第21話 被ってる
数日後。
俺たち祢寅学園野球部は、春季県大会の一回戦で敗退した。当然のごとくボロ負けだった。
まぁ、勝つ気なかったしな。
俺も野茂も登板せず、三・四番手に投げさせた。前日にも俺たちはハードなウエイトトレーニングをしており、いくら回復速度が異常といっても、万全の状態ではなかった。
春は、捨てていたのだ。
だって甲子園に繋がってないし。俺たちの戦法の大前提となる肉体もまだまだ出来ていないし。
そして何より、俺という存在の情報も、夏本番まで隠しておきたかった。
とりあえず、野茂がセカンドを無難にこなせると確認できただけでも、大きな収穫だったと言えるだろう。
それからの一か月は、やはり怒涛の日々だった。
さっそく筋トレの効果が出てきた。
通常であれば、ひと月やそこらで大きな変化が出るほど、体作りは甘くない。が、俺たちは通常ではない。とてつもないテストステロン分泌量を持っている。そして単純に若い。
筋肉はみるみる大きくなってきているし、それに伴い、もちろん筋力も著しく向上している。
持ち上げられるバーベルの重量だけではなく、球速・打球速度・飛距離、全てが飛躍的に伸びている。
当然、俺もその例には漏れない。
既にある程度体が出来上がっている俺は、奴らほどの急速な進化なんて不可能なはずだ。が、今の俺はむしろ、奴ら以上のテストステロン値を誇る怪物。たった一か月で、前世の野球部時代では停滞気味であった筋肥大が、爆速で進んでしまっている。
最高球速も150キロに迫る勢いだ。
そして俺が新たに身につけなきゃいけない武器は筋肉だけではない。
この一か月間、帰宅後の俺は、甘出しの特訓に取り組んでいた。
特に他意はないが、毎晩恒例、舞香とのベッド会議終了後にベッドで行うこととした。特に他意はないが。
結果として、俺はついに自分の射精を小出しするテクニックを手に入れた! スクワットで鍛え上げた筋肉も役立っているのかもしれない。
とはいえ、さすがに自由自在というわけにはいかない。全然いかない。50ミリリットルだとか調整するなんてことできるわけがない。そんなに出そうとすれば、その勢いのまま最後までビュルルルルッ!してしまうことになる。
正確に言えば、止める能力を手に入れたというより、「ここでなら止められる」というタイミングをピンポイントで発見したという感じなのだ。
具体的に言うと、ビュビュっ……の当たりだ。そこで力を入れればダラーっと垂れるだけで堰き止められる。
一見、不十分な能力のように思えるが、これで充分。ビュビュっ……ダラー……で出ている量は、毎回30ミリリットル程度。1イニングで使う滑り止めの量としては多すぎるくらいだ。(そんで、そもそも甘出しの30ミリリットルだけでも前世での本射精の五、六倍は超えてる。)
1イニング当たり30ミリリットルであれば、九回まで投げ切ったとしても270ミリリットル。たとえ延長戦に入ったとしてもまだまだ余裕がある。一度も本射精し切ることなく完投できる。
体力消耗や活力低下といったデメリットなしで、最強の粘着物質を使用可能というわけだ。
実際に甘出し汁を手に塗ってボールを握ってみた感覚も素晴らしかった。ボールが手に吸い付き、張り付くような感覚。ていうか実際張り付いてた。手とボールの一体感が半端なかった。
これらの成果についてはもちろんパートナーの舞香にも逐一報告しているが、いつも俺の甘出し特訓は舞香に覗かれているので、特に必要のない報告だった。ドアの隙間からこっそり覗く舞香を発見した璃子と、俺の部屋の前でよく喧嘩になっていた。妹二人が俺のことで喧嘩している声を聞きながら甘出し特訓をする日々だった。
佐倉宮と野茂の関係も問題なしのようだ。
元々二人は、間男さえいなければ、ラブコメ漫画の幼なじみカップルのような関係なわけだしな。俺が手を出しさえしなければ、自然とそのうち結ばれるはずなのだ。
まぁ、問題なしと言っても、結局「なかなか一歩が踏み出せない」関係からは抜け出せていないようだが。
佐倉宮の方は奥手で、野茂の方は鈍感という、やはりラブコメ丸出しの属性付きだからな。めちゃくちゃ寝取られそう。
特に野茂に関しては、俺の発破が効きすぎてしまったのか、本来以上に野球に夢中といった感じで、とても恋愛関係を進めていくような雰囲気でもない。
まぁ、俺としては佐倉宮のNTR堕ちによって、この世界が野球ゲームじゃないと璃子に勘付かるという展開さえ避けられればどうでもいい……とはいえ、さすがに現山田久吾として、前山田久吾の行いについて罪悪感も少しはある。
ちょっとくらい奴らの背中を押してやるくらい、してやってもいいのかもしれないな。
