004 謎の稼業

 フリックスの家は大して酷くなかった。

 掃除をさせるくらいだからゴミ屋敷だろうと思ったが大違いだ。


「俺は取引をしているから、終わったら勝手に帰っていいよ」


 そう言うと、フリックスは自室に入っていった。

 中からはカタカタと何かを叩く音が聞こえる。


(何をしているんだろ?)


 帰り際に覗いてみよう。

 そう思いつつ、フリックスの家を綺麗にする。

 食器を洗い、床を雑巾がけして、大量の書類を整理した。


(うひゃー、さっぱりわからない! なんだこの紙ー!)


 そこらに落ちている紙は、どれも同じようなグラフが書かれていた。

 折れ線グラフなのだが、点の部分が大小様々な四角形で構成されている。

 また、四角形の上下には、しばしば長さのバラバラな線が引かれていた。


(フリックスさんって何の仕事をしているんだろ?)


 不明だが、難しい仕事であることは確実だろう。

 謎のグラフが書かれた紙をどう活かすのか興味がある。


「これでよし!」


 そんなこんなで掃除が終了。

 我ながら綺麗になったものだと感心する。

 ライルの館に住んでいる時も、よくメイドさんと一緒に掃除していた。

 なんだか懐かしい気持ちになる。


「フリックスさん、終わりましたよー!」


 扉をノックし、返事を待たずに開ける。


「そうか、ありがとう。俺は取引中だから勝手に帰ってくれー」


 フリックスがこちらに背を向けたまま言う。

 彼はイスに座り、テーブルに置かれた機械を睨んでいた。


(あれって、前にライル様が言っていた……)


 少し考えて名前を思い出す。


「パソコンだ!」


 フリックスが「お?」と振り返る。


「パソコンを知っているのか?」


「はい! 前にライ……」


 そこで言葉が止まる。

 思わずライルの名を出しそうになった。


「ライ?」


「ライラックさんから教わりました!」


「ライラック? 友達か?」


「ま、まぁそんなところです! 実物は初めて見ました!」


 パソコンはロバディナ王国が編み出した超最先端の道具だ。

 詳しいことは知らないが、とにかくすごい情報端末だと聞いている。

 インフラ各種と同じく魔法石を動力源としているとも。


「ということは、アイリスは王国の主要都市には行っていないのだな」


「はい! 私はブルーム公国から来ました」


「なるほどなぁ」


 フリックスは私に背を向けてパソコンを見る。

 モニターには、掃除の際に見た紙と同じようなグラフが表示されていた。


「なら株式投資も知らなそうだな」


「株式投資……?」


「このパソコンを使って行う取引さ。今この国では企業の株式を売買するのが流行っているんだ。猫も杓子も株式投資だよ」


 そう言うと、フリックスは上機嫌で説明してくれた。

 謎の折れ線グラフは「チャート」と言うらしく、株価の推移を示している。

 私の場合、企業とは何かを知ることから始まった。


「お、上がっていったぞ! ここで売却だ!」


 フリックスがカッターンッとキーボードを叩く。

 私には理解不能の行為だが、彼の顔は満足感に満ちていた。


「今ので取引が完了したのですか?」


「ああ! 今日は調子が悪かったが、どうにか150万ほど抜いたよ!」


「抜いたとは?」


「失礼、稼いだと言えば分かりやすいかな?」


「え! あのよく分からない間に150万も稼いだのですか!?」


「おう! ほら、ここに損益が表示されているだろ?」


 フリックスが嬉しそうに教えてくれる。

 たしかに『本日の実現損益:+157万2500ゴールド』と書いていた。


「よく分からないけどすごいです!」


「ふふふ! そんなわけで、もう農園なんざ興味ないわけだ! あっちは収支がトントンならそれでいい! だから明日以降はアイリスの自由にやってくれたまえ!」


「分かりました! でも、なんだか悲しくなりますね」


「何がだ?」


「私はどれだけ汗水を垂らして働いても4000ゴールドしか稼げないのに、フリックスさんはキーボードをスッタカタッターンってするだけで150万も稼げるなんて」


「ははは。気持ちは分かるが、実は思っているほど楽なものでもないんだぜ」


「そうなんですか?」


「今回は上手くいって儲けられたが、失敗すると大損するリスクもあるからな。俺が150万を儲けた裏で、150万損した奴もいるわけだ」


「わお!」


「ま、興味があるなら証券取引所へ行くといい。パソコンを持っていなくても株式投資ができるぞ」


「いつか行ってみたいですね」


「そして株式投資を始めて破産するまでがセットだ!」


「えー、私も成功したい!」


「立派な心がけだ。成功するためにも明日から農園の経営を頑張ってくれ」


「お任せ下さい! 私を雇ったこと、後悔させませんから!」


 私は胸を叩いて自信をアピール。

 約1時間の掃除で4000ゴールドも貰えてホクホクである。

 フリックスがマスク以外普通なのも嬉しい誤算だった。


 明日も頑張るぞー!

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