022 ミレイ⑤

「そう力むことはない。簡単な問題さ」


 フリックは笑みを浮かべてミレイに出題する。


「俺と君が高級店で料理を食べることになったとしよう。デートだ」


「はい!」


 ミレイの脳内にそのシーンが浮かぶ。

 テーブルクロスの敷かれた上品な店でフリックと向かい合う。

 周囲には誰も客がいない。

 そんなものがいると邪魔になるため貸し切りにするから。


「そのお店は少し変わっていて、ウェルカムドリンクより先にフィンガーボウルが出てくるんだ」


「え?」


 驚きつつもイメージする。

 同時にどういう問題なのかを予想するが分からない。


「で、フィンガーボウルの水を飲む」


「は、はい! フィンガーボウルの水をフリック様がお飲みになりました」


 ますます理解できない。

 非現実的もいいところのシーンなので想像するのが大変だ。

 それでもどうにかイメージできた。


「それを見て、他の客はクスクスと馬鹿にしたように笑っている」


「え? 客がいるのですか?」


「おっと失礼、言い忘れていた。俺はマスクを着けた状態で身分を隠している設定だ。だから客がいる。君も伯爵家の人間ではなく、平民だと思ってくれ」


「そういう設定でしたか。分かりました。少々お待ちください。イメージを修正します」


 フリックの追加設定を含めた状態でイメージし直す。

 周りに客がいることに不快感を抱くが、気にしないことにした。

 絶対にあり得ないことなので、架空の話だとして割り切る。


「お待たせしました。続けてください、フリック様」


 集中するため、ミレイは目を瞑った。


「ここで問題だ。フィンガーボウルの水を飲む俺と、それを見て馬鹿にしたように笑う客たち。そんな状況になったら君はどう振る舞う?」


「えっと……」


「ヒントを出すと、正解はアイリスのとった行動だ」


「アイリスの……って、え、もしかして、実際にあった話なのですか?」


「ああ、まさしく今日起きた話さ」


「そんな……」


 耳を疑った。

 激しく動揺する。


(落ち着くのよミレイ。今のヒントは非常に大きいわ)


 回答の方向性が分かったのは大きい。

 自分ならどうするかではなく、アイリスならどうするか。


(あの女は馬鹿で鈍感だから周囲の反応になんか気づかなそうだけど……それが答えということはないわね。フリック様がそんな引っかけ問題を出すわけがない)


 ミレイの読みは正しい。

 気づかずにニコニコしていた……という回答では不正解だ。

 限りなくアイリスっぽいけれど正解ではなかった。


(周囲の反応に気づいている前提で、あの女がとる行動といえば……)


 ミレイはハッとした。

 一つの答えに辿り着いたのだ。


「分かりました」


 ミレイの目が開く。


「では答えてくれ」


「その前に確認させてください。この問題に正解した暁には、本当に私を選んでくださるのですね?」


「もちろん。男に二言はない」


「それを聞いて安心しました」


 正解を確信しているミレイはニッコリと微笑む。


「それではお答えさせていただきます」


 ミレイは自信に満ちた顔で言った。


「正解は、周囲の客に対して『笑うな』と怒った、です」


 絶対に正しいという自信があった。

 なぜなら、いかにも庶民のとりそうな行動だからだ。

 そして、自分であれば絶対にとらない行動でもある。


 フリックは貴族を嫌っている。

 そのため、貴族らしい行動が正解になることはない。


 貴族らしい行動といえば、この場合は二つある。

 一つは静かに立ち上がって店をあとにするというもの。

 大半の貴族がそうするし、おそらくミレイ自信もそのような対応をとる。

 だが、中には店の人間を呼んで叱りつける貴族もいるだろう。

 よって、店を出たり従業員を叱るというのは不正解だ。


 かといって、気づかなかった、というのも違う。

 となれば選択肢は三つつに絞られる。

 一つはフリックに「間違っているよ」と注意すること。

 もう一つは客に対して「笑うな」と怒ること。


 最初はアイリスも一緒になって飲んだのかと思った。

 が、これは違う。

 周囲の反応に気づいているなら飲まないはずだ。


 するとフリックに注意したのだろうか。

 フィンガーボウルは指を洗うものだよ、と。

 いや、それも違う。

 アイリスがテーブルマナーを熟知しているとは思えない。

 仮に知っていたとすれば、先にフリックに話しているはずだ。

 頭の悪い底辺らしく、したり顔で「これはフィンガーボウルと言ってぇ」とペラペラ話すだろう。

 その場合、フリックがフィンガーボウルの水を飲むことはない。


 ここまでくると答えは一つしかなかった。

 消去法によって導き出された唯一無二の回答である。

 故にミレイは正解を確信していた。


「残念、ハズレだ」


 しかし不正解だった。


「ウソだ!!!!!!!!!!!!」


 思わず声を張り上げてしまう。

 信じられなかった。


「どうなされたのですかミレイ様!」


 家からライルが飛び出してきた。

 その後ろにはアイリスの姿もあった。


「別にどうもしていませんが? 何かあったのですか?」


 必死に平静を装うミレイ。


「ミレイ様の悲鳴が聞こえたと思ったのですが……」とライル。


「私もフリックスさんがご迷惑をおかけしたのかと……」


「そ、それは……」


 言葉に詰まるミレイ。


「ご心配をおかけして申し訳ございません。ミレイ様に今日あったことを話していたのですが、あまりにも我々のマナーがなっていないので驚かれてしまったようです」


「と言いますと?」とライル。


「アイリスと行ったレストランの話をしていたのですが」


 そこでライルはピンッと来た。


「あー! フリックス殿がフィンガーボウルの水を飲んだ話ですか!」


「そうです」


「で、それを見たアイリスもフィンガーボウルの水を飲んだとか!」


「へ? アイリスも飲んだ……?」


 固まるミレイ。

 理解できなかった。


「違うんですよミレイ様! フリックスさんが悪いんです! 私がフィンガーボウルについて教えてあげたのに、なぜかお水を飲み出しちゃって!」


 そこまではミレイの想像にあった展開だ。


「な、なのに、どうして貴方まで飲んだのですか……?」


「周りのお客さんが馬鹿にしてきて、なんかムッとしちゃって、気がついたらグビッとしちゃっていました!」


「意味が分からない……」


 ミレイは崩れた。


「おっと、大丈夫ですか、ミレイ様」


 倒れないようミレイを支えるフリック。

 その際、彼は他には聞こえぬ小さな声で囁いた。


「俺が求めているのはアイリスであって君ではない。悪いが諦めてくれ」

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