002 求人

 ミレイを見て抱く印象は「やっぱり肌が違うなぁ!」というもの。

 透明感とハリがあって傷はおろか皺の一つもない。

 さすがは伯爵令嬢である。


「私とライルのために汚名を被ってくれてありがとね、アイリス」


「滅相もございません! 私にはこのくらいしかできませんので!」


 ミレイは「でしょうね」と笑った。


「ところでアイリス、素直な気持ちを教えてほしいのだけど、あなたは本当にライルを好きになったことがないの?」


 ミレイが真剣な顔で尋ねてきた。


「友達のような意味合いでならありますが、恋愛感情という意味で好きになったことは一度もありません!」


 私は元気よく答えた。


「ふーん」


 一方、ミレイの反応は素っ気ない。

 前に話した時もこんな感じだったので気にしなかった。


「ま、いいわ。私の都合であなたの婚約を無効にして悪かったわね。それと駄々をこねずに受け入れてくれてありがとう。これは餞別よ」


 ミレイは窓から布の袋を取り出した。

 ジャラジャラ鳴っていて膨らんでいるのでお金が入っているのだろう。


「ありがとうござ――あっ」


 私が受け取る前にミレイが手を離してしまった。

 袋が地面に落ち、中のお金が散乱する。


「おっと失礼」


 そう言うとミレイは窓を閉めて馬車を走らせた。


「ちょっと待ってね、ボルビー」


「モー」


 私はボルビーから降りてお金を拾い集めた。


 ◇


 ロバディナ王国は、ライルや私のいるブルーム公国の宗主国だ。

 ブルーム公国だけでなく、その他の周辺諸国も統べている。


 ミレイはそんなロバディナ王国の伯爵令嬢。

 同じ伯爵家でも、ライルより遥かに格上の存在である。


 そんな彼女がライルを婚約相手に選んだ。

 ライルに拒否権はなく、また、あったとしても行使しないだろう。


 なので、ライルから婚約破棄の相談をされた時は快諾した。

 私が彼の立場でも同じ決断をしたと思ったからだ。


 婚約破棄の理由は、表向きには私の不貞行為となっている。

 W伯爵家の看板に傷が付かないようにするためだ。

 この点も快諾したが、今は少し後悔している。

 なぜなら――。


「伯爵様のご令息に不貞行為を働いた輩に食わせるメシはねぇ!」


「アイリスちゃん……悪いけど君は出禁だ。ウチには来ないでくれ」


「この浮気女! 恥を知れこの恥知らず!」


 ――想像以上に世間の風当たりがきつかったからだ。

 食事をするのも一苦労で、とても生活できる環境ではなかった。


「こんなことならもう少したくさんお詫びしてもらうべきだったー!」


 うがー、と後悔しながら私は伯爵領を去った。


 ◇


 ロバディナ王国ほどではないが、ブルーム公国も情報化が進んでいた。

 今時は新聞というものがあり、情報はあっという間に国中へ知れ渡る。

 そんなわけで、私は他の都市でも生活に苦労した。


「もうこの国にはいられないわね」


「モー……」


 ライルの家を出て約二週間。

 未だに安住の地を見つけられずに彷徨さまよっていた。


「他の国の法律は知らないけどきっとどうにかなるはず! だよね!」


「モー1」


 そして、私は国境を越えた。

 ボルビーに騎乗した状態でロバディナ王国に入る。


 放棄された関所を抜けて、舗装された道を進む。

 ほどなくして看板が現れた。


『この先:ガーラクラン』


 ガーラクランとは町の名前だ。

 前の町を発つ際に確認した地図に載っていた。

 今回の目的地である。


「あと少し! 頑張れボルビー!」


「モー♪」


 何もないのどかな道を、ボルビーがマイペースに歩き続けた。


 ◇


 1時間ほどでガーラクランに到着した。

 想像していたよりも小さな町で、人口は1000人程度。

 ロバディナ王国は文明が発達しているらしいが、この町は木造の家が主流だ。

 地面も石畳ではなく砂利道だった。


「1万5200ルリアだと1万ゴールドになるけどいいかい?」


「はい!」


 まずは両替商に頼んでお金を両替する。

 ブルーム公国の通貨ルリアは、ロバディナ王国では使えない。


「これで1万ゴールドかぁ」


 1000ゴールド金貨を10枚受け取る。

 金貨に肖像画が掘られていて王国の技術力を感じた。


(とりあえず宿の確保をしないとね!)


 私は町で唯一の宿屋に向かった。


 ◇


 部屋を借りるついでに、宿屋の店主から話を聞いた。

 その結果、ロバディナ王国は私に向いていると判明した。


 理由は二つある。

 一つは他国についての感心が全くないからだ。

 宿屋の店主にしたって、ブルーム公国の国王の名前すら知らなかった。

 私もロバディナ王国の王族について知らないので同じようなものだ。


 もう一つは移民に寛容なこと。

 ブルーム王国だと、他国の人間――すなわり移民には制限がつく。

 しかし、ロバディナ王国ではそうしたものが何もなかった。

 つまり、私がこの町で働くことに対する弊害が何一つないということ。


「ここを安住の地とする!」


「モー!」


 こうして私はガーラクランで過ごすことを決意。

 まずは生きていくために仕事を見つける必要があった。


「たしか求人の掲示板は……あったあった!」


 町の中央にある大きな掲示板。

 色々な募集が出ているそこに、求人広告もあった。


(思ったより色々な仕事があるなぁ)


 求人の多さに笑みがこぼれる。

 だが、よくよく見ると眉間に皺が寄った。

 大半が物の輸送で、目的地はブルーム公国だったのだ。


(もうブルーム公国には行きたくないなぁ)


 そうなると大半の求人が除外される。

 残ったのは露出度の高い服を着て男にベタベタする仕事ばかり。


(そういう仕事もちょっと私にはできそうにないなぁ)


 ということでこれまた除外。

 最終的に残ったのは一件だけとなった。


『野菜や果物の栽培をする人募集。最低賃金。フリックス農園』


 下手クソな字で書かれた、やる気の欠片も感じられない募集だ。

 誰もやりたがらないようで、この公国だけ紙が古びている。


「なんか怪しいけど……背に腹は代えられない!」


 私はフリックス農園に応募することを決意。

 このままだと1週間もしない内に資金が底を突いてしまうから。

 やむを得ない選択だった。


 しかしこの選択が、私の運命を大きく変えることとなる――。

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