第57話 ムチムチ会議
「……ねぇ。いい加減、シャキっとしてくんない? いつまでもそーやってたって仕方ないっしょ」
「ううぅ……だって……だって、璃子に……!」
22時50分。
俺はリビングのソファにて、頭を抱えてうずくまっていた。そんな俺の隣で、舞香が呆れたようにため息をつく。
――俺と野茂の会話の一部始終は、物陰に隠れた璃子と舞香に聞かれてしまっていた。つまり、俺が野茂相手に叫んでしまったあのツッコミも、璃子の耳に思いっ切り届いてしまったというわけだ。
まぁ、璃子が
だってスマホっていう便利なものがあるし。モチモチ璃子もBanana社のモチモチ防水スマホ持ってるし。当然その場で調べられちゃったし。
戸惑いに溢れた顔で、
「どういう……え? ……あ、なるほ……え? 恋人を、取られる側……え? 何でこんなジャンルに需要が……? え? 愚妹には、よく意味が……え? え? え?」
と言いながら、スマホと俺の顔を交互に見つめ、
「兄さんが……そういう、ゲーム、を……?」
「そういうので、興奮してしまう……変態さん……だったんですか……?」
と、怯える目と
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「うるさい」
「うるさくもなるわ! バレちまったんだぞ、璃子に! 俺がNTR作品愛好者のド変態だったって! NTRで野球を
「まぁ、その三つのうち、後ろ二つはあんたの意思じゃなかったわけじゃん? お父さんが勝手に作って勝手にプレゼントしてきただけだし」
「最初の一つだけで一発レッドカードなんだよ!」
「野球の例えにしなよ。サッカーに失礼でしょ」
「一発アウト! 一発トリプルプレー! いやゲームセット! 尊敬する兄さんがNTR作品愛好者ってだけでアウト27個なんだよ!」
「確かに」
「だろ! トゥエンティセブ……ん? に、二十七重殺……」
「無理に言い直さなくていいから」
「さっきから何でそんな冷静なんだ、お前!? 状況わかってんのか!?」
「わかってるけど、あんたが取り乱してるときには、私が冷静でいてあげたいから。それが私の中の夫婦像だから。妻としての役目だから」
「舞香…………いやそもそもお前があの公園に璃子を連れてこなければこんなことにはなってなかったんだけどな。え? いやマジで何してくれちゃってんの、この愚妻。俺がカッコつけてお前にバレないよう一人でこっそり魔物と
「や、一心同体ってゆーか。普通に寝付いてたんだけど、佐倉宮先輩からの着信で起きちゃってさ。あの人なんかめっちゃ号泣してて。久吾に頼まれて野茂君を起こしに行ったらめっちゃ不機嫌そうに舌打ちされたって。嫌われちゃったって。どうしようってめっちゃ相談されて。その流れで、久吾と野茂君があの公園で待ち合わせてるって聞いちゃったわけ。そんなの見に行くじゃん。で、私がコソコソ抜け出したりしたら璃子が見逃してくれるわけないじゃん」
「ちくしょう、あのメインヒロイン崩れ、余計な真似をよぉ……!」
あと、よくよく考えたら、野茂の野郎は、璃子のためにこの世界から消えようとしてるってことにもなるよな。そんなん佐倉宮からしたら、ある意味、最凶のNTRだろ。まぁ、そうなったら元の野茂誠の精神に戻るってことなんだろうが、この四か月間の記憶は失ってるってことにもなるわけだしな。
「まぁでも、実際の話さ、やっちゃったもんはしょーがないじゃん。とりあえず今日のところは、璃子のことは私に任せて。あんたは明日に備えてさっさと寝てな」
「寝れるわけないだろ! こんな状況で!」
ちなみに璃子は呆然とした顔のままお風呂に入り直しにいってしまっている。
この家のお風呂はリビングのすぐそばだ。だからこそ、これまでは俺の部屋で会議していたわけなのだが、最も重要な秘密がバレてしまった今、もはやここで話していても大した問題じゃなくなってしまった。
