第59話 モチモチ!

 何だかんだ言って、モチモチとムチムチに挟まれたら結局ぐっすり眠れた。めっちゃ眠れた。めっちゃぐっすり眠れたおかげで何だかんだ準決勝も完封できた。何だかんだホームラン打った。何だかんだ2-0で勝った。何だかんだよかった。


 とはいえ、球数は想定以上にかさんでしまった。コントロールは安定せず、力任せに投げ続けた結果、疲労の蓄積も半端じゃない。

 決勝は明後日だというのに……。


 なぜそんなことになってしまったかと言えば、もちろん、璃子のことで頭がいっぱいだったからだ。そんな不安を掻き消すために、ヤケクソ投法するしかなかったからだ。


 ちなみに野茂は何事もなかったかのように、いつもの後輩面をしていた。いつものごとくセカンドで軽快な守備を披露していた。楽しくて仕方なさそうだった。何だあいつ。


「まぁ、今回に限っては私も悪かったよ、うん。久吾にそんなプレッシャーかけるつもりだったわけじゃなくてさ……」


 気まずそうに目を伏せる舞香。


 俺たち二人は、昨夜の反省を踏まえて、璃子の入浴中会議を以前と同様、俺の部屋のベッドで行っていた。失敗から学べる俺たち、えらい。


「いや、お前は何も悪くねぇ。昨日お前がジト目で訴えてきたことは正論だ。あと俺はお前のジト目が性的に好きだからこれからも遠慮しないでほしい」


「唐突に嫌な性癖カミングアウトされた……」


 とか言いながらジト目を向けてくる舞香。うっ……! 危ねぇ、甘出ししそうになっちゃった……。気を付けろよ、明後日の決勝に向けて禁欲中なんだから。


 それはそれとして、やはり璃子が未だにこの世界を終わらせようとしていることは間違いないと思う。

 甲子園行きで死ぬことはなくなった。

 だが、俺の目を野球に向けさせて、その裏で何かを企んでいるはずだ。


 俺はもう、璃子のあの目を見てしまった。その目の意味を知ってしまった。

 俺の一番になりたいという、あんな暗くて深い欲求が変わることなんて、1ミリでも揺らぐことなんて、永遠にないのだろう。


 やっぱり璃子は、死のうとしているんだ。

 いくら辛くたって、そこから目をそらしてはいけない。


 状況は今や、『このNTRゲームをクリアさせたい璃子 VS クリアさせたくない俺たち』という構図になっている。


「とはいえ、この勝負は、俺たちの方が圧倒的に有利だろ。はっきり言って璃子は現状、手の打ちようがないんじゃないか?」


「確かに情報量の差は大きいだろうね。あの子は昨日の夜、私らから盗み聞いた情報しか持ってないんだから。あの魔物くんはそもそもNTRゲームが何なのかも理解できない感じだったし」


 そうなのだ。

 この世界のクリア条件が「与儀蒼汰のNTR」であって、「メインヒロインが生徒会長」ということまでは、聞かれてしまったと思った方がいい。

 だが、璃子がサブヒロインの一人だったという情報までは漏らしていないはず。そんなワードは昨日出していない。まぁ「NTRサブヒロインという存在がいる」ということ自体は知られてしまっただろうが、それが誰なのかまでは、知るよしもないのだ。


 よって、璃子に出来ることと言えば、ただ一つ。生徒会長と与儀蒼汰をくっつけて寝取らせることくらいなわけだが、それはとっくに俺が防いでいる。


 ていうかもう今日の試合後、俺と舞香で協力して、強引に与儀兄と生徒会長を付き合わせてしまった。

 美少女生徒会長が与儀の前で顔を真っ赤にして俯いてしまっているのが、じれったいやら可愛いやらで、近くで見ていた恋愛脳の佐倉宮なんかは悶えていたな。まぁ実際はあれ、与儀の試合後のムレムレ金玉凝視して、おほイキしてただけなんだけどな。


