第41話 電話

「もしもし、璃子か」


『もしもし璃子です! 間違えました、モチモチ璃子です! もしもしでもないし、お姉ちゃんと違ってムチムチでもありません! モッチモチです! おはようございます、兄さん! 今日も朝から素敵なお声で璃子の鼓膜は幸せなのですが、それはそれとして何でスマホ出てくれないんですか!』


「いや、すまん。ちょっと立て込むと思ってマナーモードに……って、お姉ちゃん? 舞香の、ことだよな……? そりゃそうか、ムッチムチだし」


『そうです! 実は璃子、百乃木璃子でした! 兄さんの愚妹ではなく、舞香ちゃんの普通妹ふつまいでした! 嘘をついていてごめんなさい……どうしても兄さんの愚妹でいたかったんです……!』


「え、あ、うん。謝ることは、ねーけど……」


 電話口から、スラスラと、まるで台本でもあるかのように紡がれる声。その間の取り方さえも、あらかじめ決まっていたかのような印象を受けてしまう。


 え? いやいやいや。そんな感じ? こんな電話であっさり済ませちまっていいような話だったん? 璃子にとって、めちゃくちゃ重い話のはずだろ、これって。誰よりも俺の妹であることに誇りを持ってくれていたのに、そんな簡単に白状できちゃうの?


 ま、まさかもしかして。やはり舞香が危惧していたように。本気で俺とそういう関係になりたいからこそ。本心では、舞香と同じように。妹を、辞めたかった、とか――って、ことはないな。うん。


 だって、そこに関しては、先月のあの朝のリビングで、璃子自身がはっきりと否定してくれたし。確かに14年前の幼き璃子は俺のお嫁さんになりたがっていたわけだけど、俺がそれを断って以来、璃子は妹として俺の一番であろうとし続けてくれた。


 そして実際、俺にとって璃子は、舞香と並んで宇宙で一番大切な存在だった。


 たとえ血の繋がりがなくなったのだとしても、その思いに何ら変化はない。永遠に。


 そんな俺の思いが、転生してからの二か月強で、徐々に璃子にも伝わってくれたということなのだろうか。

 そうか、それならば璃子のこの反応にも説明がつくのかもしれない。


『どうしました、兄さん。突然黙り込んでしまって。もしかして、やっぱり……怒って、います、よね……』


「え、あ。違う違う。そうじゃなくて。マジで全然怒ってねーよ。璃子の気持ちはよくわかるしな!」


 たぶんだけど。いや、うん。俺のこの考えで、合ってる、よな……?


『兄さん……?』


「いや何でもない何でもない! 何でもないから心配すんな!」


『……兄さん、もしかして、わたしのもう一つの秘密に、気づいてしまわれたのですか……?』


 不安げに揺れる璃子の声。先ほどまでと違い、用意されていたセリフには聞こえない。


「璃子……」


『実はこの電話も、ものすごく嫌な予感がした故の緊急連絡だったんです。虫の知らせと言いましょうか、何故か舞香ちゃんが、わたしの重大な秘密を兄さんにらしたような気がしてならなくて』


 その予感はたぶん当たってる。ホームラン級の大当たりしてる。ホームランと言ってもソフトボールのだが。直径9cmか……ゴクリ……。


「いや違うんだ璃子。そうじゃなくて」


 どちらにしろ、聞けるわけがない。本当は俺のこと好きなんてことないよな? だとか、本当に9cmなんてことあるよな? だとか、可愛い璃子に聞けるわけがないんだ。世界一大切な妹に、そんなこと……!


