第33話 厚みと確実性は関係ない

「いいですか、兄さん! 舞香ちゃんも!」


 璃子はもはや立ち上がり、顔を真っ赤にして吠えていた。激怒していた。こんな璃子の姿は見たことがない。


「婚約!? 結婚!? あーはいはいはい! わかりました、いいですよ! どうせ時間の問題だと思っていましたよ! 仕方ないから認めて差し上げます! 祝いはしませんけどね!!」


「璃子!? 本当か、璃子!」


 思わず、舞香とも顔を見合わせてしまう。目を見開き、ポカンとしている妻。こいつにとっても全く予想外な展開だったようだ。


 まさか、璃子がこんなにもあっさり認めてくれるなんて……!


「何ですか、二人ともその顔は! まさかこのわたしが、この年にもなって本気で兄さんと結ばれようとしていただなんて、思っていたんですか!? わたしがそんなクレイジー愚妹だとでも!?」


「思ってた。クレイジー泥棒猫だと」


「舞香ちゃんだけには言われたくないです!」


 ホントそれ。


「わたしはこの宇宙で一番兄さんのことを愛していますが、男女の関係になろうだなんて思っていません! わたしは兄さんにとっての宇宙一の存在でいられれば、それでいいんです! それが!! いいんです!! わたしが! 兄さんの! 一番!! なんです! はい、ここ重要です! わかっていますか、兄さん!!」


「はい。わかっています。それだけは間違いなく」


「本当ですね!? 言質げんち取りましたからね!? 嘘だったら、絶対許しませんからね!!」


 絶対許さないらしい。まぁ絶対嘘じゃないんで問題ないが。

 昔から、そしてこれからもずっと、璃子は舞香と並んで、俺にとっての一番だ。


「じゃあいいですよ! 結婚なんて誰とでもすればいいじゃないですか! 夫婦なんて、しょせん赤の他人ですからね! そんな繋がり、わたしからすれば、無いのと同じようなものです! 絆とも呼べません! ただの書類上の関係です! 家族じゃない!」


「そ、そっか」


 だいぶ極端な思想だが、まぁ結婚を認めてくれるというのであれば、ひとまず良いだろう。下手につついて藪蛇やぶへびにはしたくない。この妹怖い。怖かわいい。


「とにかく良かった……ありがとな、璃子」


「そだね、うん。私からも、あんがとね、璃子」

 舞香も素直に頭を下げている。素直かわいい。

「じゃ、今晩から私も久吾の部屋で寝るってことでいいよね?」

 抜け目ないかわいい。


「…………調子に、乗るなよ、愚嫁……」


 妹がまた何か怖いこと言ってる。怖い単語生み出してる。


「言っているでしょう! わたしが認めるのは、結婚だけです!! エッチなことなんて! 絶対に! 許しません!!」


「「ええー……」」


「ええー……って何ですか!? ほら、やっぱりそうじゃないですか! 愛だとか結婚だとか言って、結局二人ともエッチなことがしたいだけなんじゃないですか! ただの肉欲じゃないですか! もう気づいているんです、璃子は! それが、その汚らわしい肉欲が! この二文字に! 『極厚』に! 表れていると!!」


 璃子のモチモチお手手が、今度は箱の上に叩きつけられる。極厚という二文字がグシャっと潰れてしまった。でも大丈夫。中身はノーダーメージ。だってゴム製だし。しかも極厚だし。


「ねぇ、久吾。さっきから何言ってんの、あんたの妹さん。この小姑こじゅうと。私、この人と上手くやってける気がしないんだけど」


「赤の他人は黙っててください。だからですね、兄さん。愚妹は初めから聞いているじゃないですか。これは一体、何なのか、と」


 璃子がまた、潰れた箱にバンバンと手のひらを叩きつける。大丈夫。モチモチだから。極厚だから。


「はあ。いや、だからコンドームです……舞香とのそういう時のために備えた……」


「コンドームくらい知っています! 璃子は性教育を正しく受けてきた愚妹です!」


「じゃ、じゃあわかるだろ? コンドームは決して忌避きひされるようなものなんかじゃなく、ましてや所持しているだけでこんな問い詰められるようなものでは……」


 一瞬、黒髪ポニーテールの気の強そうな生徒会長の顔が頭に浮かびそうになったが、すぐに忘れた。うん、コンドームは舞香とのこれからのために必要なものなんだ! まぁ、これ自体はホントのところ、甘出し汁回収用として使うんだけど。


「そんなことは聞いていません! コンドームは絶対に持っていてください! わたしは! 極厚である必要性を問うているんです!」


「え? え?」


「だから! なぜ! 極めて厚い必要が! あるんですか!」


「え? え? え? それ聞く? 聞いちゃう?」


「璃子は感じています! ものすごくいやらしい匂いを感じています! 極厚だなんて……ものすごく変態な理由を感じてしまいます!」


「り、璃子、お前、何を言って……」


「コンドームという避妊具の役割は、膣への精子の流入を防ぐことです! そのためにゴム製なんです! ゴムであれば! ラテックスであれば! それだけで目的は達成されます! 厚みは関係ないはずです! 破れないだけの強度があれば! 極めて厚い必要も! 商品としてそれを強調する必要も! 全く存在し得ません!」


