第30話 ゲームセット
「ま、一瞬で終わりにしてやるけどな」
セットポジションに入り、俺は三塁ランナーを睨みつけながら投球モーションに移る。
やることは変わらない。何ら変わらない。
インハイに、渾身の剛速球をぶち込む。
ヒッティングだろうがスクイズだろうが関係ねぇ。コントロールは大雑把でいい。どっちにしろ、まともに飛ばさせてやる気なんてねぇ。
「走った!!」
と、内野陣に言われるまでもなく気付いてる。俺の投球動作の途中で、三塁ランナーがスタートを切った。
はいはい、結局そう来るんじゃねーか。予想通り予想通り。
スクイズだ。
待ってたぜ、それをよぉ!
「おらぁッ――!!」
今日、127球目になる投球――それは、今までの野球人生で、間違いなく最高の腕の振りとなった。最高のストレートだった。測ってるわけじゃないが、感覚的に確信できる。
150、超えた。
そしてそんな白球は、バッターが小賢しく寝かせたバットに――当たる。
当たんのかよ!!
さすがは強豪、どれだけ速かろうが、バントで当てることくらいは確実にできる。
ただし、当てるだけだ。
「久吾!!」
舞香の声。たぶん佐倉宮やら監督やら野茂やら与儀やら金子やらその他もろもろも叫んでるんだろうが聞こえない。舞香の声しか頭に入らない。俺の世界にあるのは、舞香と野球だけ。
浮き上がるようなインハイに押し負けたバットは、転がさなければいけないボールを、こつんと小さく浮き上がらせてしまい。
マウンドと三塁線のちょうど中間辺りに上がった小フライが――
「――――」
気付いた時には、うつ伏せで伸ばした俺のグラブの先っちょに、ギリギリで収まっていた。
ダイビングキャッチだった。反射的に、飛び込んでいた。
「もらいます!」
球審が打者のアウトをコールするが早いか、野茂が俺の体を飛び越えながら、左手で俺のグラブから白球をかすめ取り、宙に浮いたままスナップスロー。送球は真っすぐと、サードベース上で構えていた加藤のグラブに吸い込まれ――
「アウッ!!」
三塁塁審、今日初めての見せ場。長打とエラーと三振ばかりの馬鹿試合において、最後の最後で渾身のコール。必死で三塁に帰塁しようとしたランナーの右手が、加藤のキャッチに、コンマ数秒後れを取っていた。
アウッ!!――翻訳すると、アウト。
フライを捕られたバッターでまず一つ目のアウト。フライを捕られてしまったにもかかわらず、塁に戻り切れなかった三塁走者で二つ目のアウト。一死満塁から成立したダブルプレー。
九回裏、合計で三つ目のアウト。この試合を通じて27個目のアウトを、祢寅学園守備陣が取った瞬間であった。
つまり。つまりは。
「……勝った……」
という、俺の呟きとほぼ同時。
「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
グラウンドで、ベンチで、雄叫びが上がる。俺を目掛けて全速力で集まってくる、祢寅学園野球部。
おいおいおい、何だそれ。泣いてる奴までいるじゃねーか。練習試合だぞ? 甲子園決めたみたいな顔しやがって。
ま、お前らだって、頑張ったもんな。
「よくやった、この勝利はお前らのおかげで――」
「すげー、何だよ野茂、さっきの動き!」「曲芸かよお前!」「牛若丸だ、牛若丸!」
「お前らの…………」
「そういや勝利打点上げたのも野茂の二塁打だもんな!」「一年で攻守に活躍しすぎだろお前!」「大谷田翔也だろもうお前! 可愛い彼女もいるし!」
「こいつら……!」
横たわる俺を通り過ぎ、野茂を囲う下手くそ共。野茂は照れたように頭を掻き、「いやぁ、まぐれっすよ、まぐれ。彼女? って、誰のことですか? 大谷田?」とか何とか言っている。
このクソ鈍感主人公がよぉ……! 寝取られてろ、テメェみたいな奴は!!
