【シノプシス】第三回 烈愁麗は白猿に救われ、温泉で傷を癒やす ノ段
第三回 烈愁麗は白猿に救われ、温泉で傷を癒やす ノ段
※烈愁麗主観エピソード。
●愁麗の意識内
(ああ~~クソがよ……マジしくったァ~~)
愁麗の回想。
天雷七星のうち六人に追いかけられたことも想定外なら、丁泰羅の掌打を受けて大瀑布の淵に飛び込んだことも博打だった。
(あいつらの間抜け面を拝めたのはザマァってなもんだけどね……その後がいけねえ)
滝壺に落ちて流された愁麗は水中で化け蟹に襲われ、激闘の末に命からがら陸に上がったものの、そこで力尽きた。
(せっかく生き延びたってのによ……いつさもこうさ……いつだってアタシはツイてないんだ……)
絶望の暗闇に沈む愁麗の意識。
冷たくなっていく心と身体。
零れる涙の粒。
しかし――不意に暖かな光が暗闇を裂いて差し込み、全身を照らすのを感じる。
(何だこれ……あったけえ……)
光に包まれてかつてない安らぎを得る愁麗。
●数日後・愁麗と戒児が出会った場所
※戒児の手で天幕と寝床が設けられている
屋外ながら柔らかな寝床に横たえられている愁麗。
いまだ愁麗の意識は朦朧としたままだが、自分が神仙の使いのような白い猿たちに囲まれていることが分かる。
やがて、白猿たちの中に一頭、やたら大きな猿がいて、自分の世話を焼いていることを理解する。
しかもこの白猿は人語を話すらしく、愁麗に対し何度か話しかけてくる。
(ん? こいつもしや……猿じゃねえな?)
舌に感じた果物(仙桃果)の甘さに刺激を受け、急速に意識を取り戻した愁麗は、自分の置かれた状況を理解する。
自分を助けたのは白猿ではなく、白猿たちを従えた少年だった。
「安心してください。貴方を脅かすものはここにはいません。貴方のことは僕が守りますから」
少年は
(なんか抹香臭い名前だね)
警戒しつつ少年戒児を観察する愁麗。
質素な服装だが粗野ではなく、口の利き方も丁寧でどこか品がある。
口がきけるようになった愁麗は戒児にあれこれと質問して少しずつ情報を集める。
ここが『
戒児は
戒児が愁麗の存在を岩爺に隠していること。
「見知らぬ人が入ってきても決して関わるなと言われてるんですけどね……」
戒児は言いつけに背いて愁麗を匿ったらしい。
(ここが天雷門の禁足地という話は本当なのか……?)
試しに天雷門について質問すると、戒児は「それなら知っていますよ」と二〇〇年以上も昔の天雷門の始祖の話をしはじめる。
岩爺は教養ある人物で歴史にも詳しいらしく、戒児は
(本物の仙人とその下男といったところか)
愁麗は、戒児の前髪が伸びて顔の右半分が隠れていることが気になった。
「これですか? 右目が潰れてるわけじゃないですよ? 僕の額には生まれつき醜い痣があって、人に見せるとびっくりさせてしまうから隠しておけって」
(誰も通ってこない仙郷住まいで人の目を気にするかね?)
話を聞く限り岩爺という人物は偏屈な変わり者らしいが、人前に出しても恥ずかしくないように戒児に教育を施しているようだ。
不思議な鉄球について愁麗が質問すると、戒児は気軽に投げて寄越した。
「何だか妙な感触の金属だね」
「これは
「鉄睾っていうのかい。睾って……」
「睾丸の睾です」
つまりキンタマである。
愁麗はばっちい物に触った気分になり、鉄睾を戒児に返した。
「
戒児が恥ずかしそうに不思議な質問をしてくる。
龍輿の歴史は知っていても生身の女性を見たことがないらしい。
「胸に桃の実が成ってるのかと思ってずっと疑問だったんですよね~」
※愁麗はこの世界の女性としてはかなりの長身かつ巨乳である。
(それにしても浮世離れしすぎ……さすが仙人の弟子)
やさぐれた愁麗からすると純粋すぎて微笑ましい。
(顔も可愛いし……)
戒児を気に入りそうになっている自分に気付いて思い直す。
(純粋なのはまだ子供だからだ……こいつも男だ。いずれ裏切る)
さらに数日が経過。
戒児が申し訳なさそうに報告する。
「内功の鍛錬のため廟に籠もるんです。それで三日ほど来られないんですが、一人で大丈夫ですか?」
戒児不在の最初の夜、体力がある程度回復した愁麗は起き上がる。
(回想の戒児)
『この先の丘の向こうに湯治にぴったりの温泉があるんですけど、今の姐姐が自力で行くのはちょっと厳しいから、もう少し元気になってから案内しますね』
愁麗は少し元気になったのをいいことに、その温泉に向かう。
しかし戒児の言うところの丘は実際のところは険しい岩山の断崖であり、愁麗は自分の見込みが甘すぎたことを後悔した。
「いでででで……」
不在の戒児に代わって様子を見に来た白猿たちに応援され、這々の体で辿り着いた温泉には、横になるのに丁度いい天然の岩風呂があった。
(死ぬかと思った……)
ガタガタになった身体を温泉に横たえると、たちまち痛みが和らいで楽になる。
(龍脈から湧き出る温泉は神気を帯びるというけど……この感じなら……)
二日後の昼。
温泉のすぐ近くに見つけた洞窟内。
愁麗は防水用の油紙に包んで肌身離さず持っていた天雷門の秘伝書〈
(ふうん……思った通り、基本的な術理は玉露峰の〈
読み進めるうちにある文言が目に留まる。
(連中お得意の〈
いつまでも戒児に匿われて桃仙谷に潜んでいるけにはいかない。
天雷七星に追われる身としては〈神煌龍経〉から新たな力を得られるなら願ったり叶ったりだ。
(ひとつ試してみるか……)
愁麗は結跏趺坐して気息を整え、体内の内力を巡らせる。
周囲への五感を遮断し、自分の体内に全ての意識を向ける内観という状態になる。
途中までの過程はよく知っている。
〈神煌龍経〉に書かれている秘伝の核心部分は、体内に七つある〈龍環〉のさらに下にある第八の〈龍環〉に神気を通すというものだ。
これは〈月華宝典〉にはない未知の経脈だ。
半信半疑で試したところ、すぐに異変が起きた。
自分のものではない、黄金色の神気が体内で暴れ始めたのだ。
(これは……まさか戒児の!?)
愁麗の練った白銀の神気を食らって成長した黄金の神気が、最下層の〈龍環〉を突き破って幻の第八〈龍環〉に至ろうとするが、そこに至る経路は愁麗の体内には通っていない。
(これは……不味い……)
本来こうした修練は同門の介添人を伴って行うものだが、今の愁麗には望むべくもなかった。
神気の暴走を御しきれなければ再び酷い内傷を受けてしまう。
そうなればたとえ一命を取り留めたとしても、武術家としては廃人も同然だ。
(まったく……ツイてない……)
不意に、外から別の神気が注ぎ込まれるのを感じた。
それは黄金色の神気と呼応し、鎮めていく。
愁麗は内観を解いて、大きく息を吐く。
背中に押し当てられた温かな掌のむ感触。
「助かったよ、戒児……恩に着るわ」
「まったくだ。感謝しろよ」
背後から聞こえてきた老人の声に、愁麗はギクリとする。
「戒児のお気に入りじゃなきゃァ放っておくところだぜ」
「……
「そう呼ぶのは戒児だけだ」
愁麗の問いに、老人は答える。
「お前は〈
[第三回・了]
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