第二章 浪蘭の誓い
【シノプシス】第五回 浪蘭にて烈愁麗は莫蓮香主と会い、戒児は初めての友人を得る ノ段
第五回
●昼・浪蘭市街
前話から十日後。
東方に位置する
愁麗は浪蘭内の遊郭・
目的は顔役・
愁麗との再会を喜ぶ莫蓮香主。
※莫蓮香主は隻眼隻腕で引き裂かれたような傷痕が目立つ四〇絡みの美女。
「あんたが無事で何よりだ。あたしのことを覚えていて、うちに寄ってくれるとは嬉しいねえ」
「別に来たくて来たわけじゃないよ」
「遠慮するこたぁないさ。あたしとあんたの仲だ……ところで妙な小猿を連れてるそうだね。そういう趣味とは知らなかったよ」
「下衆な勘繰りはやめてくれる?」
「せっかく遊郭に来たんだから湯屋に入れてやったらどうだい?」
「お構いなく!」
あまりからかうと愁麗が臍を曲げそうだと雑談を切り上げて本題に入る。
「それで……あたしに役に立てることはあるかい?」
「とりあえず上等の服と化粧道具を一式――それと仕事をいくつか紹介してくれると助かる」
「お安い御用さ」
莫蓮香主は愁麗のために仕立てた衣装を出してくる(リバーシブルで裏返すと銀鱗兇娘モードに)。
香主は愁麗の着付けと化粧を手伝い、まるで姉か母のように世話を焼く。
愁麗の着替えの最中、香主は何者かが屋根裏から覗いていることに気付いて手裏剣を飛ばす。
曲者は手裏剣を身軽に躱して逃げ出す。香主は手下に「逃がすな」と命じる。
●戒児、飛胡と出会う
外で待っているように命じられた戒児だが、退屈したため塀を乗り越えて桜爛花街の中を見学。
※桜爛花街の中は豪華絢爛な和風の世界(吉原や祇園のイメージ)。
枝振りのいい桜の木を見つけて一休みしていた戒児は、相撲取りのような大男の用心棒が数人がかりで曲者の少年を取り押さえる場面を目撃。
金棒で少年が頭を砕かれようとしてるのを見て鉄睾を投げる。
鉄睾は金棒に当たり、電撃のような衝撃を与えて用心棒を怯ませた。
「大の大人が子供を苛めて恥ずかしくないんですか?」
少年を庇ってどうにかその場を収めようとするが通じない。
戒児はやむなく本気で鉄睾を使うことに。
鉄睾の直撃を食らった用心棒は込められた神気により悶絶した。上手く避けられても生体磁力でブーメランのように戻ってきた鉄睾を背中にぶち当てる。
用心棒の手から逃れた少年は軽功を使って壁を駆け上がる。
「おい、こっちだ!」
戒児も少年と一緒に桜爛花街の外へ。
軽功で屋根から屋根へ飛び移り、数百メートルも逃げたところで少年が礼を言う。
「危ないところを助かったぜ。お前、チビのくせに凄いな。ところでそれは何て武器だ?」
「二つでひと組の
「鉄睾……? つまり鉄のキンタマか! そいつはいいや。気に入ったぜ!」
少年は覆面を取り、いかにもやんちゃそうな素顔を見せる。
「オレの名は
飛胡は戒児に礼をしたいと浪蘭の南にあるという『
飛胡は必ず欽鶫荘に自分を訪ねるように戒児に約束させて立ち去る。
遊郭の門前に戻った戒児は、凄い美女が出てくるところに出くわす。
呆然と見送ると、美女は目の前を通り過ぎてしばらくしてから戒児に振り返り、
「戒児! なにボケ~ッと突っ立ってんだい? 用は済んだから行くよ」
「ええ!? り……烈姐姐!?」
愁麗は豪奢な衣装に着替え、髪を結い直し、化粧も施している。
衣装には香が焚きこまれていて匂いが違うため、戒児は言われるまで愁麗とは気付かなかったのだ。
愁麗を見送りに門まで来ていた莫蓮香主は、遠目に戒児を見て目を細める。
●夜・酒楼にて影絵人形劇が上演される
宿を決めて酒楼で食事を摂る愁麗と戒児。
酒楼の演し物として
一座は老人の座長と三姉妹の四人組である。
三人娘が紙の人形を操り、舞台に張られた布のスクリーンに影絵を映し出すのに合わせて、 座長が胡弓を奏でながら名調子で活弁を始める。
簫『
兵『貴様ら、流賊を匿っておるまいな!? 隠し立てすると為にならんぞ』