 これでメインヒロインNTRは防いだも同然。


 加えて、念のため、そもそも与儀蒼汰と璃子の接触自体、極力ゼロにすることを目指した。

 与儀蒼汰は「どこにでもいるごく普通の学園生」だし、璃子も俺に苗字バレを防ぐため、部活以外ではとにかく目立たないようにしてたっぽいから、特に面識はなかっただろう。


 ただ、同じ学園の同学年なのだ。璃子がその気になれば、接触すること自体は簡単だ。

 そもそも与儀蒼汰は自分がNTRゲームの主人公だなんていう認識すら持っていないのだから、接触したところで引き出せる情報なんてないのだが……最悪のパターンがある。


 与儀蒼汰が璃子に惚れてしまうことだ。


 これもまた、そもそも璃子に自分がNTRゲームのサブヒロインだなんて認識がないのだから、璃子がそれを狙っていくことはあり得ない。

 だが、狙わなくたって、あの天使と少しでも親しくなってしまえば最後、男子学生があのモチモチ魔力に魅了されてしまわないわけがない。絶対に惚れる。

 まぁ、惚れたところで璃子が誰かに寝取られるなんてことは俺が絶対に防ぐので、それこそ起こり得ないのだが。


 だが、やはり、1パーセントでも可能性があるのなら、潰さなければいけない。


 というわけで、今日も観戦に来ていた与儀蒼汰を与儀兄に紹介してもらい、俺が直接釘を刺しておいた。

 何か与儀蒼汰君は(あと与儀ママも)、既に俺のファンになっていたらしく、キラキラとした目で俺を見上げてきた。兄と違って普通に可愛かった。兄と違って金玉が全然臭くなさそうだった。オスを感じさせない少年だった。

 サインを求められたので、胸ポケットの万年筆を借りて快く書いてあげた。試合直後で手を洗う前だったから、たぶん万年筆に軽く精子はついた。


 一応璃子が近づいてきても無視するよう頼んでおいたが、まぁ、これも万が一に備えた対策でしかない。

 与儀蒼汰は幼なじみ彼女のNTRで女性不信に陥っているのだ。

 金玉中毒モンスターの強引な引き込みさえなければ、女性に惚れるなんてことはまずないんじゃなかろうか。


 さすがの璃子といえど、会話もまともに交わせぬまま、女性不信の男子を落とすことはできないだろう。いや、本気を出せばできてしまいかねないが、そもそも璃子側に落とそうとする意志はないのだからそれは問題ない。

 さらに言えば、まともに近づかせるつもりすらない。

 今日だって璃子は接触を狙っていたかもしれないが、そんな時間はほぼほぼなかったはずだ。


 つまりは、うん。まとめると……


「あれ? ってことは、既に完封したようなもんなのか……?」


「っていうか、私らにできることはやり尽くしたって感じだね。これ以上は、なるようにしかならないっしょ。あとは神頼み……すらしなくていい。だってこの世界の神って、アレだし」


「そう……だな……」


 やれるだけのことはやった。これ以上考えても、意味がないどころか、迷走しちまう可能性だってあるか……。

 だけど、やっぱ不安だ。そんなあっさりと、解決されちまうようなことなのか……?


「でもよ……やっぱり、俺は……」


「いいから」


 舞香が俺の腿に手をポンと置いて、ずいっと顔を近づけてくる。その瞳は、真剣そのものだ。真っすぐと俺を見つめ、強く言い聞かせてくるように、


「今は、試合のことだけ考えて。今夜と明日はしっかり休んで、決勝でいつも通りの久吾を見せて、私を、甲子園に連れてって」


「舞香……」


「璃子すら認めちゃったわけだしね。私のサポートのおかげで久吾が甲子園に行くんだって。それで自分が死んで、久吾と私の関係を壊すとか言っちゃってたけどさ。安心して。そんなこと、私がさせないから。あんたは明後日も、それからもずっと、私に支えられながら、野球をやり続けるの」


