第43話 遺伝と突然変異

「転生って、マジかよぉ、おい……」


 重厚な校長デスクで項垂うなだれる父親(仮)――またの名を、後藤ごとう豪雪たけゆき。そんな姿を舞香と立ち並んで眺め、俺は考える。


 おそらく俺たちと同じパターンなのだろう。名前やこの世界での立ち位置・パーソナルデータは元のド変態間男校長キャラのまま、体と精神が丸ごとそっくり、父さんのものに入れ替わった。


 そして同時に。この世界の住人の認識も、書き換わった。父さんの転生に従って、後藤校長は元からこの姿形の後藤校長だったと、記憶が上書きされてしまった。

 俺と舞香もその一人だ。

 俺たちが転生してきたときにこの世界の住人が受けた現象を、こいつの転生によって、俺たちもまた受けてしまったのだ。

 今ではもう、校長は元から父さんの姿であったとしか思えなくなっている。


 もう一つ俺たちと共通することとして、豪雪たけゆきという下の名前だけは元の父さんのものと一致しているという点が挙げられる。


 ……いやしかし、さすがに偶然が過ぎないか? 俺と舞香だけでもあんなに驚いたってのに、次回作で登場するキャラに、璃子と豪雪までいるなんて……。俺たち三人のものはともかく、豪雪なんて名前、滅多にあったもんじゃないぞ?

 ちなみに俺の久吾という名前は、父さんが自分の「豪雪たけゆき」を「ごうゆき」に変換し、それを逆さまにした「きゆうご」から連想したものらしい。何だその発想。


「このボクがド変態間男校長キャラとか……こんなに皮が余っているというのに」


 それにしてもこの父親(仮性)、舞香と違って、俺の説明をいやにあっさりと受け入れた。いや、それ以前に、NTRゲーム内転生というこの異常な状況に対する理解が、異様なほど早かった。舞香どころか、実際にゲームをプレイしていた俺以上の早さだったんじゃなかろうか。


「なぁ、父さん」


「――えっ! い、いや、待ってくれ、久吾君。元マイサン(仮性)! も、もしかして……!」


 突然何かに思い当たったかのようにガバっと立ち上がる元マイダディ。余り皮だけをマイサンにしっかり遺伝しやがってくれたクソ元親父。


「このゲームには、璃子というサブヒロインがいるはずだ! 乳輪が小さくてパイパンの、生徒会会計キャラが! ボクや君たちが自分と同じ名のキャラに憑依してしまったということは! ま、まさか、もしかして、璃子ちゃんも……!?」


「ホントに理解が早いな……。ああ、生きてるよ」


 そんで、そんなパイパン情報まで知っているということは、やはりこいつ、俺と同様、いや俺以上に……。


「い、生きてる……? り、璃子ちゃんが……? あ、あのモチモチの、璃子ちゃんが……?」


「モチモチのモッチモチだ。百乃木家の子にはなっちまったが、それ以外は、入院前の元気な頃の璃子の姿のままだ。今も俺の家に住んでるよ」


 乳輪と陰毛も元の璃子のままだ。まぁ、それは言わんけども。


「――――…………っ!! 璃子ちゃん……っ、璃子ちゃあああああああっ!! モッチモチ璃子ちゃぁああああああああっ!!」


 いつかの自分のように泣き崩れる仮性父さんを見下ろして、俺は指摘せざるを得ない。


「その璃子ちゃあああを、お前がメス犬調教しようとしてるんだけどな。それを知って俺たちは今、殴り込みに来てんだけどな」


「しないよ! そんなこと!」


 しないらしい。当たり前だ。いくらこの世界では血の繋がりがないからといって、元家族に手を出そうとするとか頭おかしすぎるしな、うん。





 またまた十数分後。


「うぅ……早く璃子ちゃんに会いたいよ……モチモチの璃子ちゃんを抱きしめたいよ……」


「いい加減うっせぇな。モチモチモチモチ、元娘に対してキメェんだよ、クソ親父。言っとくが、触らせねぇからな。会わせるだけだし、それも事情聴取が済んでからだ」


 整理しねぇといけない件は、まだまだ残っている。

 俺は校長机にバンと手を置き、元父親を真っすぐと見据え、


「俺らからは一通り説明してやったんだ。お前からも知っていることを話せ。お前が俺たちの前から失踪して二年間、何をやっていたかなんて情報はどうでもいい。生活費と舞香の学費を振り込んでくれていたことには深く感謝しよう。で、そんな失踪生活の中、何がきっかけでこの世界に入ってきたんだ?」