男『そんな! とんでもございません。つい先日も隣の村が流賊に襲われたばかり。ここもいつ狙われるかと戦々恐々としておる次第で……』
隊長の部下が耳打ちする。
兵『あの村人の娘、なかなかの上玉ですな』
隊長は農民の背後にいる娘をギョロ目で睨むと、農民に居丈高に迫る。
兵『つまりこの村はまだ襲われていないというわけだな? 実に怪しい! それこそこの村が流賊の根城である何よりの証拠!』
男『そんな無茶な! まともに調べもせず決めつけるとは』
兵『ええい問答無用! 村の者を一人残らず引っ捕らえろ! 手向かいする者は斬り捨てて構わぬ!!』
男『何故そのような非道を!? 我らが何をしたというのです?』
兵『ワハハハ! 貴様らが本物の流賊か否かなどどうでもよいのだ。貴様らの首を持ち帰り、流賊を一網打尽に仕留めましたと報告すれば我らの手柄となり褒美をもらえるのだからな』
男『な……なんと卑劣な!』
兵『流賊討伐は皇帝陛下の勅命ぞ。おのれ農民の分際で皇帝に楯突くか!』
隊長が剣を抜き男を斬り殺す。男の娘が悲鳴を上げる。
観客たちは怒りに震え、戒児も眉をひそめる。
「どうして役人が農民を虐げるんです? 天子は民を慈しむものでしよう?」
「今の龍輿を支配している皇帝が異民族だからさ」
愁麗は戒児に龍輿の現状を説明する。
「あんたは知らないだろうけど今の龍輿はもう龍輿人の国じゃない。一〇年前に北から攻め込んできた
愁麗は声をひそめる。
「ところで鴒花緑ってのは今の浪蘭の郡司で、そいつの肩書きが藩王の頃といえば
「え? どうして?」
「昔話だってことにしとかないとヤバいからだよ。大っぴらに広めるには差し障りがある『本当にあった話』を人形劇仕立てにして伝えるのが仕事ってわけ」
「なるほど……それでみんな真剣に見てるんですね」
戒児はハッと気付く。最近の話だとすると官兵に襲われた村はどうなったのか?
再び人形劇の続き。
男を斬り殺した隊長は娘を捕らえて手込めにしようとすると、どこからか石が飛んできて隊長の頭を打つ。
兵『ぬうっ! 誰だ!?』
誰『俺さ!』
耳に飾り角を付けた子供がひょいと飛び出してくる。
観客の間からオオッと声が上がる。
簫『役人共の乱暴狼藉を見かねて飛び出してきたのは――ご存じ〈天雷七星〉が第六星・
丁『罪のない民をいたぶるクソ役人め! 懲らしめてやる!』
兵『このガキ!』
隊長が剣で斬りつけると、丁泰羅は身軽にそれを躱す。
やっきになって剣を振り回す隊長を軽功で翻弄し、ひらりと宙を舞って跳び蹴りを食らわせる。
丁『見たか〈飛燕閃影脚〉!』
観客は喝采を上げる。しかし隊長は手勢を呼び、一〇人余りで包囲した。
丁泰羅は多数の矛に囲まれて逃げ場を失いオロオロする。
丁『兄貴! 兄貴――ッ!』
呼び声に、一瞬スクリーン全体が暗くなり、銅鑼の音とともに落雷のエフェクト。
画面が白く戻ると、丁泰羅を背後に庇うようにして一人の見目麗しい若者が立っている。
簫『――雷鳴とともに現れたるは人品卑しからざる若者!』
兵『ええい、何奴!?』
若『貴様らに名乗る名はない!』
兵『ではお前も流賊の一味だな。締め上げて吐かせてやるぞ』
頭上に掲げた若者の右手、その二本の指の間に三日月に似た飛刀が一瞬のうちに現れる。驚く兵たち。
若『貴様ら……そこを動かん方がいいぞ』
兵『ハハハ! 動けばどうだというのだ!? 恐れるでない! たかが飛刀一本で我ら三〇余の兵を相手にできるものか。圧し包んで突き殺せ!』
兵士たちが矛を突き出そうと一歩前に踏み出した次の瞬間――十数人の兵士の首がボトボトと落ち、鋭利な切り口から盛大に血しぶきを上げた(赤い紙吹雪が噴き出す演出)。 いきなり半数の兵を失った隊長は腰を抜かす。
簫『何ということか! 飛刀がその手に現れた時には、すでに一〇人余りの兵の首は切断され、一歩でも動けば落ちるばかりになっていたとは! 抜く手も見せぬ
観客は仰天、熱狂し、拍手喝采を上げる。
「弾賽文! 弾賽文だと!?」
「マジで!?」
