第46話 Sランク

「あれが与儀よぎ蒼汰そうた、与儀の弟か……」


 ゴミ父さんとのゴミみたいな再会から二日後、月曜日の昼休み。

 俺と舞香は野球部一年の食事をチェックするという口実のもと、一年三組の教室へと偵察に来ていた。


 ちなみにフリーランス生活が長く、まともに定職に就いたこともない父さんは校長の仕事なんてもちろん何もわからず困っているらしいが、うん、知らん。関係ない。何ならさっさと退職すればいいと思う。さらにちなみにだが、この世界では独身・子なしなので、帰宅後の問題は特にないそうだ。もちろんうちに泊める気などない。璃子には近づかせん。

 一応、玄関で対面だけはさせてやった。号泣していた。泣き崩れていた。璃子は微笑みながら頭をよしよししてあげていた。可愛い。優しい。モチモチ。でも俺以外の男に触らないでほしい。


「ふーん、お兄さんとは似てないね。細い。あと肌がキレイ。白い」


 舞香の言う通り、一人でポツンと席に座りパンをかじっている与儀蒼汰は、いかにもハーレムラブコメ主人公らしい、というかNTRゲー主人公らしい、もやしっ子だった。ものすごく寝取られそう。与儀と違ってニキビもなかった。たぶん家庭環境の違いが出ている。与儀パパさぁ……。

 ただ、ワイシャツの胸ポケットには、万年筆らしきものがキラリと光っていた。おそらく以前与儀が言っていた、父親からのプレゼントだろう。与儀パパぁ……!

 ちなみに同じクラスの野球部員に聞いたところ、彼の学業成績はとても優秀らしい。そのくせ常に無気力で斜に構えた感じとか万年筆を胸ポケットに入れているところが何かしゃくに障り、クラスでは孤立気味らしい。与儀パパぁ……。


「しかし、まぁ、やはりアレだな。対処する相手はこっちじゃないってこったな」


 この消極的そうな男が自分から動いて生徒会に入るなんてことはまずないだろう。典型的な巻き込まれ型主人公って感じだ。念のため視察には来たが、シナリオライターから直接聞き出した通り、彼が生徒会に入るのは生徒会長に無理やり引き込まれてしまうからなのだ。うん、聞くまでもなく、タイトルにそう書いてあったな。


 ちなみにそのシナリオライター様から得た情報によると、与儀蒼汰君には中学時代から付き合っていた幼なじみもいたが、彼女は別の学園に進んだ結果、そこのヤンキー先輩に寝取られてしまったらしい。そんな経験から女性不振に陥るところがこのゲームのスタートだったという。

 そこに手を差し伸べてきたのがメインヒロインの生徒会長だったわけだ。NTRから始まるハーレムラブコメ――カクヨムとかでも流行り始めてたジャンルだな。

 しかしそこからさらに寝取らせるのが、もっちりパコパコ大先生クオリティ。開幕いきなり落としてから上げまくるというカタルシスをプレイヤーに与えた後――再度一気にどん底まで突き落とす。まさに寝取られジェットコースター。さすがだぜ、痺れるぜ、もっちりパコパコ大先生大先生……!


 まぁ要するに、あの女が何もしなければ、与儀蒼汰はただただ幼なじみ彼女を別の学園で寝取られただけの、そこら辺によくいるモブキャラ男子の一人に過ぎないわけで。

 つまり、俺が手を加えるべき相手は、あの美少女生徒会長ただ一人ということになるわけで。


 とりあえず、差し入れにコンドームを持っていこう。





「ふしゅーっ、ふしゅーっ、……おっ……おっおっおっ……! おほっ!」


「おほっ、じゃねーんだわ」


 生徒会室に足を踏み入れた俺と舞香を待ち構えていたのは、ソファにうつ伏せになり、コンドームをキメて腰をカクカクしているポニーテール女だった。

 生徒会にベンチプレス専用のベンチ台を購入させようかと思っていたが、その前にこの扉に鍵を付けさせる方が先だったな。


「どーゆーことなの、久吾。何でコンドームに突っ込んだストローを吸って、こんなトリップしてるの、この女。あのコンドームの中にヤバい粉でも入ってんの」


「いや、何も。しいて言えば潤滑剤かな」


 ドン引きして俺の背中に身を隠してるとこ悪いけど、たぶんお前も俺の精液で似たようなことしてるよな。どっちの女の方がヤバいと思うか国民アンケート取りたい。ちくしょう、俺たちが実の兄妹だったら舞香の圧勝だったろうになぁ……!