佐倉宮との約束である、強豪校との練習試合についても何とか組むことができた。指導者歴だけは長い監督の伝手+俺の投球動画のおかげで了承してもらえた。マックス150キロレベルの投手との対戦というのは、強豪だからこそ、食いつかざるを得ない餌となる。
相手は隣県、福島県一の強豪だ。甲子園の超常連学園で、今年の戦力も例年通り。この栃木県内の優勝候補と比較しても遜色はない。
つまり、ここに勝てれば、甲子園出場に足る実力が俺たちにあることの証明となる。佐倉宮を納得させるにも充分だろう。
*
そして迎えた練習試合当日。ゴールデンウィーク最終日、快晴の真っ昼間。
二時間のバス移動の末、俺たち祢寅学園野球部が着いた相手校のグラウンドは、端的に言って凄まじかった。
日本一の設備を持つという噂は嘘ではなかったようで、全面人工芝の野球場は、春季大会で使った県営球場並みのキレイさだ。ベンチ裏にブルペンがあるというのも本格的で、常に公式戦を意識した練習ができるよう設計されていることがわかる。
俺がこの大事な試合をここでやりたかったのも、それが理由だった。
「いいか、お前ら」
試合開始直前、三塁側ベンチ前で円陣を組む部員たちの中心に立ち、俺は語る。
「練習試合だと思って緩むな。格上相手だと思って怯むな。これは、俺たちが本当に甲子園に行けるかどうかの試金石だ。夏の予選決勝だと思って戦いに挑め。実際、それだけの環境が整っているわけだしな」
真剣に耳を傾けている様子の部員たち。そして記録員としてベンチに入っているマネージャー、佐倉宮琴那。
俺の本気が最も伝わっているのは彼女だろう。
約束通りこの試合に勝利することが、彼女から真の信頼を勝ち取る条件だ。
それはある意味、このNTRゲームの世界から、『山田久吾』という間男キャラの存在を、本当の意味で抹消できるということになるのではないか。この世界が野球ゲームだと信じ込んでいる妹に、実はNTRゲームだとバレる心配が、ようやく無くなることを意味するんじゃないだろうか。
だからこそ、俺が今一番こいつらに伝えたいことは、
「絶対勝つぞ、お前ら!」
俺の宣言に、部員たちが揃って雄叫びを上げる。
良い表情だ。自信に満ち溢れてやがる。前世で裏切っちまったあいつらの顔を思い出して、込み上げくるものがある。
斉藤、真中、大林、宮下……ホントごめんな、みんな……俺、お前らのこと、NTR抜きゲーのモブ竿役共に重ねてるわ。
二年間半、何か熱い感じで友情とか育んでたつもりになってたけど、よくよく考えたら俺、野球のチームメイトなんて璃子との約束を果たすための駒としてしか見てなかったわ。現実世界だろうとNTRゲーだろうと、それは何一つ変わらないんだわ。
何度生まれ変わろうと、俺にとって大事な存在はただ一人。
「兄さーん! 今日もカッコいいです、兄さん!」
璃子……!
ベンチ横、防球ネット越しに、愛しの妹が声援を送ってくれている。ジャージ姿で、いつもの応援うちわを両手に、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。可愛すぎる。大事すぎる。抱きしめたすぎる。
ちなみにもう一人の女子マネについてだが、今は俺の目に映る場所にはいない。
たぶんベンチ裏とかでせっせと働いている。
ウォータージャグの補給をしたり、近くで買ってきたアイシング用の氷をクーラーボックスに準備しておいたりと、やらなきゃいけないことはたくさんあるのだ。マネージャーには頭が上がらない。
まぁ本来のあいつであれば、もっと手際よく、余裕を持ってこれくらいの仕事は捌いてしまいそうではあるのだが。なぜか今日のあいつは、朝から妙に俺と顔を合わせることを避けているような気がする。
俺の栄養補給などに関してはきっちりこなしながら、目だけは合わせてこない。常にうっすらと頬が染まっていたような気がする。
何なんだ、一体。こんな大事なときに……。とか言いながら本当のところ、何となくその理由は察しているのだが、うん。まぁ、今はそこは考えないでおこう。てかそんな暇ない。
だって。
「じゃ、さっそく一発かましてくるわ」
だってもう試合始まるし。俺、先頭打者だし。
一番ピッチャー俺。前世の頃から俺の定位置。一番かっけー。一番璃子にカッコいいとこ見せつけられる。いきなり俺が打って点取って、後は俺が投げて抑える。リトル時代から俺が一番目立って一番かっこよかった。ずっと世界一かっこいい兄さん――
――だった、はずなのに。
「……だから嫌いなんだよな、大谷……」
あいつ、俺と被ってんだよ。
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