第45話 きょうだい
「嘘だろ……マジかよ、何だったんだ、俺の十数年間に及ぶ葛藤は……」
俺と同様、隣の舞香も頭を抱えて呻いてしまっている。ちなみに校長室のソファはフカフカだ。ここであの生徒会長を後ろからパンパン突きまくって、おほおほ言わせることになってたんだろうなぁ。絶対させんけど。
「うん……え? 久吾君、舞香ちゃん。逆に言えば君ら、自分たちに血の繋がりがあると思っていながら、前世であんなにイチャイチャしていたの……? う、うわぁ……ボクの息子と義娘、ガチでヤベェ奴らだった……」
ローテーブルの向かい側でドン引きしている元実父。明らかに俺たちをバカにしている。ZIPだけに。まぁ舞香からしたら元義父だったわけだけど。
親父の話をまとめると、こうだ。
仕事で出会った女性と再婚したのは、俺が二歳の頃。その女性が俺の義母であり実母だと勘違いしていた百乃木璃香であり、彼女の連れ子が舞香と璃子という姉妹だったのだ。
苗字にまで前世との繋がりがあったわけか。ちなみに山田というのも俺の実母の旧姓らしい。今は浮気相手の男と再婚してオランダに住んでいるらしい。俺の親父、オランダ人に妻を寝取られてる。ひぇっ……。
「じゃあ、璃子は、そんな重大な事実を、あえて私と久吾には隠してたってことだね」
疲れ切った表情で、舞香は続ける。
「お母さんにもあの子から口止めしてたんだ、たぶん。全部、私と久吾がこーゆー関係になるのを防ぐため……」
そうため息をつく愛妻だったが、そんな単純な話ではないんじゃないかと、俺は思う。
もちろんそういった理由もあるのだろうが、もっと一言では表せないような複雑な思いがあったはずなのだ。
だって、この世界で璃子は、結局俺たちの結婚を認めてくれたのだから。
しかも、「この世界では俺と舞香が兄妹じゃない以上、反対し切れなかったから」――という理由ですらなかったわけだ。俺と舞香は元からずっと血縁関係になかったと璃子は知っていたのだから。
つまり、本当に謎なのは――転生前と転生後の璃子の心境の変化についてなのだ。実は前世でも現世でも条件は変わっていなかったというのに、なぜ転生を境にして、璃子は俺たちの交際を受け入れてくれるようになったんだ?
とはいえ、それを直接璃子に問いただしたところで、正直に答えてくれるわけがない。そもそも問いただすことなんてできない。だって嫌われたくないんだもん……。
「え、待って。璃子ちゃん、君らには血の繋がりないこと、あえて隠そうとしてたの? じゃあボクがバラしちゃダメじゃん。ボクがバラしたって絶対璃子ちゃんに言わないでよね! だって嫌われたくないんだもん……」
ちくしょう、思考回路同じかよ。さすがクソ親子。
一方で。俺の実妹ではなかったという事実に、璃子があまりショックを受けていなかった――あの謎には、より説得力のある説明がつけられるようになったと言える。
昨日俺が考えた通り、この世界に入ってから、璃子に対する俺の気持ち――血の繋がりなんてなくても、宇宙一大切な妹だ――という思いを、ちゃんと理解してくれるようになったからこそ、なのだ。
この世界に転生して急に実妹でなくなってしまったのなら、そう簡単には立ち直れなかっただろうが、実はもともと血縁関係にはなかったという前提があったのなら、心の準備も出来ていたんじゃないだろうか。
実際、前世で、ずっと俺の愛情を目の当たりにしてきたのだから、俺のそんな思いを信じることも難しくなかったんじゃないだろうか。
「いや、舞香。璃子が俺に向ける想いは恋愛感情とは違うって、先月、璃子自身がはっきり宣言してくれただろ。あれが嘘に見えたか?」
俺の指摘に、舞香はムスっとした顔で、
「それはそーだけど……でも、『自分が兄さんと恋愛関係になりたいわけじゃない』ってのは、『舞香ちゃんが兄さんと恋愛関係になってもいい』ってのとイコールではないから。全く。実際いまだに納得し切ってるわけじゃないじゃん、あの子」
「まぁ、そうとも言えるか……」
「そーじゃん。そもそも、何? ゲーム内で『舞香』を『久吾』と破局させるって。まさに璃子のそんな気持ちが表れてんじゃん。それで自己満足してたわけっしょ? さすがに
「おい、言いすぎだろ。やめろ、そういうのは」
「だって……さすがに、さ……」
本気で不愉快そうな顔をする舞香。
まぁ、その件に関する璃子の動機自体は、『兄さんと両想いの舞香ちゃんに対する憂さ晴らし』、で間違いないだろうが……それでもやはり少し不可解だ。
だって、そもそもそんな発想どこから生まれたんだ?
