003 フリックス
フリックス農園に応募しよう!
そう思い立ったはいいが、申し込む前から問題が発生した。
なんとこの求人広告、最も大事なことを書いていなかったのだ。
住所である。
ガーラクランは小さな町だが、それでも農園は一つではない。
田舎町なだけあって遠くを見ると畑が見えていた。
「あのぉ、すみません、フリックス農園の場所って分かりますか?」
近くにいた町民に尋ねる。
求人広告を見せて「この農園です!」とアピール。
その結果――。
「さぁ? この町には農園が多いからなぁ」
残念ながら知らなかった。
「前途多難ね……」
ボルビーが同感だとばかりに「モー」と鳴いた。
◇
色々と聞き回り、どうにかフリックス農園に辿り着いた。
町外れにある農園で、畑の面積は非常に小さい。
農園というより規模の大きな家庭菜園といったレベルだ。
かといって品質重視の少数栽培というわけでもない。
素人目にも手抜きだと分かった。
しかも他の農家と違って作物の周りを柵で囲っていない。
フリーパスで取り放題の様相を呈していた。
そのため、ところどころ野生動物に食い荒らされている。
(なんだか嫌な予感がするなぁ)
この場所を教えてくれた町民曰く、農園の主は変人らしい。
どう変人なのか尋ねると「会えば分かる」とのことだった。
とりあえず、私は畑の横を抜けて前に進む。
目指すは農園の奥にそびえる家。
この町の建物にしては珍しい石造りだ。
二階建てで、畑と違って立派な作りをしている。
「あのー、フリックスさんはおられますかー?」
木の扉をノックしながら、農園の主ことフリックスを呼ぶ。
すると。
「誰だー何の用だー」
扉の向こうから声が返ってきた。
男の声だ。
「求人広告を見て来ました! アイリスと申します!」
「求人? 何の話だ?」
扉が開く。
現れた金髪の男を一目見て分かった。
どう変人なのか。
男は顔の上半分を黄金のマスクで隠していたのだ。
これから仮面舞踏会に参加するかのような格好である。
この男がフリックスで間違いないだろう。
「こ、この求人です!」
私は求人広告を渡した。
掲示板に貼られていた物で、応募の際はこうして持っていく決まりだ。
この点はブルーム公国と変わりなかった。
「そういえばこんな求人を出したこともあったな」
フリックスは求人広告をクシャクシャしてズボンのポケットに入れた。
それから品定めするように私の全身を眺める。
「アイリスと言ったか」
「は、はい」
「よく『可愛い』と言われるんじゃないか?」
「え? あ、まぁ……たまに言われます」
「だろうな。よし、俺の目は今日も冴えている」
フリックスは満足気に「ふっ」と笑い、そして――。
バタンッ。
――なんと扉を閉めてしまった。
「ちょっと! あの! 仕事をしに来たんですけどー!」
ワンテンポ遅れて全力で扉を叩く。
すると扉が開き、フリックスが姿を現した。
で、一言。
「すまん、不採用だ」
バタンッと扉が閉まった。
◇
普段であれば、不採用と言われたら引き下がる。
特に相手が見るからに変人の場合は尚更だ。
関わり合いになりたくないからね。
だが、今はそんなことを言える状況ではなかった。
ブルーム公国に物を運んで罵詈雑言を浴びせられるのはごめんだ。
かといって破廉恥な格好でセクハラを受け入れる仕事もしたくない。
「不採用は認められません! もしもーし! フリックスさん! 今すぐ扉を開けてください! 開けなさい! フリックスさん!」
結果、私は全力で扉を叩き続けた。
熱意を示せばどうにかなる、というのが経験則から学んだことだ。
ライルと出会う前、孤児院を出てすぐの頃もこうして仕事に就いた。
「あのぉ! 面接! 面接だけでもお願いします! 何卒! フリックスさーん! 歌えばいいですか? 歌いますよ! いいですか? 歌っちゃいますよ!」
バンバン、バンバン!
何度も何度も扉に拳を打ち付ける。
ボルビーも「モー! モー!」と抗議してくれた。
「うるさいな……! これでは取引できないじゃないか」
熱意が通じて扉が開き、再びフリックスが現れた。
「取引が何か分かりませんがお願いします!」
「最低賃金だけどいいの? この町の最低賃金ってたしか日給4000ゴールドかそこらだぞ?」
「はい! 仕事内容によりますが!」
「仕事はそこの畑で適当に栽培して、作物を適当に売るだけ」
「ならやります! お任せ下さい! 家庭菜園の経験がありますので!」
ライルの館でジャガイモやトマトを栽培したことがある。
多少は役に立つはずだ。
「給料は作物の売り上げから支払い、足りない分を俺の財布から補填する。試用期間は1ヶ月。その間に俺が一度でも補填するような状況に陥ったら君はクビってことで。OK?」
「OK!」
「なら採用で。働く時間は任せるから勝手にやってくれ」
「よろしくお願いしますフリックスさん!」
フリックスは怠そうに頭を掻きながら「ああ」とだけ答えた。
「あ、そうだ、アイリス」
「はい?」
「畑の仕事は明日からってことで、今日は家の掃除をしてくれない?」
「お給料が発生するなら喜んで!」
「助かるよ。はい、4000ゴールドね」
「ありがとうございます! それではお掃除させていただきまーす!」
フリックスからお金を受け取ると、私は家に上がり込んだ。
農園に就職したはずだが、初めての仕事は家の清掃になった。
なにはともあれ働けているのでヨシ!
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