がいいのです」


「ならますます兄のほうが合っているだろう。王妃が一番だ」


「地位としてはそうですが、私の言う一番はそうではありません」


「というと?」


「私は総合的に判断します。地位だけでなく、容姿、国への貢献度、将来性……ありとあらゆる要素をもとに順位付けを行います。その結果、私にとっての一番はフリック様に他なりません」


「するとライルは二番なのか」


「はい」


 迷わずに認める。


「意外だな。兄たちよりも従属国の伯爵令息が上とは」


「おそらく面食いなのでしょう、私は」


「なるほど」


 そこで少しの間ができる。


「ご存じの通り私は負けず嫌いです。絶対に一番がいいです。二番以下は屈辱だと思っています」


 フリックは何も言わず、前を向いたまま歩く。


「私はフリック様がいい。諦めたくありません。どうか私を選んでください」


 あまりにも直球だ。

 ただ、彼女にはこういう頼み方しかできなかった。

 駆け引きの仕方を知らないからだ。

 そもそも、その必要に迫られたことがなかった。

 望むものは何でも手に入ったから。


「君の熱意に負けたよミレイ」


 フリックは大きく息を吐いて立ち止まる。


「フリック様……!」


 ミレイの顔がパッと明るくなる。

 予想だにしない展開だった。


「一つ問題を出そう」


「へ?」


「その回答次第によっては、俺は君を選ぶ」


「本当ですか!?」


 なんと奇跡が起きた。


「ああ、君の回答が俺の望むものだった場合、俺は君と一緒にここで暮らす。アイリスをクビにして、君と一緒に農園を営もうではないか」


 思わず「やった!」と握り拳を作るミレイ。


「どんな問題にでも最高の回答をしてみせます!」


 ミレイには自信があった。

 駆け引きは苦手でも、クイズには自信がある。

 あらゆる問題に対して最適解を答えられると確信していた。

 それだけの知識と経験を備えているからだ。


 そんな彼女に対し、フリックは問題を出した。

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