【シノプシス】第六回 銀鱗兇娘が復活し、戒児は三次救命の誓いを立てる ノ段
第六回 銀鱗兇娘が復活し、戒児は三次救命の誓いを立てる ノ段
●夜・宿屋を抜け出す戒児
同室に泊まる愁麗と戒児。
戒児は隣のベッドで眠る愁麗が美人すぎるうえに慣れない香水の匂いに落ち着かない。堪えきれなくなって窓から部屋を抜け出す。
谷を出てから平らな地形ばかりで高低差に餓えていた戒児は高い建物を見つけて嬉々として登るが、それは浪蘭郡司の楼閣だった。
戒児は見張りの兵との追いかけっこにしばし興じた後、庭に立派な桃の大木を見つけて枝の上に横になる。
そこへ楼閣の主人である美食公子・
枝振りがいいので寝ているだけだと答えると花緑は戒児を桃の精だと思い込み、桃の実の熟れ具合等についてあれこれと質問してくる。
「この桃の木になる果実がちっとも甘くない理由が分かるかな?」
「ここは高い塀に囲まれて日当たりが良くないですね。それと、あそこにある大きな岩が龍脈の流れを阻害しているのが原因じゃないかな」
鴒花緑の相手をしてよく眠れなかった戒児は明け方に宿屋に戻り、梁の間に張り渡した組紐の上に横になって眠る。
●翌朝・銀鱗兇娘復活す
酒楼で遅い朝食を摂っていると「銀鱗兇娘が出た」とニュースが飛び込んできて大騒ぎに。
武威浪ランキング上位に名が挙がっていた某武術道場に銀鱗兇娘が現れ、掌門とその弟子たちを叩きのめして再起不能にしたうえ、保有していた宝剣やレアものの暗器を根こそぎ奪っていったという。
さらに市内でも指折りの豪商の屋敷の壁に『毒蛇の接吻』と呼ばれる印が見つかり、銀鱗兇娘の第二の標的に指定されたとの噂が。
戒児は興奮するが愁麗は興味を示さず、眠いからと部屋に引きこもる。
部屋から追い出された戒児は、銀鱗兇娘に襲われた武術道場に行ってみることに。
道場に着くと野次馬でごった返している。
同じく噂を聞きつけて来ていた欽飛胡と再会し、銀鱗兇娘のことを調べるついでに二人して市内を遊び回る。
標的にされた豪商の屋敷にも立ち寄ってみるが、野次馬ともども警備の者に追い払われる。
そのうちに市内のあちこちで複数の『毒蛇の接吻』が見つかり、印は銀鱗兇娘とは無関係のイタズラではないかという結論に。
●
戒児は欽飛胡の住まいである欽鶫荘に招かれ、主人である兄夫婦・
貧乏で武術の腕もイマイチだがそれなりに名の通った遊侠として人助けをしてきた欽成隆は、顔見知りですらない飛胡を助けた戒児を並々ならぬ義気の持ち主だと認め、困ったことがあれば何でも相談に乗ると約束する。
飛胡と一緒に欽鶫荘自慢の温泉に入る戒児。
「戒児は鉄のキンタマ持ってていいよな~。こいつは秘密だから誰にも言うなよ……実はオレ〈玉無し〉なんだ」
飛胡は男だが生まれつき睾丸がない特異体質だという。
戒児の鴛鴦鉄睾に並々ならぬ興味を抱いたのもそのせいだった。
泊まっていけと勧める飛胡に、愁麗が心配だからと断り戒児は宿屋へ戻る。
●夜・消えた愁麗
戒児が宿屋に戻ったのは夜だった。しかし部屋には愁麗の姿がない。
荷物は置いてあるので引き払ったわけではないが、いつの間にか増えている愁麗の荷物の中に見慣れない武器や暗器がごっそりあることに気付いた戒児は不安にかられて捜索に出掛ける。
件の豪商の屋敷に立ち寄ると、銀鱗兇娘の襲撃を受けている最中だった。
屋敷の主人らしいでっぷりと肥えた男が這這の体で庭に逃げ出してくる。
それを追って黒い人影が歩いて月明かりの下に登場。
追いすがってきた用心棒の男が剣で斬りつけるが、人影の袖から伸びた大蛇の胴体が剣を弾き返す。大蛇は剣を噛み砕き、用心棒の鳩尾に頭突きを食らわせる。倒された男の胸には『毒蛇の接吻』が。
手勢を失った主人は腰を抜かして命乞いをする。
「かか金ならいくらでも出す! 見逃してくれ!」
「ダメだね」
「ひいっ、お助け――ッ!」
助けてと言われて助けないわけにもいかず、戒児は鉄睾を投げて大蛇の頭に命中させる。黒い人影の前に飛び降りる戒児。