「最強の男来た――ッ!!」
「これで勝つる!」
隊長は弾賽文の正体に気付き恐怖におののく。
兵「そ……その技はまさか〈冰刃雷牙〉!? するとお前は天雷門の――」
弾「貴様に名乗る名はないと言ったはずだ」
兵「しかし天雷門は女緋羅氏とは事を構えぬと宣言したはず!」
弾「そうだな……貴様らにとっては不運なことだ」
兵「!?」
弾「口を塞がねばならんからな」
兵「ひっ、ひいいい!」
部下を置いて真っ先に逃げ出す隊長。スクリーンの左端から外へ逃げるが何者かに突き飛ばされて戻ってくる。現れたのは隊長を足蹴にした大男。
大「どこへ逃げる? 流賊も元はと言えば重税に堪えきれず土地を捨てた農民だ。流賊狩りの勅命を受けておきながら賊の真似事をして無辜の民をいたぶる腐れ官兵ども……貴様らの行き先は地獄と決まっている!」
隊長は武器を捨てて命乞いをするが聞く耳を持たない。
大「散り散りに逃げられると面倒だ。一気に片付けるぞ――〈
三日月型の巨大な刃を飛ばして隊長とその背後の兵士を縦に真っ二つにする。
さらに沸く観客。
「五星の
スクリーン上では生き残りの兵士が挟み撃ちにされ、〈冰刃雷牙〉と〈月牙絶刀〉を浴びせられる。切断されたいくつもの首が、腕が、足が宙に舞う。
爆笑に包まれる店内。
「うわ~、こいつはヒデえ~!」
「やりたい放題じゃねえか!」
「おい! 今なんかしれっと〈
「え? 四星も来てるのかよ!?」
「天雷七星の内三人がかりかよ! こりゃ千人いても敵うもんじゃねえや!」
兵士たちは五体をバラバラに斬り刻まれた肉塊となって地面に積み上がった。
簫『哀れ、波留丹人の隊長に率いられた官兵たちは、誰の首がどの胴体にくっついていたものかも分からぬ有様に成り果ててしまい申した』
丁泰羅は地面に転がった兵士の首を蹴り飛ばして大はしゃぎ。
丁『へへーんだ! いい気味だぜ!』
しかし蓬斯に脳天に拳骨をもらい説教される。
蓬『泰羅! お前が軽率に手を出したせいでつまらんものを斬る羽目になったんだぞ。反省しろ』
丁『でもよ五星の兄貴、悪行を見過ごすようじゃ英雄好漢とは言えないぜ。そうだろ?』
観客の間から「その通り!」と合いの手が入る。
弾『そこまでにしておけ。遅かれ早かれこいつらはこうなる運命だった』
天下無双の武侠兄弟は、救われた娘をはじめとする村人たちの礼を受けるもそこそこに立ち去る。
「はあ~〈天雷七星〉ってとんでもなく強いんですねえ!」
戒児は目をキラキラと輝かせるが、愁麗は浮かない顔だ。
「実際はどうだかね……噂には尾ヒレが付きもんだよ」
武侠兄弟の活躍に客達は大いに湧いたが、店内の熱狂はすぐに冷めて気怠さと溜息に変わる。訝しむ戒児に、愁麗が解説する。
「一〇年前の女緋羅族侵攻の時、天雷門は一切表に出てこなかった。デカい戦に〈天雷七星〉が参加してさえいれば易々と負けることはなかったはず……って想いがあるのさ」
七星の活躍は過去の栄光だが、今なお龍輿の民の誇りの拠り所になっている。
影絵人形劇が終わると今度は一座の三姉妹が顔を出し、『当世龍輿
紹介されるのは普通の賞金首ではなく、キャラが立って腕も立つ有名な悪漢ばかり。三姉妹が即興で折り紙を折り、悪漢の特徴を捉えた似顔絵や人形を仕上げる。
『さ~て、今週の第二位は――』
姉妹が作ったのは奇妙な笑い面。
『笑い面の怪人〈
「なにぃ!?」
「あの盗賊だか殺し屋だか愉快犯だかワケの分からん奴を上回るのが出たのか!?」
『さあ、今週の第一位は――?』
ドロロロロ……と太鼓の音。
二人がかりで折り紙を折り、合体させて大作を作る。
それは上半身が美女で、下半身が大蛇の蛇女だった。
『今週第一位に輝いたのは――久々登場! 復活の〈銀鱗兇娘〉だ~!!』
「おお~っ!」
「おい待て、退治されたって話じゃなかったのか!?」
「生き返るの何回目だよ!?」
「また地獄から舞い戻ってきやがった!」
「今度は何だ? 何をやらかした? また村ひとつ全滅させたのか!?」
