第39話 もうっ
俺は、久々にブチ切れていた。走っていた。心に決めていた。
「何でちゃんと確認しなかったんだよ! バカかよ俺は! クソ、ぶっ殺すぞマジで!」
浮かれていた。思い上がっていた。自分に都合の良い仮定しか出さず、自分に都合の良い結論だけを信じた。甲子園の魔物が俺たち
「璃子! 舞香! 夜遅くにすまん! 緊急家族会議! ただいま!」
鍵を開け、玄関に飛び入ると同時に叫び。そして気付く。
「……どういうことだ……?」
璃子お気に入りのスポーツサンダルと、舞香普段履きのスニーカーが、ない。
急いでリビングへと走る。誰もいない。二階に駆け上がり、璃子の部屋へ。やはり誰もいない。
と、そこまでやって思いつく。
「普通に電話すればいいだけだな」
が、その必要すらなかった。
スマホに入っていたラインの通知。舞香からのメッセージだ。俺がこの家を出てからすぐには送られてきていたらしい。
曰く、
『今思いついたんだけど百乃木舞香の家行ってみる』
「何でや!?」
思わずなんJ語が出てしまった。この世界にもあるらしい。この世界でも同じようなことをやってきたらしい。ヒエッ……。
『どうせ久吾と同じ屋根の下で夜明かせないんなら、この機会に顔出してみようと思って』
舞香がこんなことを言うのは、この世界で素直な気持ちを伝え合えたから、というより、前世の頃から文面では割と素直な女だからである。可愛い奴め。
しかし、なるほど。百乃木家に、か。確かにいつかは行かなきゃいけない場所だ。舞香の判断は全然間違っていないと思う。こんな夜中に一人で外出した、ということを除いてな。ちゃんと注意しなきゃ……と、思ったが、一人ではなかったらしい。
『何か璃子もついてくるって言ってる。断っても聞かない』
『この女もしかして私の実家で暴れて久吾との婚約ぶっ壊そうとしてない?』
『ま、一人残しとくのもアレだし、いっか』
『両親に婚約者の妹として紹介しとくね』
『あ、まだ婚約報告はしちゃダメだったのか』
「…………」
これは……璃子……お前、何を考えてる?
いや、そうか。何を考えるも何も、そうするしかなかったのか、璃子は。
そもそもあの璃子があんなあっさりと舞香の同居を認めた時点でおかしかったのだ。璃子にとって、実はそっちの方が都合が良かったからこそ、簡単に折れた――というか、しぶしぶ折れるような演技をした、と考えるべきだった。
しかし、舞香が百乃木家に帰った時点で、そんな璃子の思惑も崩れる。隠していたことが俺たちに露呈する。それはもう避けられない。
むしろこの二か月間バレなかったのが上々の結果なのであって、璃子としてはこんな日が来ることくらい、とっくに覚悟していたわけだ。その上で、取るべき行動を、出すべき言葉を準備していたはずだ。
今、璃子は百乃木家にて、舞香に対し、それを見せているのだ。何ならもう、やり終えた頃かもしれない。
と、そんなタイミングで、手の中のスマホがポポンと音を鳴らす。舞香からの新しいメッセージだ。
「…………」
『両親とも良い人だったよー!』
(ちーかわがすき焼き食べてるスタンプ)
『なんかね、璃子もすっかり打ち解けちゃってた!』
『よかったー! 璃子がなんか企んでるのかと思ってたけど全然そんなことなかったよ!』
『だから久吾は何も心配しないでね!』
(ちーかわが踊ってるスタンプ)
「なるほど。こいつめっちゃ嘘ついてるな」
舞香がスタンプを使っているのは機嫌が良いから、ではなく、前世の頃から隠し事を誤魔化そうとする時にスタンプを使いがちだからである。ちーかわはこの世界でも可愛い奴。
舞香も、璃子の秘密に気付いたのだ。やはり、俺の考えは間違いじゃなかった。てかこれだけ条件揃ってて間違ってるわけもない。
「璃子ぉ……妹じゃなかったのかよぉ……」
璃子は、百乃木璃子は、この世界で、俺と血が繋がっていなかった。
百乃木舞香と百乃木璃子が、この世界での実の姉妹だ。
この転生が俺たち兄姉妹の約束を叶えるためのものだったとかいうロマンチックな結論さん、もう全っ然成り立ってないやんけ! 何やったんや、ワイと舞っ香のベンチ裏でのロマンス! これじゃワイ、ただただブルペンに精液ぶちまけただけやんけ!