 そうだ。だからこそ、問いたださなければいけないこともある。衝撃的な出来事の連続でついつい薄れてしまっていたが、忘れるわけにはいけねぇ。

 これに関しては、電話越しででも何でもいいから、とにかくスピードが重要だ。これ以上、後回しにはできない。


「舞香からじゃなく、野茂と生徒会長から聞き出してきたんだ。璃子、生徒会執行部に入ったらしいな?」


『あら。それもバレてしまいましたか。こっちは一瞬でしたね』


 またもやあっさりと白状する璃子。だが、この件に関しては、それが自然な反応だ。

 だって、璃子は祢寅学園の生徒会に入るということがどういうことなのか、知らないのだから。この世界を野球ゲームだと思い込んでいるのだから。


『実はですね、練習試合での、兄さんの足を引っ張り続ける野手のみなさんを見て、我慢が出来なくなってしまったんです。生徒会の会計の立場になれば、陰ながら兄さんのサポートが出来るかと思いまして。今回の合宿も、璃子が頑張って捻じ込んでみたんです!』


「そ、そうか。ありがとな、璃子。めちゃくちゃ助かってる」


 ホントは合宿なんてやりたくなかったし、そもそも生徒会の金はコンドームさえあればいくらでも自由にできそうだから、璃子の力は全く必要ないのだが。


 だが、そういうことなのかもしれない。あの賢い璃子が本当に愚妹になってまで、生徒会に入ってしまう。これがこの世界に働く力なのかもしれない。元の百乃木璃子の設定を成り立たせようと、璃子をド変態校長の手に落とさせようと、不思議な力が働いているのだ。この世界の意志とかいうフワッとした概念やっぱあったわ。


 だが、そんな力に素直に従う気なんざ、さらさらねぇ。


 そうだった。こんなことしてる場合じゃねーんだ。俺には、やることがある。


『それはそうと、もう一つ確認なのですが、まさか兄さん、愚妹がいないからって舞香ちゃんのいやらしい誘惑に乗ったりしていないですよね? 言いましたよね? 約束しましたよね? 甲子園行くまではエッチなことしちゃダメだって』


 そうだった。めっちゃ約束してた。めっちゃ破るとこだった。めっちゃ危なかった。めっちゃ生おっぱい揉みしだこうとしてた。マジでこんなことしてる場合じゃなかった。


 チラと舞香の方を振り返る。

 抱き合った際に俺の甘出し汁が移り染みしていないか確認しようとTシャツのすそをまくり上げてスンスン嗅ぎまくっていた。真っ白すべすべムチムチなお腹が丸出しだった。

 こいつ体毛ほとんどないくせに何で下の毛だけモサモサなん? エロすぎだろ。こんな体を前にして、あと二か月もホントに我慢できんのか俺。何だこのド変態夫婦。


 だが、ド変態はド変態でも、ド変態夫の俺はド変態妻にしか手を出さない。生徒たちをメス犬調教するようなド変態なんて絶対許せない。ましてやそこに璃子が含まれるかもしれないなんて……怒りで震えが止まらない。


 璃子は今、自分のことを愚妹と言った。言ってくれた。やはり今でも、血の繋がりがないと俺に知られてしまっても、妹であろうとし続けてくれているのだ。

 本当はまだ割り切れてはいないのかもしれない。いや、きっとそうだ。複雑な思いを抱えていることだろう。


 だから俺はこれからも示し続けてやらなきゃならない。示し続けたい。


 お前は俺の、宇宙一大切な妹なのだと。

 それだけは、何があっても変わらねぇ。

 

 俺は璃子に、舞香とエッチなことは決してしていないということ、また今夜にでもじっくりゆっくり話し合いたいということだけを伝え、通話を切る。


 今の俺にはまず何よりも先に、やらなきゃいけねーことがある。


 走るのだ。久々にブチ切れるのだ。心に決めるのだ。


「あのド変態間男校長を、ぶっ殺す……!」



――――――――――――――――――――

ものすごく重大なミスを犯していたことに気付いてしまいました。

舞香も璃子も太ももムチムチのモチモチなことを書き忘れていました……。舞香がムチムチ寄りで璃子がモチモチ寄りです。でもどっちもムチムチのモチモチです。膝枕がとても気持ちいい。

今まで黙っていてごめんなさい。お詫びに星三つとフォロー入れさせてあげます^^

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