「もう野球なんてしてる場合じゃねーだろ……NTRゲームの世界で甲子園に連れていったところで璃子が喜んでくれるとは……って、そもそも璃子は死ぬために甲子園に連れていってもらおうとしてたわけで……」
もう何がなんだかわかんねーよ……。こんな頭がぐちゃぐちゃな状態で寝付けるわけがねーだろ。
「はぁ……じゃ、とにかく考えだけ整理して、いったん気持ち落ち着かせてみよっか。そしたら寝れるっしょ?」
「舞香……」
呆れながら頭を撫でてくれる舞香の手。その柔らかさと温かみが心にしみる。
昔から、いつもそうだった。
前の世界では、俺もこんな素直に妹に撫でられっ放しにはなっていられなくて。それでも、その心地よさからは
そんな茶番劇を演じていた時間も今となっては愛おしく思うけど、この世界で気持ちを伝え合って、こうやって素直に撫でて撫でられている時間もまた、かけがえのないものだと思う。
俺はやっぱり、この世界が好きだ。
こんな世界で、璃子と生きていきたい。この世界で、璃子に幸せになってほしいんだ……!
まぁ璃子が俺を嫌いになっちゃったら俺が幸せになれないんだけどなぁ!!
「――というわけで、この世界の主人公である与儀蒼汰が、この世界のメインヒロインである生徒会長を寝取られる可能性はなくなったわけだ。だから仮に『ゲームがエンディングを迎えたら世界が終わる』という説が真実だったとしても、ゲームがクリアされることはないはずなんだ」
舞香の言う通り、確かに冷静になって、状況を整理しなくてはならない。
やはり璃子の身の安全を確実にすることが最優先だ。
俺が璃子に嫌われちまったかどうかなんてことは後回しで……うぐぐぅ……! うん、後回しというか棚上げにしよう! いったん目を背けよう。考えただけで死にたくなっちゃう。
「…………。……いや、でも、それってさ」
一連の俺の考えを聞いて、しかし、舞香は難しい顔で、
「それこそ、ちょっと、希望的観測入ってない?」
「え? そ、そうか? NTRゲームにクリア条件というものがあると仮定するんなら、それはやっぱり主人公が寝取られることしかないと思うんだが……」
「うん、だからさ。その寝取られる相手ってのが、メインヒロインに限るって言い切っちゃっていいわけ? 生徒会長さんだけが対象って勝手に決めつけちゃっていいの?」
「…………」
「主人公君が誰かと付き合ったり、誰かと良い関係になったとして、その人が寝取られたら、『主人公君が寝取られた』ことにはなっちゃうわけじゃん?」
「……そんなこと言い出したら……」
「だって『ゲームのクリア』ってゆーのは要するにプレイヤー目線=主人公君目線の話なわけじゃん。主人公君が体験したこと体感したことが判定の基準になるわけで。それなら……ん? いや、でもやっぱそれでメインヒロインさん以外を寝取られても、ゲームクリアとは関係ないのかな……?」
「…………。……わからん……絶望的にわからんすぎる……」
指摘してきた舞香の方ですら、頭がこんがらがってしまったように首を捻っている。
うん、そりゃそうなる。
さすがにその意見は極端すぎる気もするが……いや、やっぱり可能性としては捨て切れない。だってNTRゲームなんだから。寝取られるということこそが判定の全てになるわけだ。
当然だが、主人公君以外の寝取られについては全く関係ないと言い切れる。だって、この世界の誰かは常に寝取られてるわけだから。寝取られ続けているわけだから。それなのに世界は続いている。それは証明されている。
だが、奪われる相手の方に関しては、果たしてメインヒロインだけが対象だと言い切れるのだろうか。……いや、言い切ってよくないか? だって父さん母さんをはじめとした神たちは、それをゲームのエンディングとして設定したのだから――