まぁ、ラストプレーが凄かったのだけは認めてやるが。まず足が速すぎるし、身のこなしもおかしい。
こいつ、あんなに上手かったのか。明らかに練習で見せてた以上の動きだったじゃねーか。
「久吾!!」
うつ伏せのまま放心する俺に駆け寄ってきてくれる、ただ一人の人物。舞香ぁ……!!
「いや舞香。グラウンド入ってきちゃダメだろ」
「言ってる場合じゃないっしょ! ケガは!?」
「何ともねーよ、こんなダイビングくらいで」
ホント心配性な奴。そういや前世でも試合中に俺に駆け寄ってきちゃって注意されてたことあったっけ。何だこいつ可愛すぎだろ。
立ち上がって無傷なことを示し、そして不安げな恋人の頭にポンと手を置く。
「勝ったぞ、舞香。どうだ、かっこよかっただろ?」
「うん。好き」
ふざけんな、急に素直になんなや。反則だぞ、それ、もっと好きになっちゃうだろ。好き。
「……ご褒美は、帰ってから、ね? また出ちゃうとアレだから」
「ああ、アレだな……」
もはや人を殺せるレベルの上目遣いを舞香が見せてきたので、俺は逃げるようにホームプレート前に向かう。整列して最後の挨拶だ。このままだと目だけで射精させられてしまビュビュっ……ダラー……甘出ししてしまった。甘出しだけでも30ミリリットルだから普通にスラパンの中が大変なことになってしまった。舞香が何か獲物見つけたライオンみたいな目でガバっとこちらを振り返ってきた。こいつ俺の射精の気配に対して敏感すぎるだろ。もはや超能力だろ、それ。
「…………」
チームメイトらに整列を促す途中で、ベンチの佐倉宮と目が合う。口を押さえて涙ぐみながら、うんうんと頷いていた。何か感動してくれたらしい。
とりあえずこれで、こいつとの約束は果たせた。本当の意味で信頼を得ることもできただろう。
紛れもなく、大きな一歩だ。この勝利で俺たちは、また甲子園に近づいた。
このまま突き進めば、俺は甲子園に行ける。
璃子との約束を果たせるんだ!
……って、そういえば試合中はあまり璃子のこと考えてなかったな。
こんなの、いつぶりだろう。あの日から二年間、ずっと璃子のことだけで頭が一杯だったっつーのに。いつの間にか璃子の声援も耳に入らなくなっちまってたくらいだ。
それだけ試合に集中してたんだな……集中、してた、よな? 試合、に……? まぁ、そういうことにしておこう。うん、それでいい。
だって今日は、璃子に、世界一大切な妹に! 世界一かっこいい俺を、見せられたはずだから!
「璃子、俺、やったぞ……――――」
思わず、呼吸が止まる。
ベンチ横、防球ネット越しで、愛しの兄を熱狂的に称えていたはずの璃子。両手に『兄さん』『唯一無二』と書かれたうちわを掲げた美少女。
その大きな瞳が――氷のように冷たく、ジッと俺を見据えていて。
鳥肌と共に、思い出す。
15年前、甲子園から帰ってきたときに向けられた、幼き妹のあの両目。
2年前、妹の容体が急変する前日、病室からの去り際、ふと振り返って見てしまった、俺たちを見つめるあの双眸。
俺が記憶を抹消してしまったのは、どちらもその後、ショッキングな出来事があったから、なのだろうか。それとも、その瞳自体に、俺が耐えられなかったからなのだろうか。
わからない。何もわからなくなるほど、ただただその瞳に、射すくめられた。射抜かれてしまった。
あの日も、あの時も、そして今も。
世界一大切な、俺の妹の中に渦巻いているものは、たぶん――
――――――――――――――――――――
第三章完だ! 次回からなんと第四章だ!
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