 そうか。そうだったな。それがお前と結んだ約束だった。璃子と同じくらい、大切なことだ。俺にとっては舞香と璃子が一番で――ってのが、ダメなんだってさんざん言われちまったけど、うん。これだけは譲れねぇ。


 俺は何があっても甲子園に、二人を連れていく。


「って、やばいね。そろそろ璃子戻ってきちゃうじゃん」


 やはり今でも、真っ正面からこういう話をするのには照れ臭さもあるのだろう。舞香は頬の赤みを誤魔化すようにそう言って、ベッドから下りる。


 ま、実際言う通りだしな。これ以上同じてつを踏むわけにもいかない。璃子をこの部屋に招き入れて、今日もムチムチモチモチの間で熟睡するんだ! 幸せ。


 それに、璃子がちゃんと元気でいてくれれば、いつまでもこうやって三人で寝られるんだ。元々の璃子は甲子園出場を自分の命のリミットだと考えていたわけだけど、今やそんなボーダーラインは存在しないとわかったわけだし。


「お待たせモチモチしました、兄さん! ウーバーモチモチです! 次回使えるモチモチクーポン付きです!」


 勢いよく扉が開き、出来立てほやほやのモチモチがお届けされた、そのときだった。


 俺のスマホがポポンと間抜けな音を出す。ラインの通知だ。

 メッセージのやり取りなんて舞香と璃子以外とは滅多にしないはずなんだが。


 そういや今思えば、俺がこの世界に転生してから璃子とライン交換とかしてた時点で、璃子が山田久吾の妹なわけねーんだよなぁ……。逆に舞香のラインには初めから『璃子』が登録されていたようだし。こんなところにヒントがあったとは……。


「ん? 何だ、与儀か」


 こんな夜中に正捕手から緊急連絡とは……。


 嫌な予感に冷や汗をかきながら、メッセージを開く。与儀と生徒会長がベッドの中で抱き合ってディープキスしてる自撮り画像が貼られていた。俺は反射的にスマホを投げた。


「何やってんの久吾いきなり。こわ」


「兄さんが荒ぶっています。璃子のモチモチで気持ちを落ち着かせてください」


「すまん、璃子。助かる」


 俺の隣に座った璃子のお風呂上がりほやほやモチモチを堪能して、荒れた心と呼吸を鎮める。スマホは舞香が拾いにいってくれた。


「気を付けろ、舞香。画面を見たら呪われるぞ。一生もののトラウマになる」


 肩から下は掛け布団に隠れていたので、二人の裸は見えないはずだが……そうだ、舞香の場合、呪い云々以前に、あの生徒会長(元)メインヒロインの非陥没ミニ乳輪を目撃したら、嫉妬と原画家への恨みで狂ってしまうかもしれない。


「いやまぁ、野球関係のトラブルとかじゃないなら別に興味ないけどさ……はい」


 左手でモチモチほっぺをモチモチしながら右手でスマホを受け取る。Banana社の技術の結晶とはいえ、さすがに壊れてしまっただろうか。不幸中の幸いで、璃子専用のモチモチクッション(所有者ほどモチモチではない)に直撃してくれはしたが……


 あまり期待はせずに、画面を覗き見ると、

『すまん、間違えた』という与儀からの新着メッセージがちょうど入った。壊れていなかったようだ。間違えるな、こんなもん。そのド変態彼女を寝取ってお前の脳を壊すぞ。まぁ無理だけど。お前以上に金玉臭い人間なんていねーからな。