あれか。パワプロくんか。そういえば璃子はパワプロくんで久吾という名前のキャラと璃子という名前のキャラばかり作っていたもんな。
うん、だからこそ妙に感じてしまう。
璃子は、俺が提案しても、意地でも舞香というキャラは作らなかったんだ。
『久吾』と『璃子』に仲良しさせることしか頭になかった璃子に、どうして「『舞香』というキャラに嫌がらせする」という発想が生まれたのだろう。
しかも、舞香の言う通り、自己満足でしかないのだ。俺や舞香がそんなゲームをプレイする保証など、どこにもなかったのだから。
何らかのきっかけでそんな嫌がらせを思いついたとして、それを実行しただけで満足だったのだろうか?
舞香や俺に見せつけなければ、意味がないんじゃ……って、え?
も、もしかしてこのゲームを購入したのって……!
「そ、そうだ、俺、『実況!パワフル甲子園』なんて買った覚えなかったんだ……いつの間にか、俺のアカウントの購入履歴にあって……!」
そうか、よくよく考えたら、おかしいじゃねーか……!
璃子は、「病室で兄さんのゲーム購入履歴を眺めているところで気を失い、目が覚めたらこの家で横になっていた」と言っていた。生前に、俺の購入履歴に『実況!パワフル甲子園』があることを目にしていたのだ。
その時点で、俺が自分でこんなゲームを購入したという線は消える。俺がエロゲなんかにハマったのは、璃子を喪って、引きこもってからだ。璃子が生きている内に、俺がエロゲに手を出すなんてありえない。そもそもそんなページに行くだけの興味すらなかったはずだし、間違って買ってしまったなんてのも考えづらい。
ていうことは、まさか、もしかして……!
「あのゲームを、俺のアカウントで買ったのって……!」
「あ、ボク。息子の18歳の誕生日プレゼントにボクの作品を、と思ってね。ヌけただろう?」
「テメェかよ!!」
「あうぅっ!?」
舞香に怒られてしまうのでローテーブルの下で脛を蹴ってやった。与儀の父親のまともさが羨ましくなってきた。最高の親父じゃねーか、与儀。野球頑張って親孝行しろよ。
「ちくしょう、もはや俺たちのこの転生って、ゼロから百までたぶんお前のせいじゃねーか。ありがとよ。うん、ありがとな!」
結果的にだが、また璃子と一緒に暮らせているのも、舞香と婚約できたのも、二人を甲子園に連れていけるのも、親父のおかげということになってしまった。
一瞬、初めから全て璃子が仕組んだことで、この世界のことも初めから全てバレていた――と思ってしまったが全然そんなことなかったんだぜ!
まぁ、そりゃそっか。璃子がそんな
俺の璃子はやっぱり天使だった。ちゅっちゅ。
うん、そうだ。どっちにしろ、そんな諸々は後回しだろ。大事なのは、璃子の安全を確保すること。それが何より最優先だ。
「まぁいいや。お前は璃子に手出しする気ねぇってことだな?」
「当たり前だろ!? 何でそんなパパのことを疑えるんだ!?」
「自分のエロゲキャラに自分の子供や自分の名前つけるようなパパだから。もうパパじゃないしな」
「ひどい……」
「とにかく、璃子だけじゃなく生徒会役員に近づくなよ? さっきも言ったが、この世界がNTRゲームだなんてこと、璃子にバレるわけにいかねーんだ」
「言われなくてもそれはボクが一番そう思ってるよ。自分のエロゲキャラに義娘と自分の名前つけちゃったようなパパなんだから」
よし、確かにそうだな。そこに関しては脅したりする必要もなさそうだ。
「とりあえず、NTRゲーバレに関しては、俺たちが何かするまでもなく、避けられそうってことだな……いや待て」
ポニーテールのオホ顔が脳裏をよぎる。
そうだった、あの生徒会長、すでにゴム堕ちしてるんだった。ゴム堕ちって何?