「うっ、ううぅっ……」


 もうやめてくれ。ちいかわになっちゃう。何もされなくても俺のはちいかわなのに。


「つまり! そこに厚みを求めるのは、避妊以外の目的があるとしか考えられないわけです! 璃子は論理的な愚妹なんです!」


 ものすごく論理的な賢妹だ。


「ちょっと待ちなよ、璃子。それの一体、何が悪いってゆーの。お子様の璃子は知らないんだろーけど、エッチってゆーのにはね、恋人同士の間でいろんな目的があるものなの。ま、私は極厚なんていらないって言ってんだけどね。舌触り良くないし」


 もはや猟奇的りょうきてきな賢妻だ。


「ほら来ました! よくわかりませんが、やっぱり避妊以外の何かがある! いいですか、兄さん。わたしが言いたいのはですね! 避妊具に避妊以外の機能を求めた場合、避妊の機能を犠牲にする可能性があるのではないですか! ということなんです!」


 いったい俺はさっきからずっと、何を詰められているのだろう。


「聞いてくれ、璃子……」


「何ですか、変態兄さん!」


「俺はな、早漏そうろうなんだ」


「何ですか、そうろうって」


「早いんだ、射精してしまうのが」


「言っている意味がよくわかりません」


 もう殺してくれ。


「例えばな、普通の厚みのコンドームを装着して、女性の膣にペニスを挿入した場合、その刺激に耐えられる時間が非常に短い。だからすぐに射精してしまう。そうなると、女性を満足させることができないわけだ」


「璃子、『女性』の部分は『舞香』に置き換えて聞いてくれていいからね。私は別に早くても久吾なら満足できるけど。私も早いし」


「兄さんはなぜこんな人のことが好きなんですか?」


「こんなところも含めて好きなんだ。そんで、いくら舞香が満足できると言ってくれたとしても、男はそれを真に受けたりできない生き物なんだ。少しでも長く持たせたい……それが、男のプライドなんだ……。コンドームが極厚であれば、それが鎧となって、刺激を和らげてくれるだろう?」


「うーん、でも、マウンド上でもトレーニングルームでもあんなにタフな兄さんが、刺激に弱いだなんて……耐えられないだなんて……論理的な愚妹には、やはり信じられません」


「それはな、璃子。俺の亀頭が、普段、皮を被っているからなんだ」


「それは存じ上げておりますが」


「なぜ存じ上げておるのか」


「でも、ほら、やっぱりおかしいじゃないですか! 皮を被っているというのであれば、それこそコンドームに厚みなんて必要ないはずです! 皮が守ってくれるではありませんか!」


「普段守ってもらってばかりいるから、いざという時に弱いんだよ!」


「「…………っ!?」」


 俺の魂の叫びに、なぜかハッとしたような顔を見せるダブル妹。名言じゃねーよ。ただの仮性包茎の特徴説明だよ。


「……そう、だったんですね……そんな、理由が……」


 ただの仮性包茎の特徴説明に、なぜか神妙な面持ちで頷く璃子。やっと納得してくれたようだ。ただの仮性包茎の特徴説明によって。


「だからな、避妊の機能を犠牲にするだなんてことは、ないんだ。避妊の確実性は、厚い薄いよりも、均一性だとか素材だとか品質管理だとか、そもそも利用者の装着方法に大きく影響されるんだ。その点、オカモトは信頼できるし、そのために俺は消えた九個でしっかり練習していたわけだ。だからそこは、心配しなくていい」


「極厚さ、あ、兄さん……」


「そもそも私はいらないけど、コンドームとか。もう心も体も準備できちゃってる」


「極厚さん! ほら、極厚兄さんがしっかりしてても、この女がこれなんです! 結局のところ、わたしが言いたいのはこれなんです!」


 じゃあ初めからそう言ってくれ。俺はいったい何のためにこんな仕打ちを受けてきたんだ。


「兄さん、舞香ちゃん。これだけははっきりと言わせていただきます。将来的な結婚は認めて差し上げますが、この条件だけは何があっても守ってください」


 璃子はキリっとした顔で俺たちを睨みつけ、


「エッチなことは禁止です!!」

「嫌だ!!」

「舞香!!」


 舞香、それは違うぞ、舞香! ここは条件反射的にガチ切れしてつかみかかる場面じゃないぞ!



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予想してたよりたくさんの方に読んでもらえているので、読みやすくなるよう過去エピ含め、ルビ増やしてみようと思います^^ でも愚嫁には振りません。なぜなら僕も読み方知らないからです^^

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