第40話 ソフトボール
「じゃあ璃子はもう、開き直ってる感じだったってわけか……」
力なくコクリと頷く舞香。リビングで向き合って朝食をとりながら、事の顛末を舞香から聞き出していた。こんな状況でもご飯だけは完ぺきに作り上げてくれる俺の嫁、最高すぎない? 好き。
舞香の話を要約すると、こうだ。
璃子も舞香と一緒に姉の彼氏の家に泊まることを両親は了承していた。実は璃子は俺たちの目を盗んでちょくちょく帰宅はしていた。どうやら璃子が上手く両親に嘘をついていて、それが舞香への不干渉にも繋がっていた。
そしてそんな諸々を、璃子は舞香に直接説明しようとはせず、舞香が問いただそうとしても無視され、かといって、両親との会話の中でそれらを隠そうとは全くしてこなかったということらしい。
「つまりは、自分が実は俺の妹ではなく舞香の妹だという事実自体がバレるのは想定内だし諦めてるが、なぜそんな隠し事をしていたのかまではお前に話す気はねーってことか」
「そんな感じだろーね……」
まぁ俺にはわかるけどな、璃子の動機。考えなくたってわかる。決まってる。
璃子は、俺の妹でいたかったのだ。何度生まれ変わっても兄さんの妹になるという約束を、守りたかったのだ。いつかはバレるとわかっていても、自分が約束を破ってしまったと、俺に知られたくなかったのだ。
ただ、自分が一度死んだという認識がない璃子と、璃子がいない二年間を経験した俺とでは、その感じ方が全く違うのだけど。
別に実際に血なんて繋がってなくてもいい。全然いい。璃子がまたあの笑顔とあの声で「兄さん」と呼んでくれているだけで、充分なのだ。あとは俺が璃子の願いを叶えるだけ。甲子園に連れていくだけの話なのだ。
というわけで璃子が嘘をついていた理由は完ぺきに理解してあげられている完ぺきな兄こと俺だが、そんな俺にもいまいちわからないことはある。つかれた理由が全っ然わからん嘘もある。
目の前に、意味不明すぎる嘘つき女がいる。
「で、お前は何でそれをそんなに必死に隠そうとしてたわけ? 全然隠せてなかったけど」
「……だって……」
「だって?」
嘘つき女こと舞香は、俯いたまま肩を震わせ、そしてやはり震えた声を絞り出す。
「だってっ……浮気すんじゃん……絶対……」
「はぁ?」
「浮気! すんじゃん! あんたが! 璃子と! 血がつながってないなんて知ったら! 手ぇ出すじゃん絶対!」
「ええー……」
舞香は泣いていた。思いっきり涙を流しながら吠えてきた。ええー……なんだこいつ。
「どうせ私に飽きて……捨てるじゃん……」
そしてまた両手で顔を覆って俯いてしまう。マジでめんどくさいこの女。
「何でそんな発想になるんだ、お前は……。お互いあんな恥かきまくって伝え合った気持ちは何だったんだよ」
「だってそれは璃子が実妹だってゆー前提があったからじゃん……璃子とも結婚できるなんて知られたら、私が選んでもらえるわけないじゃん」
「だから何で勝手に決めつけんだよ、そんなこと」
「知ってるもん私。久吾はずっと、私よりも璃子を大事にしてたもん。そうだよね、璃子の方が素直で可愛いもんね」
「……お前、まだ何か本音隠してるだろ」
「…………」
15年前の甲子園での約束以来、いやそれよりも前からずっと、俺がお前に抱いていた想いについては、ちゃんと伝えたはずだ。伝わったはずだ。だからこそ、俺たちは結ばれることができた。
だというのに、こいつがこんな不安を抱いちまっているのには、何か俺には考えも及ばぬような、深刻な理由があるからなのであって。
「なぁ、話してくれないか、舞香」
「でも……」
「俺が永遠に舞香一筋だって信じてもらうためにも、お前の不安を取り除いておきてぇんだ」
「でも……っ、こんなの、絶対久吾に嫌われちゃう……」
「嫌うわけねーだろ。愛してる。好きだ、舞香」
右手で舞香の顎を上げさせ、強引に68回目を奪う。
「ん……っ……もうっ……ばか」
「だが、これでわかってくれただろ? な、話してくれよ」
「…………その……私、さ……」
「おう」
そうして舞香は、不安げな目を俺から逸らしつつも、ついにその秘密をさらけ出してくれる。俺もできるだけ穏やかな目で、言葉の続きを待つ。
「私……何てゆーか、その。か、陥没? してる、みたいな?」
「うん。……うん?」
「…………。……私、陥没乳首だから。めっちゃ陥没してるから。はい、おしまい。終了。嫌われた。婚約破棄。はいはい、おしまいおしまい。私の人生これにて終ー了ーでーす。あぁああああああああああああああああああああ!!」
「落ち着け」
舞香は頭を抱えて絶叫していた。うるさい。
「あぁあああああああああああああああああああ!!」
