【シノプシス】第四回 烈愁麗は岩窟翁と対決し、戒児と共に桃仙谷を出奔する ノ段
第四回 烈愁麗は岩窟翁と対決し、戒児と共に桃仙谷を出奔する ノ段
※岩窟翁の語りから始まる
●数時間前・岩窟翁と戒児の暮らす古廟近くの鍾乳洞
結界の中心に結跏趺坐の姿勢の戒児。
顔は火照り汗だくでフラフラ。
それを見下ろす岩窟翁。
「戒児、この三日三晩の修練でお前の内功は大いに成長した。ひと眠りして起きたら……フフン、凡百の武術家なんぞ裸足で逃げ出す域に達しているはずだぜ。これからは生き物相手に迂闊に全力で神気を打つんじゃァねえぞ?」
修練を終えた戒児を寝かしつけると、岩窟翁は外へ出た。
戒児が匿っている〈白鹿〉を探すために。
●現在・温泉近くの岩穴
「白鹿……?」
「ここんとこ戒児のやつが浮かれてやがるんで、何かいいことでもあったのかと訊いてみたのよ。そしたら少し困った顔になってな。あいつめ、しばらく考えて白状しおった。『怪我をして弱っている白鹿を見つけて世話をしている』とな」
(そりゃバレるか……)
さもありなんと愁麗。
「なかなか上手い言い訳を思いついたもんだが『神仙の使いみたいに綺麗』だの『友達の二匹の大蛇が守ってて近寄らせてくれない』だのと気になることを言いやがる。そのくせ『岩爺が行くと怖がらせてしまうから探さないでください』と釘を刺してきた。そりゃ探すわなぁ」
(戒児~~!)
何も隠せていないどころか興味を惹いてどうする。
「しかし……フフン、神仙の乗騎にしちゃあちと邪気が強すぎらァ。それに……病み上がりのくせして独りで〈神煌龍経〉を試そうなんざ、正気の沙汰とも思えねえな」
岩窟翁は〈神煌龍経〉に目を向ける。
「別嬪さんよ……ここが天雷門の禁足地と知ってて来たのか? まあそうだろうよ。天雷門の追っ手を振り切るには恰好の逃げ道だ……問題は〈天雷七星〉が相手じゃァ命が幾つあっても足らねえってことだが」
岩窟翁の口調は面白がっているようにも聞こえる。
「この内功の感じは〈月華宝典〉だな。つまりあんたは玉露峰の人間だ。玉露峰の人間が天雷山から〈神煌龍経〉を持ち出した……こいつはなかなか、穏やかな話じゃねえよなァ」
いきなり核心を突かれて愁麗は動揺する。
「三年前の話だ。戒児のやつが桃仙谷に迷い込んだ若い牝鹿を見つけた……」
岩窟翁は唐突に別の話を始めた。
「戒児のやつは弱ってる牝鹿を助けようとしていたが、ワシは薬草を探しに行った戒児と入れ違いでその鹿と出会ってな……こいつは久々の天恵とバラしちまった。どうせ死にかけだったしな」
(……何の話?)
「戒児はひどく悲しんでたがワシを責めなかった。責めなかったが……今でもちぃ~っとばかし気に病んでてな。コトによっちゃお前さんを始末しなきゃァならんと思うと気が重いぜ……戒児を間違った大人に育てるわけにゃいかねえからな」
(そうかい……分かるよ。その通りさ!)
愁麗は身体に巻き付けていた銀鱗双蛇を解放した。
岩窟翁は寸前で飛び退いて双蛇の攻撃範囲から逃れている。
「ほほう、それが例の大蛇かよ!」
愁麗が〈神煌龍経〉を掴んで岩穴から飛び出す。
追う岩窟翁。
岩窟翁が投じた鉄球を、愁麗は双蛇の口で受ける。
しかし双鉄球には直接触れられない。
鉄球の発する不可視の力場で圧される。
「これは……戒児と同じ〈
●鍾乳洞
パチリと目を覚まし飛び起きる戒児。
「姐姐のところへ行かないと! きっとお腹を空かせてる」
差し入れを収めた袋を背に、森の中を飛燕の速さで駆け抜ける。
(何だか身体が軽いや)
天幕に着くが愁麗の姿はなく、寝床は冷たい。
戒児は白猿たちの呼び声で異変を察し、岩山を乗り越えて温泉へ。
そこで目にしたのは、正面から激突する愁麗と岩窟翁の姿だった。
二つひと組の鉄睾が空中に浮いたまま回転して太極図を描き、力場を形成して愁麗を圧倒しつつある。
「岩爺! 姐姐を苛めないでください!」
戒児が力いっぱい投げた鉄睾が黄金色に輝き、岩窟翁の鉄睾が形成する力場を乱す。
戒児はそこに生じた空隙に飛び込み、愁麗を庇って岩窟翁と対峙する。
「「戒児!?」」
愁麗と岩窟翁の声が重なる。
戒児はもうひとつの鉄睾を足元の温泉溜まりに叩き付ける。
爆発的に白煙が広がり、視界をすっかり覆い隠した。
●森の中~桃仙谷の外へ
真っ暗な森の中、戒児に先導されて逃げる愁麗。
数時間後、桃仙谷を見下ろす断崖の上に立った二人を来光が照らす。
陽光を受けて大瀑布が虹色に輝いている。
「さて姐姐、家はどこですか? 傷もまだ治りきってないみたいだし、一人じゃ帰れないでしょ? 僕が送っていきますよ」
桃仙谷から出たこともないくせに自信満々の戒児。
「家……家か。私に帰る処なんて――」
「さあ! 出発しましょうか」
愁麗は戒児の屈託のない笑みに釣られて緩みそうになった頬を引き締める。
先に立って歩きながら、戒児に聞こえない小声で呟く。
「どうせ……すぐに後悔することになるんだよ――」
朝の光を背に浴びながら出立する二人。
[第四回・了]
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