005 魔法肥料

 翌朝。

 フリックスの農園に向かう私の足取りはリズミカルだった。


 よくよく考えると労働条件がいいことに気づいたからだ。

 日給は4000ゴールドと最低賃金ピッタリだが、その他の環境がいい。


 出勤時間はおろか退勤時間まで自分で決められるのだ。

 しかも仕事内容についてとやかく言われることもない。


 また、フリックスさんの農園が小規模なのもポイントだ。

 他の農家みたいに何時間も働くことにはならないだろう。

 のんびり作業をしていても2時間そこらで終わるはず。


 なのに日給4000ゴールド。

 時給換算すると、そこらの仕事より条件がいい。

 最高だ!


「おはよーございます!」


 まずはフリックスの家に入って挨拶する。


「おー、今から働くのか。朝早くから結構なことだ」


 フリックスはダイニングにいた。

 椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいる。

 黄金のマスクは今日も装着されていた。

 いつか素顔が見たいものだ。


「朝早くって言いますけど、もう8時50分ですよ? むしろ農家の中では遅いほうかと」


 私は壁に掛かっている時計を見た。


「そういうものか。ま、好きに頑張ってくれ。俺も9時になったら株で頑張るからさ」


「はい! それでは放置されている作物を収穫してまいります! 隣接されている倉庫の道具を使わせてもらいますね!」


「はいよ」


 フリックスが同意したのを確認すると、私は家を出ようとした。

 だが、くるりと踵を返した瞬間に「待った」と止められる。


「アイリス……で、あってるよな? 君に言い忘れていたことがある」


「あっていますよ! で、どうしたんですか?」


「収支がトントンなら雇い続けると昨日言ったが、この場合のトントンというのは、経費も込みってことだからな」


「人件費だけでなく肥料代なども差し引いた状態でトントンじゃないとダメってことですか?」


「そういうことだ」


「分かりました! 頑張ります!」


「いい心意気だ」


 フリックスは満足気に頷いた。


 ◇


 いよいよ畑仕事だ。

 まずは馬車用の荷車をボルビーに装備させる。


「見てよこの荷車、埃を払ったらピカピカだよ。荷車を買ったはいいが馬がないので放置していたみたいね」


「モー」


 ボルビーが「馬鹿だなぁフリックスは」と言いたげに鳴いた。

 同感である。


「これでよし。作物を収穫してくるから待っていてね」


「モー♪」


 畑の手前にボルビーを待機させたら収穫開始だ。

 キャベツ、ニンジン、ジャガイモと定番の作物が目立つ。

 野生動物のかじあとがついた物は除外しておいた。


「ん? これは……」


 キャベツを掘っていると、土の中にキラキラ光る粉を見つけた。

 強弱をつけて青色の光を放っている。


「魔法肥料じゃん!」


 魔力の込められた土壌用の肥料だ。

 これを使った土壌では、作物が急速に成長する。

 そのうえ、収穫せずに放置していても腐らない。

 多くの農家が涎を垂らして欲しがる代物だ。


 しかし、魔法肥料にも欠点がある。

 初期コストがとてつもなく高いということだ。


 小さな植木鉢用ですら100万ルリアは下らない。

 この国の貨幣価値で言えば約65万ゴールドに相当する。

 故に商業用で魔法肥料を導入している農家は皆無に等しい。


 ところが、フリックスの畑には魔法肥料が使われていた。

 これほどの面積ともなれば、初期コストは想像もつかない額だ。


「フリックスさんって何者なんだろ……!?」


 謎めいた資金力である。

 パソコンを個人所有していたり、魔法肥料を採用していたり。


「なんにせよ、これならクビになることはなさそうね」


 作物をガンガン育ててガンガン売れば収支はトントン。

 いや、トントンどころか真っ黒の黒字になるはずだ。


「ぬおおおお! 頑張るぞー!」


 私は収穫した作物を木箱に詰めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る