「あ、そうだ! そもそも与儀蒼汰はゲーム冒頭から幼なじみ彼女を寝取られてるんじゃねーか! それがゲームのスタートだった! やはりヒロイン以外の寝取られは、ゲームクリアとは関係ない!」
「そーいや、そんなことお父さんが自慢げに語ってたね……いや、でも。少なくともさ、サブヒロイン? ってゆーの? その人らは、やっぱ寝取られたらエンドなんじゃないの?」
「…………かもな」
確か『僕変え!』のエンディングは、生徒会メンバーが変態乱交パーティーで寝取られるのを主人公君が撮影させられながら鬱勃起ピュっピュするシーンになるはずだ。
つまり、おそらくだが、全員の寝取られがほぼ同時に判明している。特定の誰か――例えばメインヒロインだけ――が寝取られることがクリアの条件とは言い難いのかもしれない。
「だ、だが、逆に言えば、ヒロイン全員が寝取られない限りはクリアにならない――っつー可能性だってあるよな!?」
「うん。まぁ、でも……」
「そうだよ、希望的観測だよ、結局!」
そうなんだよ、これ結局、答えなんて出せねーんだよ!
いや一番可能性が高いのは、普通にやっぱり、『メインヒロインが寝取られさえしなければクリアにはならない』だと思う! 次点で『生徒会ヒロインズ全員が寝取られることでやっとクリア』だ!
いや、もっと言えば! そもそも『ゲームがクリアされたらこの世界が終わる』なんていう大前提が間違っている可能性が最も高い!
この世界が終わることなんてない!
これらのパターンを合わせただけで99パーセント以上は占めていると思う!
だが。だが……だが!!
たった1パーセントでも! この世界が終わっちまう可能性が! 璃子が死んでしまう可能性があるなら! 確実に、潰さなければならねぇ!
「よし、決めた。与儀蒼汰を拉致監禁しよう。それか出家だ。すまん、与儀、与儀パパ与儀ママ」
「なに言ってんのマジで……あんたが捕まっちゃったら元も子もないっしょ」
「だってよぉ! それしかねーだろ! あいつがサブヒロインのうち一人にでも惚れてそれが寝取られたらゲームクリアになっちまうかもしれねーんだぞ!? くそが! そもそも、何っでこんな大事な時に連絡取れねぇんだよ、あのクソ親父! 変態シナリオライター!」
「まぁ、結局お父さんに聞いたところで、この世界が終わるかどうかとか、わかるわけないっしょ」
それはそうだが、貴重な情報源であることに変わりはない。ゲームをクリアしたら世界が終わるのかについては分からなくとも、ゲームクリアの定義については明確に答えられるかもしれない。
「なるほど。そういうお話だったんですね。愚妹でも理解できる分かりやすいご説明でした。さすが兄さんです……♪」
「おう、璃子。良い湯だったか?」
「はい♪ 兄さんのお
俺と舞香が座るソファの背もたれに肘と顎を乗せてニコニコしていたモチモチ風呂上り美少女。そんな愚妹が背もたれをぴょんっと飛び越えて、俺と舞香の間に無理やり身体をねじ込んでくる。「どうぞ♪」と腕を開いて、俺のモミモミを待ち構えてくれている。
そんな元気に動けるようになって、本当によかったなぁ……!
うん。いや、うん。
「俺って、ほんっと失敗から学ばないよな……!」
頭を抱えるしかない。またまた璃子に盗み聞きされてしまった。
NTRゲーのことがバレてしまった以上、もはや隠すことなんてないと思っていたが、このゲームを終わらせようとしてる璃子に、まさにその思惑を潰すための議論なんて聞かれちゃアカンやろ。
いや、まぁ、璃子の忍び寄り技術が凄すぎるせいでもあるんだけどな?
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