*
「あ、あれー? 久吾帰ってたんだー。どうしよ、朝ごはん今からでもいーい?」
翌朝の土曜日。
リビングのソファで待っていた俺の姿を目に入れ、舞香は一度ハッとした後、引きつったニコニコ笑顔を浮かべてきた。
「おかえり、マイハニー。今朝も可愛いな。ところで璃子はどうした」
「もうっ、やめてよ朝っぱらから。……ダーリンも、かっこいいよ。世界で一番。って、言わせんなってば! ほんっと、久吾は……ちゃっちゃと作っちゃうから、グルタミンだけでも飲んどきなよ、もうっ」
火照った頬をパタパタと手で仰ぐマイハニー。今日もその小さな顔と艶めくブロンドが世界一綺麗だ。
「ありがとな、いつも。ゆっくりでいいぞ。ていうか、ゆっくりしようぜ、たまには。練習なんて遅刻でいい。ところで璃子はどうした」
「もうっ、キャプテンなんだからそんなわけにいかないでしょ。もうっ」
「もうっ、で何もかも誤魔化せると思うなよ。璃子はどうした」
舞香は洗っていた手をピタっと止め、そして後ろに立つ俺を振り向きもせず、
「うちから直接部活行くってさ。もうっ」
「百乃木家から?」
「うん。もうっ。あ、『産もう』みたいになっちゃった。きゃっ。久吾のえっち。もうっ」
「なぜこの家の子であるはずの璃子が、百乃木家から?」
「あの子ったら、すっかり百乃木家の子みたいになっちゃってさ。何だかすっかり私の義妹みたいで。やっとあの子も私たちの結婚、認めてくれたって思っちゃっていいのかな……? もうっ」
「璃子の制服とジャージはこの家にあるみたいだが」
「……ふーん……。……あ、私の、百乃木舞香の予備の制服とジャージが百乃木家にあったからそれ貸した。もうっ」
「ウエストが入らねーだろ」
「もうっっっ!!」
回し蹴りが飛んできた。ちゃんと俺に当たる寸前で威力弱めてくれた。さすが舞香。お腹プニプニなくせに動きがアスリートだ。
それはそれとして、やっとこちらを向いてくれた。ようやく正面から問い詰められる。本当はお腹をつかんでプニプニしたかったがさすがに殺されそうなので両肩をつかみ、
「正直に話せ、舞香。何があったんだ。璃子が俺たちに隠してたことが、何かあったんだよな?」
「…………璃子もけっこうお腹にお肉ある」
「そうか。有益な情報提供、感謝する。他には? 他にもあるだろ? ヒントは苗字。百乃木」
「……桃? お尻? まぁ、お尻もやっぱ璃子より私のが大きいけど……うん、だから私のが久吾の溢れ出る性欲ちゃんと受け止めきれるってゆーか? 璃子の弱々しい体じゃ持たないんじゃないかなーみたいな? って、璃子はあんたの実の妹なんだからそんな心配する必要全くないんだけどねー! あははっ! キモいなー、もうっ」
「百乃木璃子はお前の実妹だろーが! この世界に転生してからずっと俺の実妹のフリしてた璃子だけど、本当は俺と血の繋がりなんてない、百乃木舞香の妹キャラだったんだろーが!」
「バレてんのかよ! もうっ!」
膝から崩れ落ちる舞香。悲しい目で見下ろすことしかできない俺。
確定してしまったか……。
再度、突き付けられる。
やはり当初の設定通り、山田久吾に妹なんてものはずっと存在していなかった。
『実況!パワフル甲子園』のエロ要員キャラである百乃木舞香の妹として、次回作に登場するサブヒロインこそが、璃子――百乃木璃子だったのだ。
ちくしょう、無駄な設定ぶち込みやがって、クソシナリオライターがよぉ! そういうさり気ない過去作との繋がりでユーザーにささやかなワクワク提供してんじゃねーよ! もうっ!
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