助けが入ったことに気付いていない主人は額を地面に擦りつけてさらに命乞い。
「銀鱗兇娘様! どうか命ばかりはお助けを~!」
「それって……?」
戒児は青ざめて目の前の人物を見る。
「嘘ですよね!? 嘘だと言ってくださいよ……烈姐姐!」
月明かりに照らし出された賊の正体は、恐ろしげな化粧を施した愁麗だった。
「この人に恨みでもあるんですか?」
「個人的にはないけどね……こいつが商売にかこつけてやってきた悪行を数え上げれば、あんたも助ける気が失せるだろうよ」
「そういうことじゃなくて……どうして烈姐姐が銀鱗兇娘なんですか!?」
「うるさいんだよ!」
愁麗が蛇をけしかける。
蛇の猛連打が紙一重で身体を掠めても戒児は微動だにせず、まっすぐな目で愁麗を見つめる。
「どうして私が銀鱗兇娘になったかって……? そんなこと、あんたに言ってどうなるってんだい!?」
愁麗は凄惨な笑みを浮かべ、
「後悔してるんだろ? 私を助けるべきじゃなかった……そう思ってるんだろ!?」
「どうして僕が後悔しなくちゃいけないんです?」
逆に問われて、愁麗は笑みを引っ込める。
「僕は烈姐姐を助けたいと思ったから助けたんです。岩爺も言ってました。自分が正しいと信じてしたことなら、たとえどんな結果になっても後悔する必要はないって」
「一丁前の口を利くんじゃないよ!」
愁麗は大きく開いた蛇の顎で戒児の頭を噛み砕こうと威嚇する。
「死にたくなけりゃ私の前から消えな!」
「やめてください。それで僕が怖がると思っているんですか? 姐姐が僕を殺そうとするわけがないじゃないですか」
戒児はまるで怯む様子もなく、逆に大蛇の喉を優しく撫でる。
やがて愁麗の方が根負けして蛇を引っ込めた。
「後悔してないから何だって言うんだい? ご大層な綺麗事を並べたって結局は口先だけ……男なんてどいつもこいつも恩知らずで情け知らずのロクでなしさ! どうせあんたもすぐに愛想を尽かして私を裏切るんだよ」
愁麗は天の月を仰いで悲嘆する。
アイシャドウが溶けて青い血涙のように流れる。
頬を伝う涙を見た戒児は、桃仙谷で初めて出会った時に愁麗が見せた涙を思い出す。
「姐姐の知ってる他の男の人がどうだったかは知りませんけど、この世すべての男が全員同じというのは同意しかねますね」
「……なんだって?」
「だってほら、この僕がいるじゃないですか。だから少なくとも全員じゃない」
戒児のすっとぼけた物言いに、愁麗は怪訝な顔。
「もし次に姐姐が命の危機に陥ったなら、その時も僕が助けます」
「助ける……? 次の一回だけ?」
「すでに一回助けてますけど」
「……ケチ」
子供のように唇を尖らせる愁麗。
戒児はやれやれと肩をすくめる。
「分かりました。一度でだめなら……その三倍でどうです? この先、僕は烈姐姐の命を三度救います! それなら文句はないでしょう?」
「三……度?」
呆気にとられている愁麗の前で、戒児は叩頭して正式に『烈愁麗の命を三度救う』誓いを立てる。
怯えて震えている主人にニッコリ笑いかける戒児。
「今ここにいる人は僕の立てた誓いの証人ですから、もう手出しはしませんよね?」
命が助かったと分かって泣いてひれ伏す主人。
まんまとしてやられたと気付いて愁麗は舌打ちする。
「……チッ。戒児に免じて今夜はその命預け置くけどね……タダとはいかねえ。自分の身代金を出しな!」
屋敷の主人からありったけの
「その変な化粧、落としましょうよ。似合ってないですよ」
涙でグズグズになった化粧を拭い取る。
物言いたげな顔の愁麗に戒児は問う。
「なんです? 今さら僕が後悔するとでも?」
「……とんでもねえガキだよ、あんたは」
チーンと鼻をかみ、愁麗はガハハと大笑した。
[第六回・了]
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