「うるさい。俺の
「あぁあん!?」
「正直な、舞香。俺はめちゃくちゃ拍子抜けしてるぞ。え? は? マジなのか、それは。マジでそんなことで悩んでたのか、お前。マジでそんなことで浮気すると思われてたのか、俺」
「だって! だって……っ! 璃子は、陥没してない……!」
「関係ねーって。そもそも俺、陥没してんのも好きだから。むしろ陥没してる方が好き。うん」
「……ほんと……?」
「ほんとほんと」
ほんとにどうでもいい。どっちでもいい。
「で、でも! それだけじゃないもん! 私は下の毛こんなモッサモサジャングルなのに、璃子は綺麗にうっすら生えそろってるもん! 絶対浮気されるもん!」
「大丈夫大丈夫。俺、陰毛は濃ければ濃いほど好きだから」
「……ほんと……?」
「ほんとほんと」
これはほんと。
「で、でも! それだけじゃないもん! 私の乳輪はこんなサイズなのに……っ、璃子は、璃子は……っ」
「だいじょぶだいじょぶ。俺、乳輪はデカけりゃデカいほど好きだから」
「乳輪は璃子の方が大きいの!!」
「何だこのトラップ……」
「ほら、やっぱそーなんじゃん! 璃子の体のがいーんじゃん! 血さえ繋がってなかったら手ぇ出すんじゃん、やっぱ! 私の乳輪が野球ボールサイズなのに対して、璃子はソフトボールなの!」
え、マジなんなの、この時間。俺けっこう真面目な話してたつもりなんだけど? 俺たちのこの第二の人生を大きく左右するかもしれない場面なんだけど? 何で乳輪サイズの話してんの? もうマジめんどくせーよ、こいつ。
「じゃあいいだろ。硬球なら、俺が一番扱いなれてるサイズだ。ま、柔らかさは軟式テニスボールなんだろうけどな」
「え、ちょ、んん……っ……きゃっ……!」
テーブルを回り込んで69回目の唇を奪い、そしてそのまま抱きしめるように、ソファへとその体を押し倒す。
もうマジめんどくせーので、強引な手段に打って出ることにしたのだ。決して舞香の乳輪サイズを聞いて興奮してしまったわけではなビュビュっ……ダラー……。
「きゅ、久吾……?」
仰向けの舞香も俺を見上げてゴクリと喉を鳴らす。その視線が徐々に下がっていき、俺の股間の辺りで止まってまたゴクリと喉を鳴らす。俺の精液に対する嗅覚が鋭すぎる。
「そんなに言うなら、一回見せてみろよ」
「久吾、だ、だめだよ、私たち、まだ学園生なんだから……そ、そーだ。興奮しちゃったなら、お口までにしよ? 初めてで上手くできるかわかんないけど……」
昨日まで赤ちゃん連呼してた女の言葉とは思えない。もしかしてこいつ乳首だけ隠したまま最後まで致そうとしてたのか。そんでちゃっかりと精液を飲もうとしている。執着が怖い。初めてでもめちゃくちゃ「ずぞぞぞぞぞっ!」って吸ってきそう。
「いいから確認させろって。絶対俺好みの最高に綺麗で可愛い胸に決まってっから。恥ずかしがって隠れちまってる乳首も、俺に会いたがって顔を見せてくれるかもしんねーぜ?」
「久吾……かっこいい……」
「ふっ、当たり前だろ。俺はお前の、夫なんだからな」
そうして俺は70回目を奪い、そのTシャツの裾に手を滑り込ませ、艶めかしい声を漏らしてビクンと震える妻の、スベスベでプニプニなお腹をなぞってビュビュっ……ダラー……プルルルル! また甘出ししてしまった。
ん? プルルルル? そんな射精音ある? いくらゼリー状とはいえ……あ、違うわ。
「電話?」
山田家の固定電話が鳴っていた。
そういえば、あったんだよな。滅多に鳴らないから、その音が何なのか一瞬わからなかった。
「…………」「…………」
目を合わせて固まる俺たち。鳴り続ける着信音。
「……いい、よね? 出なくても」
遠慮がちに問いかけてくる舞香。もはやノリノリだったのか、お前も。乳首さんがコンニチハしてくれるとこ見せたくなっちゃったんだな。
そんな風に思ってくれたのなら、俺もなおさら見たい。こんなとこで中断なんてしたくない。
だが。
「いや、すまん、舞香。こんなタイミングで何だよ、と一瞬思ったが、むしろこんなタイミングで電話があるなんて、もう、そういうことだろ、たぶん」
薄々予感はしながらも、俺はフル勃起したまま電話へと向かい、その液晶パネルに表示された三文字を見て、予想の的中を知る。
ご丁寧に登録までされていたのか。実はこの家の住人ではなかったわけだから、転生してきてから自分自身で入力したってことだよな。うん、そりゃそうか。
だって、電話機への登録名に『グマイ』だなんて入れる奴、俺のケンマイ以外にいるわけないもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます