006 販売

 収穫が終わったら販売だ。

 魔法肥料のおかげで作物の状態はどれもいい。

 念のためにいくつか味見したが、文句なしに美味かった。


 しかし、ここで新たな問題が発生。

 私は作物の販売方法を知らなかったのだ。

 なのでフリックスに尋ねようとするが――。


「今はダメだアイリス! チャートから目が離せない!」


 取り付く島もなかった。


「あああああ! 俺の50万ゴールドが! 消えていくぅう!」


 そのうえ今日は不調のようだ。

 株式投資で損をしているようで嘆き悲しんでいる。

 そっとしておこう。


 ◇


 人間その気になれば何とかなる。

 孤児院を出て一人暮らしを始めた時に学んだことだ。


 そんなわけで、私は他の農家に出向いて聞き込みを開始。

 結果、フリックスの家を出た20分後には作物の売り方を学んでいた。


 売却方法は大きく分けて二つある。

 露店を開いて手売りするか、業者にまとめ買いしてもらう。

 業者というのは卸売商や行商人のことを指す。


 今回は露店を採用した。

 大した量ではないため、業者に任せるほどではない。

 それに業者に任せると安く買い叩かれて中抜きされてしまう。


「えーっと、72番は……あった! ここだ!」


 露店を開くには許可証が必要だ。

 許可証は役所で発行される仕組みで、手数料などはかからない。

 ただし場所が指定されているため、好きな所で開けるわけではなかった。


 今回の場所は72番。

 ブルーム公国とは反対側の出入口付近だ。

 通行量はそれなりに多い。


「こんなものでしょう!」


 まずはテントを設営する。

 許可証を発行した際にレンタルしたものだ。

 レンタル料として500ゴールドほど取られたが気にしない。

 必要経費だ。


「目指せ完売! 頑張るぞー!」


「モー♪」


 ボルビーをテントの中で休ませ、私は外に立つ。


「獲れたてのキャベツはいかがですかー! ニンジンもありますよー!」


 必死に声を張り上げる。

 周囲の露天商が「なんだアイツ」と言いたげな顔で見て来た。

 私以外はただ座って客が話しかけてくるのを待っているだけだ。


「安いですよー! キャベツはなんと一玉150ゴールド! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! さぁさぁ! さぁさぁ!」


 大きな声を出していると懐かしい気持ちになった。

 色々なお店で働いていた頃はこうして客を呼び込んだものだ。

 ライルと婚約する前の話である。


「元気な嬢ちゃんだねぇ」


「本当にねぇ」


 ほどなくして一組の老夫婦が近づいてきた。

 どちらも優しそうな顔をしており、手を繋いでいて仲睦まじい。


「よかったらいかがですか! キャベツ! ニンジン! ジャガイモ! ピーマン! ナスビもありますよ!」


「じゃあ少し買っていこうかねぇ」


「ありがとーございます!」


 商品を渡して代金を受け取り、無事に売買が終了。


「どれどれ、ワシにもちょいと見せてくれんか」


「野菜の露店とは珍しいのう」


「露店だと安く買えるのがありがたいよねー」


 その後は続々とお客さんが寄ってきた。

 全員が買うわけではないが、大半は何かしら買ってくれた。

 そして――。


「本日完売です! 毎度ありがとうございましたー!」


 3時間ほどで全ての野菜が売れた。


 売上は1万2500ゴールド。

 上出来だ。


 しかも、今日は様子見で少ししか売らなかった。

 畑に今回の数倍に及ぶ量の作物が眠っている。

 全て売却すれば約10万ゴールドの売上になるはず。


 そのうえ、ウチの畑は魔法肥料が使われている。

 1週間で栽培が終わるため、月に数回はこの売上が入るはず。

 つまり適当に計算しても月数十万は稼げる見込みだ。


 これだけあれば赤字になることはない。

 きっちり働いている限りクビにならずに済むだろう。


「収穫と販売を合わせると大体5~6時間の労働かぁ」


 収穫よりも販売に時間を取られている。

 販売は業者に丸投げでもいい気がしてきた。

 黒字になるようなら検討しよう。


「テントを役所に返したら、フリックスさんに報告しよー!」


「モー♪」


 私はテントを畳み、ボルビーに騎乗した。


 ◇


 フリックスの家に着いたのは15時過ぎのことだった。


「お野菜を露店で売って1万2500ゴールドの……って、どうしたんですかフリックスさん!?」


 家に入って目にしたのは、昨日とは別人のようなフリックスだった。

 ダイニングチェアに座る彼の姿は、まるで水分の抜けたキュウリのよう。

 全身がゲッソリしていて、頬は痩せこけ、天井に向かって白目を剥いている。


「今日は派手にやられたぜ……」


 フリックスは骨と皮しかないような有様の手で自室を指す。

 私は彼の部屋に入り、パソコンを確認した。


『本日の損益:-782万1000ゴールド』


 とてつもない大損である。

 昨日の150万そこらの稼ぎを余裕で上回る損失だ。


「782万ゴールドって、ルリアに換算すると……」


「1170万ほどだ」


「ぎょええええええええええ!? い、いっせんひゃくななじゅうまん!?」


 一般人の平均年収は250万ルリアと言われている。

 ライルと婚約する前の私の年収は160万ルリアだった。

 それを思うと、1170万ルリアがいかにぶっ飛んだ数字か分かる。


「今日の負けは明日取り返す……! 絶対に……!」


「やめたほうがいいですよフリックスさん」


「男たるもの負けたままでは終われん!」


 私はため息をついた。


「まぁフリックスさんのお金なんでどう使おうが勝手ですけど、破産しないでくださいよ! 私はちゃんと頑張っているんですから!」


 そう言って、私は8250ゴールドをフリックスに渡した。

 売上から日給を差し引いた額である。


「その点は安心していいぞ。畑やこの家が差し押さえられることはない」


「ならいいですけど」


 私はフリックスに背を向け「お疲れ様でした」と家の外へ。


「待つんだアイリス」


 だが、何歩か歩いたところでフリックスに呼び止められた。


「どうしたんですか?」


「実は君に尋ねたいことがあった」


「尋ねたいこと?」


「ああ、ちょっと来てくれ」


 フリックスは自室に入り、パソコンの操作を始めた。

 私は後ろでぼんやりと眺める。


「パソコンってのは便利でな、株式投資以外の機能も備わっているんだ」


「知っていますよ! メールですよね!」


「お? メールを知っているのか。珍しいな」


「新聞で読みました!」


 本当はライルから聞いた。


『メールが普及したら伝書鳩が不要になるぞ!』


 興奮気味にそう話していたのを覚えている。


「実は新聞もパソコンで読めるんだ」


「なんと!?」


 フリックスが実際に見せてくれた。


「ここにはロバディナ王国だけでなく他国の新聞も網羅されている。国によっては遅れることもあるが、大体の新聞がその日に発行された最新のものだ」


「すごいですね! パソコン一つであらゆる新聞が読めるなんて!」


「うむ」


「それでフリックスさん、尋ねたいこととは?」


 本題に入る。


「ああ、そうだった。この記事を見てくれ」


 フリックスはブルーム公国の新聞を開いた。

 伯爵領で発行されているローカル紙で、私も何度か読んだことがある。

 彼が指している記事を見て、私の体から血の気が引いた。


『ライル様、婚約破棄を宣言! アイリスの不貞行為が原因!』


 私とライルの婚約に関するものだ。

 一面にデカデカと見出しが書いてあった。


「で、質問なんだけど、このアイリスって君のことかい?」


 フリックスは振り向き、私の目を見て尋ねた。

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