第22話 やっと野球する
相手のエースである長身右腕の投球練習が終わり、俺もいつものルーティーンで左打席に入る。
「山田久吾さん、でしたっけ。動画見ましたよ。すごいっすね」
下方から聞こえてくるダミ声。こいつ、話しかけてくるタイプのキャッチャーかよ。嫌い。
「…………」
「おかげで甲子園に向けた、良い打撃練習ができそうですよ。怪我されちゃ困るんで、近くには投げさせません。全部アウトコースです。あなたが投げないんだったら、こんな弱小と試合する意味なくなってしまいますしね」
「…………」
球審のプレイコールがかかる。
セットポジションからゆったり脚を上げた投手が、柔らかくしなやかなフォームで斜め上方から腕を振る。解き放たれたボールは、俺の膝元、インコース低めギリギリに向かって、真っすぐと対角線を描いていき――
「なるほど、こりゃ、いいバッピだわ」
――ピッチャーがリリースしたボールがキャッチャーミットに収まるまでにかかる時間は、トップ選手のストレートであれば、0.5秒を優に切る。
だから、その間にダラダラ長い思考を演じてみたり、ましてや相手バッテリーに向けてセリフを発してみたりなんて芸当は漫画の中だけでしか再現できない。実際の野球でそんなことしている暇など全くない。
つまりは、要するに。
俺がこんなことをダラダラと考えたり、ちょっとムカついたのでホラ吹きキャッチャーに嫌味を吐いているこの瞬間には、ボールはとっくに大きな弧を描き、ライトポールに直撃しているということであって。
「110メートルってとこか」
「兄さーーーーーん!!!! ホームラン!! 先頭打者初球ホームラン!! いつでもカッコいい兄さんですが、ホームランを打ってる兄さんが璃子は一番大好きです!!」
ぴょんぴょんパチパチばたばたモチモチと、はしゃぎ回る璃子。静まり返る守備陣と相手ベンチ。まるで甲子園出場を決めたかのように沸き立つ祢寅学園ベンチ。
それらを澄まし顔で受け流しながら、俺は悠々とダイヤモンドを回り、ゆっくりとホームベースを踏む。
はい、これで一点。さっそく先制。野球なんていうのは単純なゲーム。ボールを遠くまで飛ばせばいいだけなんよ。
ホームインついでに俺はキャッチャーマスクを拾い、唖然として立ち尽くすキャッチャー君に手渡してやる。
「ほらよ」
「…………っ、あ、すみま、」
「古島元也さん、だっけ。あー、すまんが、打撃練習はできないと思うぞ。今日あんたらがすんのは素振りと……あ、あと振り逃げの練習だな。怪我させちゃ困るから、準備運動だけ忘れないように」
「――――」
君たち、恵まれた身長と恵まれた施設は持ってるようだけど、どうせ射精量は大したことないだろうからね。だって、こんな広くて高くて強くてオシャレで全国的に有名なスポーツ私立学園なんて、NTRゲームの舞台にはなり得ないからね。君たちは、竿役にもなれないモブ中のモブ中のモブだからね。
あいつらだってこの一か月、死ぬ気でバーベル挙げまくってきてんだよ。
「竿役軍団舐めんなや、高校球児ごときがよ」
あ、学園か。いや、高校でいいな、こんなザコちんぽ共は。
「ナイスバッティングっす、キャプテン!」
キラキラとした目で見つめてくる二番打者の野茂とハイタッチし、ベンチに戻る――前に、そうだった。言っておかねーと。
俺は野茂の耳元でこそっと呟く。
「すまん。初球打ちとかしておいて悪いが、お前はちょっと時間稼いでくれ。まだ肩出来てねーんだわ、俺」
こくりと頷く野茂。
ベンチで俺を出迎える面々を軽くいなして、俺はベンチ裏のブルペンへと向かう。
「あ、肩作りますか、キャプテン」
立ち上がる控え捕手の城山を、しかし俺は手で制す。
「いい、いい。もう出来てる。あと俺は攻撃中にキャッチボールとかも一切しねーから。そんなことよりベンチ裏で一人、精神集中しておきたいタイプなんだ。みんなも、俺が裏に下がっているときは決して邪魔をしないよう、心に留めておいてくれ」
そう言い残し、俺は一人、ブルペンへと向かう。
「…………ふぅ…………」
狭く閉ざされた空間。表側のベンチと壁一枚を隔てて、ピッチャーマウンドと、そこから18.44m離れた距離にホームベース。あるのはそれだけ。
そんな閉鎖空間で、俺は壁に持たれかかるように立ち、
「かっこつけすぎっしょ、あんた」
隣に立つ元妹・現恋人に、ジト目で見上げられるのであった。
俺はジャージ姿の舞香の頭にポンと手を置き、
「でも、かっこよかっただろ?」
「いつも通りの久吾。それだけ」
一番の褒め言葉じゃねーか、それ。
だってこいつ、俺のこと宇宙一かっこいいと思ってるような女だし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます