第62話 ゴールデンえちえちエイジ
「開けなさい、璃子!」
「ふざけないでください、陥没愚姉! わたしの鼓膜を最後に震わせるのは兄さんの生声って決めていたんです! わたしがモチモチ首吊りするまで舞香ちゃんは黙っててください!」
「モチモチならたぶん死なないと思うけど!?」
扉越しに璃子と怒鳴り合いながらも、舞香はこちらを向き、しーっと口元に指を当ててみせる。
逆に言えば、俺の声を璃子に届けなければ、その間はモチモチ首吊りを思い
「とにかく、大人しくしてなよ、璃子! 死なれちゃ困んの! あんたにはまだ言ってないことあんだから!」
そう叫びながら、俺の手を引いていく舞香。
俺の部屋に入り、そして舞香は頭を抱えて俺のベッドへと崩れ落ちる。
「この世界終わらす方法がないからって、シンプル自殺に打って出るとか……」
「いや待て、舞香。やっぱこんなことしてる場合じゃねーって! バット使ってでも強行突破するべきだ!」
「落ち着きなって! そんなことしたって、かえって追い込んじゃうだけっしょ! 一瞬で突入できるってのならそれも一つの手だけど、バット使ったって時間かかっちゃうでしょ! ガンガンやってる間に実行されたらどーすんの!」
「そ、それは確かに……で、でもよ!」
「大丈夫。とりあえずの猶予はあるから」
「何でそんなこと、」
「首吊り用の縄なら私が没収しておいた」
「はぁ!?」
「奥の手とか言ってたから、今日あの子がトイレ行ってる隙に部屋に忍び込んで、可能な限り調査してみたの。そしたら新品の縄が出てきてさ。てっきり、久吾を縛って無理やり処女を……って
「さすが舞香の女の勘……! 大ファインプレーだ!」
「縄がなくなってることに対して疑問を抱いてない時点で、まだ実行の準備には取り掛かってないってことでしょ。てかホントに死ぬ気なんだとしたって、そんな焦る意味がわかんないし……せめて明日の試合見届けてから、って思うのが普通じゃない?」
「それは俺だって妙に思ってるけどよ……とにかく、わかんねぇよ……!」
「久吾……」
もう、立ち尽くすしかない。ひとまず食い止めることはできたとはいえ、こんなのはちょっとした時間稼ぎにしかならない。今すぐにでも、璃子の自殺を止める
それなのに、全然わからない。璃子の気持ちを、理解してやることができない。
俺は、なんて無力なんだ。ズタズタに思い知らされた。
こうやって人生をやり直せたっていうのに、せっかく奇跡が起きて璃子を甲子園に連れていくチャンスが巡ってきたというのに、結局また俺は、璃子を幸せにしてやることができなかった。
死んでたときが一番幸せだったって、つまりはそういうことじゃねーか。愛する妹にそんな風に思わせてしまうなんて、死にたいと言わせちまうだなんて、兄失格だ。最低最悪の兄さんだ。
何が理由かもわからねーが、明日の試合を待たずに死ぬなんて言わせてる時点で、俺がやってきたことも全くの無意味だったってことだ。野球なんて自己満足に過ぎなかった。璃子のためだとか
甲子園に行けようが行けまいが、何の意味もなかった。
筋肉? 使えない。そんなもので璃子を守ることはできなかった。璃子のためにならないってことは、すなわち使えない筋肉ってことだ。
甘出し汁? 最強の球を投げるための秘密兵器? 無意味どころか有害の極み。俺が不正をしてまで三振を奪う度に、璃子は自分の死へのカウントダウンをしていたのだ。
全部全部、無価値だった。
俺の人生は、野球に捧げてきた日々は――世界一大切な妹を不幸にするためだけの、ゴミクズみたいな時間だったのだ。
「くそ……! ちくしょう!!」
「久吾……? 久吾!!」
俺は床に落ちていた直方体を拾って、そして窓を開け、
「野球なんて辞めてやる!」
「ちょ、やめなさいって、久吾!」
右手のそれを窓の外へ放り投げようとする俺。俺の腰にしがみついて、止めようとしてくる舞香。
「離せ、舞香! こんなもん、持ってたってしょーがねーだろ!」
「落ち着きなさいって! あんたから野球とったら何が残んの!」
「残んねーよ、何も! 野球なんて、甲子園なんて……俺なんて……! 何の役にも立たねぇゴミなんだよ!」
「久吾!!」
「止めるな、舞香! こんなもんは全部、捨ててやるんだ!!」
「こういうのって普通グローブでやるもんじゃない!?」
「確かに」
的確なご指摘で冷静になってしまった。そうだな、別にコンドーム捨てても野球できるもんな。全然できるもんな。
一体、俺はなぜコンドームなんかを……あ、そっか、最強の球投げるためだった。
あれ? いや、違うな。甘出し汁採取用のコンドームは、既に明日持っていく野球バッグに入っている。俺がとっさに拾ってしまったこの箱は……そうだ、璃子が落としていったやつだ。
璃子、恥ずかしいの我慢してまで、俺に寝取られるためにこんなものを……
「ん?」
「なに極厚コンドーム眺めて何かに思い当たった顔してんの、私の夫」
いや、だって。ちょっとおかしくないか?
璃子は元の世界に戻って死ぬために、俺とエッチなことしようとしてたんだ。しかも舞香の妨害が入らぬ内に、できるだけ短時間で済ませたかったはず。俺とモッチしてすぐ死ねるというなら、コンドームなんて別に意味ないんじゃ……いや、あるか。あるな、うん。
俺に寝取られることで、すぐさまこの世界が終わるとは限らないんだ。明確なルールなんて璃子には分かりようがない。ていうか、少なくとも、モッチが終わった瞬間にNTRクリアとはならないだろう。寝取られたことを、主人公である与儀蒼汰が知って絶望するまでがNTRゲームのシナリオだ。
つまり、もし俺たちに妨害され、その条件をクリアできなければ、璃子は元の世界に戻る前に妊娠してしまうかもしれない。それを防ぐためには、やはり避妊が、コンドームが必要だったのだ。
だって、万が一、クリア前に妊娠なんてしてしまえば……してしまえば……え? ん?
「……妊娠、してしまえば……どうなるん、だ……?」
「幸せになる。赤ちゃん。久吾の赤ちゃん。赤ちゃん」
「ちょっと黙っててくれ。集中してるから。頼むからくっついてくるな。何でお前こんなときに限ってゴールデンえちえちエイジなんだよ。璃子の命がかかってるときにフル勃起なんてしちまったら不謹慎にもほどがあるだろ」
「なにゴールデンえちえちエイジって。タイムでよくない?」
やべぇ、また口に出しちゃってた。
「まぁ、いいや。今だから言うけど、お前、月一くらいで妙にエロい匂いさせてる時期あんだろ。それが今なんだよ。お前が二割増しでムチムチしてるせいで五割増しでムラムラしちゃうからちょっと離れててくれ」
「なにそれキモ……って、ん? 月一って……もしかして、さ」
「だからそういう頬染めたエロい顔をすんなって言ってんだよ。甘えた感じで上目遣いしてくんなマジで」
「いや、その……今日とか明日って、たぶん一番赤ちゃん出来ちゃう日なんだけど」
「え」
「排卵日が明後日ぐらいだから……今日か明日くらいに久吾とえっちしたら赤ちゃん出来ちゃう可能性が高い……的な? てか、うん。絶対久吾の赤ちゃん出来ちゃう。赤ちゃん。久吾の赤ちゃん。
「勝手に二卵性双生児にするな。そして語呂が悪い。別の名前を考えよう」
「そうだね。それに最初の子だけに私らの名前入れちゃったら、後の子たちが可哀そうだもんね。……じゃなくて。あんた、本能的に私の排卵期を察知してたってこと……?」
「…………そうみたいだな」
やべぇ、さんざん舞香の俺の射精への察知能力にドン引きしてたのに、全っ然人のこと言えなかったわ俺。俺、毎月妹の排卵期にあてられて発情してたのか……ヤバすぎる。
「いや、待て待て。え? でもお前の月経周期から逆算して……明後日ってことはねーだろ。それくらいの性知識、俺にだってあるんだぞ」
「性知識どうこうの前に元妹の月経周期を把握してることがキモすぎる。ってか、だから転生してからズレたんだってば、生理周期。ズレたってか、元の百乃木舞香のものになってたの。スマホにルナルナ入ってたからわかる。ほら、この世界のルナルナも『仲良し日』が表示されるっしょ。仲良し日ってゆーか、あんた風に言うとゴールデンえちえちエイジだけど」
「やめろ。使いこなすな。ルナルナを使いこなしているのは素晴らしいがゴールデンえちえちエイジを使いこなすな」
「ゴールデン陸斗&瑠美奈タイム」
双子の名前が決まったらしい。うん、めちゃくちゃ良いな!
って、そんな話してる場合じゃねーんだよ、マジで!!
そうか、そういえば、俺と同じで、舞香も璃子もホルモンバランスは元のキャラのものを引き継いでたんだよな。全てではなさそうだが、少なくとも、生殖機能に関する部分は受け継いでしまったのだ。だからこそ俺は、あんな射精ができる。エロゲのメインキャラという存在として、生殖能力というアイデンティティだけは変わることを許されなかったのだろう。
逆に言えば、もし俺たちが、元の世界に戻るなんてことが、起きてしまったとしたら……
「…………まさか……」
心臓が、早鐘を鳴らす。
璃子のこれまでの発言の数々が、一気に頭の中に流れ込んでくる。
そもそもなぜ璃子は、「甲子園が終わるまで舞香とエッチ禁止」なんていうモチモチルールを課してきた?
俺はそれを、「璃子は甲子園出場でこの世界が終わると勘違いしていたから」だと考えていた。「甲子園出場でこの世界が終わるまでエッチを防げれば充分だから」だと、思い込んでしまった。
だが、その理屈はおかしい!
この世界が終わって、俺と舞香が元の世界に戻ってしまっても、そこでの俺たちのエッチを防げるとは限らない! だってもう、元の世界でも俺と舞香に血の繋がりがないということを、俺たちは知ってしまったのだから!
もちろん、璃子の言う通り、俺たちのせいで璃子が死んでしまったなんてことになれば、舞香と結婚して幸せになるなんて出来ないかもしれない。だが、絶対とは言い切れない。前の世界での二年間と違って、もう俺と舞香は自分たちの気持ちを通じ合わせてしまった!
璃子の喪失という傷が消えることは永遠にないだろう。あの二年間と同様、舞香以上に璃子のことで頭がいっぱいになってしまうというのも、情けないが、間違いのない話だ。
だが、だからこそ、体は重ね合わせてしまう気がする。根本的な解決にはならないとわかっていても、お互いの傷を癒そうと、互いの心の穴を埋めようと、体を求め合ってしまうとしか思えない。
璃子だって、それくらいの想定はしているんじゃないか?
そうだ、それこそが重要な点だ。璃子はそれを想定した上で、問題ないと判断しているのだ。本人が言っていたじゃないか。エッチ自体は璃子にとって、俺の一番になるための手段の一つでしかないと! 俺と舞香がエッチをしてしまうかどうかなんて、本来さほど重要ではないはずなのだ!
つまり! 逆に言えば! あのモチモチルールには! 璃子にとって、手段には成り下がり得ない――重要な! 他の理由が隠されている!
それが、それこそが……!
「舞香……すまん。俺は今からお前に、最低最悪なことを頼む。いや、頼むというか、これは命令だ。逆らうことは許さない。逆らうな。従え」
「え……?」
舞香の両肩をつかんで、その小さな顔を真っすぐと見つめる。
驚いたように揺れる舞香の瞳。
本当に、俺は最低な男だ。だが、逃がしてやる気はねぇ。これは、絶対成し遂げなければならないことなのだ。
俺は、一世一代の告白をする思いで、大きく深呼吸をし――そして、舞香に告げる。
「舞香、俺の子を孕め」
「孕む。15人。赤ちゃん」
即答だった。野球チームどころかラグビーチーム作るつもりだった。やっぱ俺の嫁最高。好き。良い匂い。好き。
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