第42話 間男校長

「ホントなの、璃子が生徒会って……しかも、それが別のNTRゲーの舞台?」


 校舎一階、校長室前にて。膝に手をついてハァハァ言いながら舞香が訪ねてくる。


 あれほど付いてくるなと言ったのに、自転車で追跡されてしまった。仮にけたとしても甘出し汁の匂いで俺の居場所はバレてしまうので、諦めた俺は道中で全ての説明をしたのだ。


 ていうかこいつ俺の皮余りちんぽは既に見てるし、こんなに俺の精液について匂いから舌触りまで熟知してるくせに、自分は陥没乳首を隠そうだなんて、対等なパートナーシップとしてあまりにも不公平なんじゃないだろうか。まぁ乳首自体は隠そうとしなくても隠れてるわけだが。


「ああ、そういうことだ。だからそのド変態間男校長が生徒会を調教し始める前に、手を打っておこうというわけだ。昨日は既に帰宅してしまっていたが、今ならこの中にあのハゲデブ中年野郎が……」


 重厚な両開きドアに手を掛けたところで、脳が一瞬フリーズする。

 ん? な、何だ、今の感覚……?


「ん? 久吾、なに言ってんの。ハゲデブ? 校長が? ん? あ、そっか、ハゲデブか……ん? いやいや、そーだっけ?」


 舞香も俺の後ろで、混乱したように首を傾げている。


 いや、そうだろ。だって、何度か学園内で見かけたこともあるし、ついさっきだって学園ホームページでその顔写真をチェックした。

 後藤という祢寅学園校長は、いかにもNTRもの間男キャラの汚いおっさんという風貌で――、


「いやいやいや。違げーよな。うん、違う。あれ? 何で俺、こんな勘違いしてたんだっけ? ん? 勘違い? てか、どんな勘違いしてたんだっけ」


「だよね。そーだよね。ここの校長って……ん? え? あれ?」


 先ほどまでどんな勘違いをしていたのかすら思い出せなくなってくる中、俺たちは校長の姿を思い浮かべ、そして。


「ま、舞香……」


「……え。嘘。マジで……?」


 顔を見合わせ、お互いが同じ画を頭の中に描き、同じ衝撃を受けていることを目で確認し合って。


「……いや。ここで引き下がってもしょうがねーから。問題の先送りでしかねーから」


 俺は、覚悟を決めて、そのドアを開け放った。

 果たして、その中には――、


「な、ななななな何だこれ。どこだここ。なんでボクがこんなお高そうなスーツを? 何だこれ何だこれ。……あれ? 何で久吾君と舞香ちゃんが? 久しぶり。パパだよ」


 俺はゆっくりとドアを閉めた。


「帰るか、舞香」

「いや練習」


 そうだった。普通に朝から部活あるんだったわ。普通に合宿中だったんだわ。


「よっしゃ、部室行って着替えるかー。せっかく璃子がじ込んでくれた合宿だしな」


「ま、試しに守備練の時間増やしてみるってのはアリだと思うよ。やっぱ久吾の球数減らしたいもん」


 そうだな。結局、璃子も舞香もいつだって俺の野球人生のことを考えてくれていて、それならば俺も、もっとこいつらの意見に耳を傾けるべきなのかもしれない。


「ありがとな、いつも」


「……なんなの。やめてってば、急にそーゆーの」


 土曜日の、閑散とした廊下。隣を歩く元妹であり現恋人であり、未来の妻の頭をわしゃわしゃと撫で、今日も俺は甲子園に行くための鍛錬に、


「いやいやいや待って待って待って待って! ヘイ、マイキッズ、リスナップ! パパが困ってるぞ!?」


 声の方を振り返ると、銀髪交じりのダンディな五十代が決死の形相で叫んでいた。鍛えられつつも絞られたその体が、今は床を情けなく這いつくばって、助けを求めるように右手を伸ばしている。


「はぁ……」


 思わずため息をついてしまう。舞香もジトっとした目を、校長であるはずのその男に向けている。


 ……なんっで、俺たちの前世での父親が、こんなとこにいんだよ……。



――――――――――――――――――――

第四章終了!

本当はキリよく一章十話刻みにしたかったけど第40話は璃子のソフトボールの話だったので諦めてあげました^^

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