相当な悪行を重ねた人物らしく、観客の間に戦慄が走る。
『正体は
観客の食いつきを待ってから、
『そう! 天雷門の奥義を網羅した秘伝書――〈神煌龍経〉を奪ったのです!』
「なっ、なんだって――ッ!!」
「え? 冗談だろ!?」
「そんなバカな! 天雷山に足を踏み入れるだけでも命懸けだってのに……七星は何してたんだ? 全員留守にでもしてたってのか!?」
「おい待て、すると天雷七星が揃って江湖に舞い戻ったのは――」
「何てこった!〈神煌龍経〉を取り返すためか!!」
「門外不出の秘伝書を奪われるとは天雷門始まって以来の恥だ。出てきたことを誰にも知られたがらないはずだぜ」
観客たちは興奮してこれからの展開を予想し合う。
そんな中で再び影絵人形劇が始まる。
天雷七星により追い詰められる銀鱗兇娘の図――それは愁麗がよく知っているエピソードだ。
銀鱗兇娘は丁泰羅の掌打の勢いを逆に利用して飛び、笑い声を残して滝の下へと落ちていく。
簫『果たして、大瀑布の奈落へと姿を消した銀鱗兇娘の運命やいかに!? そして奪われた武林の至宝〈神煌龍経〉の行方は――』
最新スクープに酒楼の客は大盛り上がり。
愁麗は折り紙で作られた〈銀鱗兇娘〉を睨みつけながら小声で呟く。
「……あんな不細工じゃないよ」
●丁泰羅と謎の紅月師
たまたま酒楼の二階にいて簫一座の演し物を見ていた丁泰羅は、不機嫌な顔で表へ出る。
「何だよあの人形劇は! 兄貴たちはカッコいいのに、俺だけなんであんな軽薄なガキなんだよ!? 天雷門の第六星を何だと思ってやがる」
文句を垂れながら夕闇迫る通りを歩く。
「それにしても……どこから〈神煌龍経〉の件が漏れたんだ? さては生き延びた〈銀鱗兇娘〉がバラしやがったか……明日には天雷門が江湖中の笑い者になっちまうぞ。畜生、とにかく連絡だけはしておかねえとな」
人気のない裏通りに入ると屋根の上に跳び上がり、高い建物の軒下に蛍光塗料入りのチョークで奇妙な図形(※ウルトラサイン風)を書く。
他の七星に自分の隠れ家や行き先等を教える符丁である。
書き終えると、いきなり背後から声をかけられる。
「ここで何をしている? 丁泰羅」
声の主はフード付きの白いマント姿の謎の人物。
マントの胸には白地に紅い新月を染め抜いたエプロンを着けている。
身なりは玉露峰の紅月師だが、自分が背後を取られるほどの達人がいるとは聞いていない。
※玉露峰は男性ばかりの天雷門と対になる女性だけの武門。
※紅月師は玉露峰の門弟で〈月華宝典〉の内功を利用した治癒術を行う医師/看護師。
「紅月師か……母上の使いか? 外ではその名で呼ぶなって言われなかったか?」
「質問しているのはこちらだ。天雷七星の一人が何故こんなところで油を売っている?」
紅月師ということは当然中身は女だが、声色の冷ややかさに丁泰羅は鼻白む。
「何してるって……〈神煌龍経〉を取り戻すために〈銀鱗兇娘〉を追ってるんだよ」
「お前には天雷山へ戻るように命令が出ているはずだ。帰れ」
「紅月師のくせに天雷門の門弟に対して挨拶もなきゃ名乗りもしねえ、オマケに顔も見せないような奴に指図されたくないね」
紅月師はマントのフードを上げて素顔を見せる。
白い磁器のような肌をした美少女だ。
人を癒やし救う紅月師らしからぬ、死んだ魚のような虚ろな眼差し。
ひどく無表情で冷たい印象があるが、その美貌に丁泰羅は思わず目を奪われる。
「私は
「……おい、あんた名前は?」
「確かに伝えたぞ」
紅月師は屋根から身を躍らせ、恐るべき軽功で瞬く間に姿を消す。
丁泰羅はヒュウと口笛を鳴らして見送るしかできなかった。
「ハッ、可愛くねえヤツ! でもまあ……面白くなってきやがった」
内心ちっとも面白くなかったが、それでも丁泰羅は不敵に笑ってみせた。
[第五回・了]
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