「おっ、おほぉっ!? ま、また貴様か……! くっ……! ついに私もメス奴隷にされてしまうのか……!」


 とても悔しそうな目でキッと睨んでくるオホニーテールに、一応マカロンの箱に詰め替えておいた極薄コンドームを差し出すとヨダレを垂らして飛びついてきた。何だこの偽装工作。

 ちなみに元々入っていたマカロンは舞香と璃子がモグモグした。

 ピスタチオ味を食べた舞香が「48時間熟成させた甘出し汁を飲み込んだ後の余韻に似た風味」とかスマホにメモしてるのがチラっと見えてマカロンを食べられなくなった。

 これほどの女を「ひっ!?」とビビらせてしまうこのポニーテールは思っていた以上の化け物なのかもしれない。

 やはり、こんなモンスターの傍に、大切な妹を置いておくわけにはいかないな。


「くっ……! この高潔な私が、ここまで堕ちてしまうなんてな……今回は何が目的だ、この鬼畜めが……! おほっ」


「璃子は生徒会から抜けさせてもらう。本人の承諾も得てきた。退会届的なものがあるなら渡せ」


「そうか。まぁ、その方が良いだろうな……」


 生徒会長はソファに座り直し、控えめにそう言う。

 意外な反応であった。コンドームという見返りがあるとはいえ、少しは拒否感も示してくるものだと思っていた。


 しかし、これなら、まともな会話もできそうだ。

 俺と舞香もローテーブルを挟んで彼女の正面のソファに座らせてもらう。


「紅茶でも淹れようか」という申し出を断り、話の続きを促す。何か危ない成分入り込みそう。ドーピング検査とかに引っかかりそう。


 会長は与儀のファウルカップに注いだ紅茶をすすり、自嘲気味に語る。


「私だって、あんな素直で純粋そうな一年生に、こんな痴態を見せるべきでないことくらい自覚しているさ。もちろん人前でアレを吸ったりするわけはないが……禁断症状は私の意志で抑えられるものではないからな……っ」


「ねぇ、久吾。これってコンドームの話なんだよね? この人何でこんなに悔しそうな表情できるの?」


「知らん。まぁ璃子が脱会できるというなら、それでいいだろ。璃子がもし出戻りしようとしてきても断ってくれ。報告してくれれば、その度にコンドームを譲ってやる」


「くっ……! 貴様という人間はどこまでも私を沈めていくつもりなのだな……! おほっ。金玉紅茶くっさ。おほっ」


「私帰りたい」


「我慢しろ、これも社会勉強だ。とにかく、会長さん。これで会計と書記、二つのポストが空くことになるわけだよな? じゃあ、約束してくれ。お前が生徒会にいる内は、そこに男子を入れるな」


「……それが出来れば、私だって苦労しないさ。君も私のことを思ってそう言ってくれているのだろうが、依存症の克服は簡単ではないんだ。自分の意志だけでどうにかなることではない。知っての通り、私はくっさい金玉の臭いが嗅ぎたくてたまらないんだ。今も早く生徒会に金玉を入れたくて仕方がない。実は既に候補はピックアップ済みで、今日にも声を掛けていく予定だったんだ」


「…………!」


 相変わらずツッコミどころだらけの発言だったが、最後の言葉で全部どうでもよくなった。俺にとって重要なのはそこだけだ。


「候補って、お前……誰だよ、それ。教えろ」


「本当に強引な奴だ……ほら、これが私がトランス状態で作成したリストだ」


 オホニーテールからA4サイズの紙束を受け取り、ざっと目を通していく。


 一枚につき一人、男子学園生のプロフィールが顔写真付きでまとめられている。全員見事に金玉が臭そうだった。まとめられている情報も八割方が金玉に関するものだった。しかもほとんど製作者の予想である。感想である。妄想である。その上で、金玉臭そう度がSからEでランク付けされていた。唯一、与儀兄だけがSランクの称号を手にしていた。しかも、(おちんぽガードにより確認済み)という補足付きである。ただし、(野球部員であるため勧誘不可)とも付されている。じゃあ初めからピックアップするな。


 そして、最後のページだった。そこに記されている名前は――与儀蒼汰――金玉臭そう度は、唯一のEランク。

 だが、しかし――、


「ふっ、気付いたか、山田久吾。そうだ、その一年は、Sランク与儀の実の弟……磨けば臭うダイヤの原石だと、私は見ている」


「……言い換えれば、お前の本来のターゲットは、与儀兄の方だったのか……」


 いや、本来のシナリオ内のこいつが「おほ堕ち」するのは金玉臭そうな校長に調教されてからなのであって、与儀蒼汰を生徒会に引き込んだ時点では気高き生徒会長のままであったはずなのだが。

 もしかして元からこいつは本能的に金玉臭を求める女だったということなのだろうか。コンドーム堕ちする前から、実は与儀兄のことはずっと気になっていたのだろうか。うん、ものすごくどうでもいいな。


「とにかく、もう私は金玉臭の誘惑に抗えない。それもこれも、元はといえば貴様のせいだ、山田久吾。いくら止められようが止まらない。私はこのリストの中から書記と会計、二つの金玉を――いや、四つの金玉を生徒会に引き込むと決めたのだ。想像するだけでおほっ」


「ダメだ。金玉は入れさせない。女子を二人入れろ」


「ふざけるなッ! 何故そこまで貴様に指図されなければならない!? もはやこの衝動は誰かの意思で制御出来るものではないのだよ! 金玉! 金玉金玉金玉!! 嗅がせろ金玉!! 私だけの金玉!!」


