いつかの次の日

 その日は特に何もなかった。チラチラとあちらこちらから視線を感じることはあったが、いつもと変わらない日常を過ごした。


 状況が一変したのは、次の日からだった。


 机に落書きがされていた。小学生の程度の低い悪口。それだけでは済まなかった。男子、女子関係なく無視されるようになり、上履きがゴミ箱に捨てられていた。

 

 「おい。これ。」


 そんな時でも親友はそばにいてくれた。

 ゴミ箱から上履きを拾い上げ、ゴミをはたいてから俺に渡してくれた。コイツだけは何があっても大切にしようと誓った。

 

 「なぁコレいじめか?ふざけたことしてんじゃねえぞ」


 低い声で信也は言った。

 

「気にすんな。俺は大丈夫だから。ありがとな。」


 俺は笑顔で信也にそう言った。ほんとうに笑えていたかどうかは微妙なところだが。


 だが、真実を知っているのは信也だけなので、無理もないだろう。消しゴムとったであろう本人はとてもじゃないが言い出すことは出来ないだろう。怒鳴られていた彼女も、昨日のことがトラウマになって声を出すことも出来ないのかも知れない。そして何より、自分が言い出したことだ。


 「次こんな事をしたら先生に言いつけるからな」


 そうクラスメイトに言った彼の横顔はとてもカッコよかった。


 

 こんな事があった次の日、彼の机には落書きがされていた。朝は早いが、もう既に何人か登校しているクラスメイトがいた。彼らのうちの誰かがやったのだろう。

 彼女は翔がまだ登校してきていない事を確認する。


「今の私にはコレぐらいしか出来ない」


 教室の隅に置いてある雑巾かけから、一枚の雑巾を取り、水で濡らし、彼の机を拭いた。

 どうやらチョークで書かれているだけのようで、すぐに拭き取ることが出来た。


 「ごめんね...」


 彼女は少し濡れている机に向かって呟いた。

 

 彼女は気がついていた。


 怒鳴りつけてきた彼女の取り巻きが、消しゴムをとったであろうことも。

 そのことに彼が気がついて、上手く場を収めようとしてくれていたことも。

 「とった」と言った消しゴムも、本当は彼のものであることも。


 たった一言真実を伝えるだけで良かったのに。

 弱い自分のせいで彼がイジメの標的になってしまった。

 自分が標的になる事が何よりもこわくて、そんな自分を呪った。



 卒業まで毎朝続いたその落書きを、いくら雑巾で拭おうとも、自分の中の劣等感と罪悪感を拭う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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