 何か与儀画像が映ったスマホまで臭くなってきたような気がしていると、『こっちだった。見てくれ』というメッセージが続き、そして新たな画像が送られてくる。


「……あ?」


 という声を漏らすしかなかった。何ていうか、それ以外にどんな感想を抱いていいのかよくわからなかった。


 映っていたのは、頬を染めて、ぽーっとした顔で窓の外の星空を眺める、細身の美少年の姿だった。ていうか与儀蒼汰だった。与儀の弟だった。


「どったの久吾」


「いや、何か……」


「モチモチ!」


「モチモチ!」


 俺の手元のスマホを右隣から覗き込んでくる舞香。左隣で俺に頬をモチモチされながら幸せそうな璃子。そして、さらに続く、与儀からのメッセージ。


『何か今日の試合の後から、蒼汰がずっと心ここにあらずって感じで』

『せっかくまた兄弟らしくなれたんだし相談に乗ってやろうと思ってよ』

『オレも今や彼女持ちの恋愛上級者だし?』

『ま、そしたら案の定、恋煩こいわずらいだったぜ!』


「…………」


 再度、背筋に冷たいものがせり上がってくる。やはり、俺の嫌な予感は間違っていなかったのかもしれない。


『蒼汰の奴、お前の妹のことが好きになっちまったんだとよ笑』


「――――」


『つーか、お前の妹じゃなくて百乃木の妹だったんだってな!』

『何だよ、妹って義妹ってことだったのかよ。さすがに気が早いだろ笑』

『ま、そのうち俺たちも最強のバッテリーかつ、親戚になるのかもな!』


 俺はスマホを投げていた。今度こそ壁に直撃した。バキっていった。壊れた。スマホも、俺の脳も。


「ああああああああああああああ何っでこうなるんだよぉおおおおおおおおお」


「あんたが投げたからでしょ。150キロの剛腕に投げられたらそりゃ壊れるっしょ」


「バキバキスマホの話じゃねぇ! モチモチ妹の話だ! 璃子ぉ! お前、何をしてくれやがった!?」


「モチモ……え? どうしました、兄さん♪ もしかして、モチモチですか?」


「焼きモチだよ!」


 俺にほっぺをモチモチされながら可愛くモチモチ疑問符を浮かべる璃子だったが、その笑顔の裏に、明らかに暗いものが隠されている。何かたくらんでいる。


 璃子、やっぱり……この世界を終わらせるために、与儀蒼汰NTRを完成させようとしてやがるのか……!?


 いや、でも待て。そもそも自分がサブヒロインだなんて情報を、璃子が持っているわけなかったはずなのに……!


 それに、おかしいだろ。今日、璃子と与儀蒼汰が接触する機会なんてほぼなかったはずなんだぞ? 俺と舞香が手分けして見張ってたんだ。


 仮に璃子が何らかの手でゲームクリア条件を知ってしまったとして。与儀蒼汰を惚れさせるための手を打ってきたとして。今日一日じゃ、せいぜい一瞬顔を合わせるくらいの隙しかなかったんじゃないか?


「璃子。今日、与儀蒼汰と、何か話したりしたのか……?」


「与儀蒼汰さん? って、もしかして、あの白い男の子のことでしょうか? 彼とお話したことなんて、一度たりともありませんよ♪ まぁ、兄さんのことを熱心に応援してくれていたようでしたので、すれ違いざまに感謝の会釈くらいはした気がしますが♪」


「じゃ、じゃあ何で……さすがの璃子といえど、あんな草食系男子を、会釈だけでなんて……」


「こうやって、両手の人差し指をモチモチほっぺに当てて、モチモチ笑顔で『モチモチ!』ってモチモチ会釈してあげました♪ そういえば彼、何か雷に打たれたような顔をしていた気がします♪」


「落ちるわ!! 誰だって惚れるわ一瞬で!! 璃子の『モチモチ!』食らってキュンキュンしない男なんていない! あとそれは会釈とは言わない!」


 璃子が再現してくれたポーズは、あざとさ満点の小首こてんモチモチアピールだった。


「ええー……なに言ってんの私の夫と妹。あまりにも意味わかんなすぎる」

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