もしもこのままゲームのシナリオ通り、主人公君が生徒会に入って生徒会長に惚れてしまった場合、マズいことになるかもしれない。
恋人になった高潔系ポニーテール生徒会長が実は裏では俺という不良にゴム漬けにされていた……これがNTRではなくて何だと言うのだ。誰がどう見たってNTRバッドエンドではないか。NTRゲー主人公君がそんな状況で絶望鬱勃起して脳を破壊されないわけがないじゃないか! ゴム漬けって何?
生徒会内でそんなNTRシチュエーションなんて起こされたら、何かがおかしいと璃子に勘付かれてしまうかもしれない。
そもそも、あの変態オホニーテール、「人前ではコンドームは吸わないようにしている」だとか「気高き生徒会長がコンドーム中毒だったなんて、誰にもバレるわけにいかないだろう!」だとか
それに、コンドーム資金欲しさに、生徒会内のオリヴィアさんや詩音さんとやらにもコンドームを広めてしまう可能性だってある。コンドームが蔓延する生徒会なんて、璃子が違和感を持たないわけがない。
最悪、璃子にまでコンドームの魔の手が……コンドームを吸うって何? コンドーム中毒なんて言葉ある? コンドームは広めていいだろ。
とにかく、万が一にもそんな展開だけは避けなければならない。
そのために、最も確実な方法は、
「うん、やはり璃子には生徒会を辞めてもらおう」
これしかないし、これが一番手っ取り早い。
そもそも璃子は俺のサポートのためにと言ってくれているけど、正直……うん、ちょっとアレかな? いや、嬉しいんだけど、心配事の方が増えてしまって逆に野球に集中できなくなってしまうっていうか? 舞香がメンタルケアしてくれてるから何とかなってはいるけど……。
「でもさ、久吾。璃子だよ? あの璃子だよ? そもそも私らに内緒で勝手に生徒会とか入っちゃってた璃子なの。無理やり辞めさせたって、また勝手に出戻りとかしちゃうかもじゃない?」
「確かに……」
さすが有能メンタルケアラー舞香。妹の思考を読み取るのもお手の物だ。好き。
「そうだな。そうなるとやはり、根本的な原因を排除するのが、一番確実か……。主人公君の生徒会入りも阻止しておこう」
根本的な原因は、あの変態のコンドーム依存症だけどな。
だが、それに関しては俺の手ではどうにもできない。簡単には克服できないからこそ依存症と呼ばれているのだ。コンドーム依存症って何。
「あとまぁ単純に、璃子のことをその主人公君が性的な目で見たりするだけで絶対嫌だからな。俺の目の届かんところで璃子にエロゲ男キャラなど近づけさせてたまるか」
「相変わらずキモいな、このシスコン。マイダーリン」
「で、どこの誰なんだ、その主人公ってのは。クソシナリオライター様であるマイダディなら当然知ってるわけだろう?」
「おいおい、久吾、マイバディ。やめてくれよ、様だなんて。照れるじゃないか」
何だこいつ。
「いいから、さっさと吐け。一年の誰だ。名前さえ教えてくれればあとは俺が何とかする」
「名前ね。ああ、でも、野球部で頑張ってる久吾君なら、もしかして既に知ってるんじゃないかな? ほら、ボクって前作の登場人物と繋がりのあるキャラを次回作のメインキャラに据えたりしてユーザーにささやかなワクワクを提供するっていう高等テクニックの使い手だからさ。カッコいいだろう?」
「あ? 死ね。そんなんいいからさっさと吐け」
別にテクニックとか必要ないだろそれ。たぶん小説書いてる中学生とかでもやってるぞ。舞香もやってたし。オチは全部俺と舞香が結ばれてイチャイチャするだけなんだけど。
「まったく、早漏だなぁ、久吾君は。誰に似たんだか……えーと、アレだよ。『僕変え!』の主人公は一年三組の
「死ね。まぁいい、わかった。一年三組の与儀蒼汰だな。うん。いや、うん」
別にいいが、一応叫んでおこう。ささやかな驚きを提供してくれた高等テクニックへのイラつきを込めて。クソ親父の気まぐれで殺されてしまった天国の与儀パパへの
「いや、与儀の弟!!」
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