「彼氏作ればいいだろ!!」


「金玉!! 金た……おほっ? 彼、氏……?」


「そうだろーが! 臭い金玉キメてトリップすんのが目的なら、生徒会に金玉入れたりなんかするよりも、金玉臭い彼氏作った方が早いだろーが!」


「た、確かに……! それなら金玉臭を独占出来る……! だ、だが、こんな恋愛経験も皆無な、男勝りで、幼き頃から男子共に恐れられてきたお堅い私に、こ、恋人……なんて……」


「いや、もう与儀兄と付き合えよお前!! あ、それだわ、うん。ナイスアイディア、俺」


 何か勝手に、いかにもエロゲ生徒会長ヒロインな自己紹介をし始めたポニーテールに、ついカッとなってしまったが、これだわ。


 誰よりも金玉臭そうな彼氏を作れば、他の男の金玉を嗅ごうだなんて思わなくなるだろう。誰よりも金玉が臭い与儀兄を彼氏にすれば、生徒会に男を入れようとも、さらに言えば、他の男に寝取られようとも思えるわけがないんじゃないだろうか。


 そもそも本来のシナリオでこいつが簡単にNTR堕ちしてしまうのも、熟成前の与儀蒼汰よりも完熟し切った校長の金玉の方が遥かに臭かったから、なのかもしれない。うん、きっとそうだ。金玉の臭さでつがい相手選ぶとか、もうこいつそういう類の獣だろ。


 しかし反面、与儀兄の方は既に誰よりも金玉が臭そうだし、しかもこれからまだまだ熟成されていく余地があるのだ。

 そうか、あいつが俺の甘出し汁ボールの臭いに違和感を覚えていないのも、それ以上に臭いものが近くにあるから、というのが理由だったんだな。シュールストレミングの中に納豆入ってても臭いだけじゃ気付けないもんな。


「わ、私が、与儀君のくっさい金玉と、お、お付き合――ダ、ダメだ、こんな破廉恥はれんちで、ふしだらな言葉、とても口には出せん……」


 白い顔を真っ赤に染めて、頭から蒸気を出す生徒会長。

 こうしていると、そのメインヒロインっぷりが際立つ。

 そう、忘れていたが、こいつもメインヒロインなのだ。

 正直可愛いと思ってしまった。舞香の八億分の一くらい。


「いいだろ、別に。お前だってもう一人の大人の女性だ。同級生と健全なお付き合いをして健全に金玉の臭いを嗅ぐ。それの何が破廉恥だって言うんだ」


「そ、そういうもの、なのか……」


「そういうものだ。与儀のことは俺から紹介してやるし、恋愛のサポートもしてやろう。俺はラブコメマスターだからな。さっそくアドバイスだが、男が好きなのは、何があっても自分にだけ一途な都合の良い女だ。絶対に他の金玉になびくなよ? 特に弟には近づくな」


「あ、ああ。言われなくとも、あんなくっさい金玉と、その、お、お付き合、い……出来るのであれば、他の金玉の臭いになんて興味を持てるわけもない……あの激くさ金玉さえあれば、コンドームの誘惑にも打ち勝てると思う……まぁ、与儀よぎたまなしでは生きられぬ体にはなってしまうだろうが……」


 両手で頬を押さえて弱々しく呟く美少女メインヒロイン。


 よし、オーケー。

 与儀弟がこいつと出会って惚れてしまう前に、与儀ん玉堕ちさせてしまえば、NTR展開は避けられる。

 既に兄の金玉に夢中な兄の恋人に会ったとしても、あんな真面目そうな童貞男子はドン引きすることしか出来ないだろう。

 コンドームからも足を洗って、与儀の金玉がない生徒会室内では、こいつも高潔な生徒会長でいられるはず。万が一璃子が勝手に生徒会に近づいたとしても、生徒会長の頭がお下品エロゲに侵されているなんてバレずに済む。


 完ぺきだ! 完ぺきな作戦だ!


 よーし、うちの正捕手をお堅い美少女生徒会長とくっつけてやるぞー! 一瞬めんどくせーとも思ったが、こういう青春っぽいのって久しぶりだし、ちょっとワクワクするな!


「よし、舞香も恋愛の先輩として、生徒会長の恋愛相談に乗ってやれよ!」


「無理。ヤダ。なにこれ」


「え? ギャルゲー。メインヒロインルート」


「最近のギャルゲーって金玉がキーアイテムなの? 私、くっさい金玉とか無理なんだけど。久吾のは癖も強いけど全然臭いとかじゃないし。寝起きは良く焙煎されたヘーゼルナッツ、日中は爽やかなフレッシュフルーツから徐々にドライフルーツの凝縮感を強めていって、そんでやっぱ至高なのは部活終わり。発酵食品のニュアンスがブレンドされてて、たまんない。特に梅雨から真夏にかけてのムレムレ状態はまさに旬って感じなんだよね。ま、お風呂上がりのフローラルさも捨てがたいけど」


 うん、よかった。やっぱり舞香は舞香だな!

 生徒会長の猛追にはちょっとヒヤヒヤさせられたが、結局、舞香の圧勝だぜ!


 俺の嫁が一番ド変態!

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