019 デートの終わりに

「投資の判断に使うんだ」


 フリックスが言った。


「投資って……フリックスさんの大好きで苦手な株式投資ですか?」


「そうだ。認めたくはないが、どうも俺はデイトレードに向いていないらしくてな……」


「デイトレードって何ですか?」


「買った株をその日に売る取引手法――つまり短期投資のことだ」


「すると、今後は長期投資に切り替えるわけですか」


「うむ」


 株式投資の知識がない私は、今ひとつ意味が分かっていなかった。

 それが顔に出ていたようで、フリックスは補足説明をしてくれた。


「長期投資の場合は、投資先が今後も成長していけるかを知る必要があるんだ。そのためには新聞で情報を見るだけじゃダメで、自分の足を使って実際に確かめるのが一番だと思ってな」


「なるほど! それでこのお店に来たわけですか!」


「そういうことだ。他にも買おうか悩んでいる会社があるから、今日はそういうところが経営しているお店を回ろうと思っている」


「デートはオマケだったわけですね」


 ニヤニヤしながら意地悪く言ってみる。


「オマケと言えばオマケになるが、俺にとっては大事なことだぞ」


 フリックスが笑みを浮かべながら返す。


「そうなんですか?」


「なんたって人生で初めて自分から誘ったデートだからね」


「そういえばマスクの下はイケメンで、多くの女性からモテモテという設定でしたね!」


「そうとも。このマスクを外すとモテ過ぎて困るほどだ」


「あはは。そんなモテモテのフリックスさんとデートできて光栄です!」


 レストランでは、終始、楽しい時間を過ごせた。


 ◇


 食後、フリックスといくつかの店を回った。

 高級店だけでなく庶民的な量販店まで色々だ。

 その度にサービスを利用し、二人で採点する。


 面白いことに、私とフリックスの点数は似通っていた。

 感性が似ているのだろう。


「いやぁ、もうクタクタですよー!」


「同感だ。実に有意義だった」


 日が暮れる頃、私たちはガーラクランに向かっていた。

 自動車にはライトが備わっていて、薄暗い道でも安心して走れる。

 1億ゴールドという高さに相応しい多機能だ。


「結局、どの株を購入するか決まったんですか?」


「とりあえずシーメーズかなぁ」


「何でしたっけ? そのお店」


「百貨店だよ」


「あーあのお店」


 百貨店は、近年、ロバディナ王国に登場した形態のお店だ。

 ブルーム公国を含む他の国には存在していないタイプである。

 そのため、最初は「なんという大きなお店なの」と驚いた。


「シーメーズはセスグラント・ボルテックス公爵が経営しているんだ」


「おー! 公爵様のお店だったんですか! 色々なお店が入っていて楽しかったですよねー!」


「うむ。それにボルテックス公爵は『商売の神』と呼ばれるほどの商才を持っている。記念すべき最初の投資対象として相応しいだろう」


「たしかに! ……あれ? でも、コルネリオって公爵領じゃないですよね?」


「うむ。ガーラクランと同じく男爵領だ」


「男爵領なのに公爵様が商売をされてもいいのですか?」


「ダメという決まりはないので可能だが、あまり一般的ではないね。貴族主義が弱まってきている我が国ですらそうなのだから、他所の国だとまず考えられない光景だろう」


「ですねー」


 ブルーム公国では絶対にありえなかった。

 前に一度、ライルの父である伯爵が愚痴をこぼしていたことがある。

 公爵領で商売が出来たら……と。


「アイリスはどこか投資したいと思うところはあったかい?」


「私ですか?」


「そうだ。せっかくだから君が投資に値すると思ったところの株も買おうかと主ってな」


「なら私は最初に行ったレストランがいいです!」


「ほう? どうしてだ?」


「すごく良いお店でしたし、何より記念だからです!」


「記念って?」


「フリックスさんが初めてご馳走してくれた記念!」


「なるほど」


 フリックスは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「なら明日にでもシーメーズとあのお店の株を買うとしよう」


「はい!」


 遠目にガーラクランが見えてきた。

 露店は既に閉まっていて、人通りも少なくなっている。

 もう少しすると点在している酒場が賑わうだろう。


「フリックスさん、これからもたくさん調査に行きましょうね! 私、頑張って採点しますから!」


「高級レストランで味を占めたな?」


「自動車にも乗りたいです! あ、服も買ってほしいです!」


「やれやれ、なんて強欲な女だ」


「デートのし甲斐がありますよね!」


 フリックスは「ふっ」と笑った。


「だが、まぁいいだろう。今日は俺も楽しかったからね」


「距離が縮まった感じがします!」


「同感だ」


 話している間にも車は進み、ガーラクランに入る。

 中心部を抜けて、農地の多い町外れへ向かう。


「久しぶりの運転で疲れたし、今日は先に風呂を済ませたい」


「ならお風呂の準備をして、それから晩ご飯を作りますね!」


「助かるよ」


「風呂上がりに飲むのはいつも通りでいいですか?」


「ああ、キンキンに冷えたボルビーの牛乳で頼む」


「分かりました!」


 いよいよフリックスの家が見えてきた。

 しかしその時、私たちは同時に「ん?」と反応した。


「フリックスさん、誰かいますよ。ペッパーマンさんかな?」


 まず目に入ったのは馬車だ。

 それでペッパーマンがやってきたのかと思った。

 だが、言った後に違うと分かった。


 人を運ぶための馬車だったからだ。

 荷車ではなく客車が連結されていた。

 町中で見かけるものよりも格段に豪華な客車だ。

 なんだか見覚えがある。


 また、数名の騎士が同行していた。

 馬車の護衛だろう。


「あれは貴族の馬車だな」


 フリックスが言う。

 彼の顔付きは先ほどと違って険しかった。

 見たことのない不機嫌そうな表情だ。


「たしかにライル様の馬車もあんな感じ……って、ライル様の馬車ですよあれ!」


 距離が近づいたことで分かった。

 私も乗ったことのある馬車だ。

 そして――。


「ライル様だ!」


 家の扉の前で、ライルが待っていた。

 彼の婚約者であるミレイも一緒だ。

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