「い、いや、それは……アハハ、そんなことより久吾君、また大きくなったね? この世界でも野球頑張ってるのかぁ。偉いなぁ」


 目を逸らしながらそんなことをのたまう元親父。

 実際は一度ガリガリになってから、この数か月で劇的な変化を遂げたわけなんだが。こいつ二年間俺の姿見てなかったから、その程度の認識なんだな。


「誤魔化さなくていい。俺も『実況!パワフル甲子園』をプレイし始めたところで転生しちまったんだ。舞香もそのタイミングに俺の隣にいてな。璃子もはっきりとした記憶はないみてぇだが、『パワフル甲子園』の購入履歴を眺めていたとは言っていた。なぁ、プレイしていたんだろ? お前の場合は、最新作の方を」


「……いや、まぁ、プレイというか……うん。そうだね。やってました、『僕変え!』を」


 そうやって略すのかよ。相変わらず重要なワードが全部消えてるやんけ。というツッコミを待たずして、父さんは静かに語り出した。

 うん、静かにしてればカッコいいんだよなぁ、このロマンスグレーおっさん。





「と、いうわけだね。このゲームのメインシナリオライターであるボクの分かっているところは」


「と、いうわけだね。じゃねーんだよ、この糞ロマンスグレー」


 俺は頭を抱え、舞香は無言で親父の脛を蹴っていた。


 ワイのパッパのお仕事がエロゲのシナリオライターだった件。

 自分のゲームでシコってる最中にウトウトして、気付いたらゲーム内に転生してたらしい件。

 とかいう事実はこの際どうでもいい。いや驚いたけど、今そこにツッコんでる暇なんてない。ていうかかすんだ。


 こいつの十数分に及ぶ話には、それだけ衝撃的な点が詰め込まれていた。


 まず、何よりも。第一に。


「痛いって舞香ちゃん……ボクはね、言ってみればこの世界を作り上げた神の一人ってことなんだよ? え? だよね? そうだよね? そうなるよね? ねぇ、ボクの息子はどう思う?」


「何でこいつ自分の作品の間男キャラに自分の息子の名前つけて、そのセフレのエロ要員キャラに自分の娘の名前つけてんだよって思う。死ね」


 そう、偶然ではなかったのだ、俺たちの名前の一致は。まさにこの世界を創りし創造神であるクソ親父が、何らかの意図を持って授けやがった名前だったのだ。


 俺の父親は『実況!パワフル系先輩野球部に僕の年上幼なじみ女子マネが……。甲子園に連れていくって約束してたのに……!』及び『僕を生徒会に無理やり引き込んだ気高き女子生徒会長が変態校長に……。共に学園を変えようと約束してたのに……!』のメインシナリオライター、もっちりパコパコ大先生であった。ちなみに「大先生」まで含めてペンネームである。ええー……。


「そ、それは……ボクの意思だけで話していいものなのかなぁ……ひぃっ!?」


 未だドン引き中の俺から目を逸らすもっちりパコパコ大先生であったが、舞香の小顔がそんな逃亡を許さない。斜め下に逃げた親父の目線の先で、舞香の瞳孔どうこうかっぴらきお目目が待ち構えていた。ヤンキー座りで親父を下から睨みつけていた。いつぞやの璃子みたいだ。

 やっぱり姉妹なんだなぁ……。しみじみ。


「そーゆー……思わせぶりな態度とってないで……さっさと吐け……璃子に、会わせないよ……」


「ひぃっ!? わかった、わかったからそんな怖い顔しないで、舞香ちゃん! 頼むからまばたきをして!」


 しみじみ。


「頼まれたんだよ、璃子ちゃんに! ボクのゲームのキャラに久吾君と舞香ちゃんの名前を付けられないかって! 病床の可愛い娘におねだりされてボクが断れるわけないだろ!」


 しみじ……は?


「何だよそれクソ親父……は?」


 くそぉ。疑問を解いていくための質疑応答でさらに疑問増やしていくスタイルやめろ。頭がおかしくなりそうだ。舞香も「璃子が……?」と混乱している。

 うん、聞きたいことは山ほどあるが、一つずつ潰していくしかないな。


「そもそも璃子は知ってたのかよ、父さんがエロゲライターだって……」


「いや、エロゲってことは教えてないよ、さすがに。璃子ちゃんは中学生だったし。でも僕がゲームのお話を作る仕事をしてるってことは、璃香りかさんに聞いてしまったみたいでね」


「母さんが、か……」


 俺らが小学生の頃に家を出ていってしまった母さんも、璃子のお見舞いには何度も顔を出していたらしい、というのは葬式のときに知った。

 成長した娘と久しぶりに会って、昔は話せなかったことまでついついらしてしまったというところだろうか。


「璃子ちゃんが入院したばかりの頃が、ちょうど『実況!パワフル甲子園』制作中だったからね。野球ゲームを作ってると言って誤魔化したよ。璃子ちゃんが好きなパワプロくんと違って、野球だけじゃない重厚なストーリー、甲子園出場を決めてゲームクリアした際に流れる感動のエンディングをこのボクが書き上げたと自慢しておいた」


「大嘘じゃねーか。野球だけじゃない重厚なストーリーってただのテンプレ野球部NTRじゃねーか。このゲームをクリアして迎えるエンディングって主人公の寝取られ鬱勃起じゃねーか」


「とにかく、ボクのそんな感動ストーリーにぜひ『久吾』と『舞香』を出せないかと、璃子ちゃんに頼まれてしまったわけさ」


「わけさ、って。何で俺の可愛い妹が、お前にそんなこと頼むんだよ」


「そ、そんなの当然ボクだって聞いたよ! でも教えてくれなかったんだ……ほんとだよ?」


 すげー嘘っぽい。目が泳ぎまくってやがる。


「絶対嘘じゃん。正直に吐け」


 さすが舞花。嘘だと決めつけている。俺と違って甘くない。


「う、嘘じゃないって! ほんとに教えてもらってない! ただ、まぁ? 聞かなくたって、だいたい分かるっていうか?」


「おっさんがもったいぶるなって言ってるよね、私」


「いや、だからさぁ! あれだよ! 璃子ちゃんはブラコンだったじゃん! 同じくブラコンの舞花ちゃんを敵視してたじゃん! だからね、『主人公にこっぴどく振られる悪役先輩マネージャーモブキャラとか出さないんですか?』とか言われちゃったわけだよ!」


「わ、私ブラコンじゃないし!」


「今さら何言ってんだこいつ」


 まぁでもアレか。元父親の前だしな。

 前世でずっと俺たちは、自分の気持ちを、特に親族の前では必死に隠そうとしていた。

 そもそもまだ父さんには、この世界で俺たちが恋愛関係になって、あまつさえ婚約までしてるなんて伝えていないわけで。


 え? てかそっか。それも言わなきゃならんのか……。さすがに恥ずかしすぎるかもしれん……


 だとか言ってる場合じゃねーんだわ。

 この親父……!


「それで、あれってことか、クソ親父。主人公にこっぴどく振られるポジションなんて『パワフル甲子園』にはなかったから、間男キャラに俺を、『俺に都合の良い穴としてぞんざいに扱われるエロ要員』に舞香を、あてがったってわけか」


「大げさだなぁ、久吾は。名前を借りただけじゃないか。たかが名前じゃないか」


 父親が笑いながら言うことか。


「名前だけって言うけどよ、なんか見た目も元から俺と舞香っぽい感じがあったんだが……いや、さすがにそれはたまたまだよな……」


「どうかなぁ。いやまぁ、たまたまではないと思うよ」


「何で他人事なんだ、お前……」


「いや、だって、ボクはただのシナリオライターだし。原画家は璃香さんだからさ。久吾と舞香という名前を見て、二人をイメージしたキャラデザをしてしまうのも、あり得る話なんじゃないかなって」


「クソが。さらっとまた衝撃的なカミングアウトしやがって……」


「え。私のお母さんってエロい絵描く仕事してたの……?」


 舞香も目を丸くしている。俺の両親、職場結婚だったのか……いや、だからそこじゃない。


「ボクだって、子どもがそれぞれ18歳になったら満を持して父親の職業を告白するというドラマティックな展開を夢見てたんだけど、君らがボクに全く興味を持ってこなかったからさぁ……」


 とても悲しい目をする父さん。いやまぁ、親の仕事に興味ない子供なんて今どき珍しくないって言うしな。


「お母さんが、私をエッチなキャラのモデルに……」


 目を潤ませている舞香。そりゃまぁ、ショックなのはショックだよな。両親ともロクでもない奴らだったなんて。


「お母さん、私のこと、ミニ乳輪のツルツルで描いてくれたんだ……ありがとう……結局台無しにしちゃったけど」


 感動の涙だった。俺もズル剥けに描いてもらったのに台無しにしちゃったよ。親不孝のロクでもない息子の息子でごめん。


「ああ、まぁ璃香さんのキャラって全部ミニ乳輪のパイパンだからね。自分のデカ乳輪とモサモサ陰毛が相当コンプレックスだったんだろうなぁ」


「遺伝!! あのクソ母ぁ! 全部あの女のせいなんだ、この陥没乳首も……!」


「陥没? 陥没どころか璃香さんはノーブラだと胸ポチ不可避なくらい出たがりビンビン乳首だったけど」


「遺伝じゃなかった! 私だけ突然変異だった! 何で!!」

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