第19話 【有料級】作者が中学の頃から温めてきた至高のアイディアをついに大公開……!【前編】

 今夜もまた俺と舞香は、璃子の長風呂中を見計らって、俺のベッドに座っていた。秘密の定例会議の始まりである。


「久吾さ、私、見てて辛かったよ。想定以上にド下手じゃん、あいつらの守備……」


「まぁ、あんなもんだろ」


 今日の練習では、筋トレ前に部内紅白戦を行った。新入部員含めた、祢寅学園野球部の現在の実力を測るためである。


 紅チーム白チームそれぞれの先発投手は俺と野茂誠。


 野茂の球速はマックス130キロに満たない程度だが、コントロールがよく、チェンジアップもよく操れていた。左投げということ自体が高校野球レベルでは大きな武器になるし、体を鍛えれば、かなり計算の立つ二番手投手に育ってくれるだろう。


 一方の俺はというと、前世での二年前、つまり高三の夏時点レベルの投球ができた。

 まぁ、体の感覚的にも自信はあったのだが、実際に再現できたのには安心したし、少し泣きそうになった。舞香は泣いてた。何か汗拭くフリとかして誤魔化してたけどバレバレだった。璃子は「さすが兄さんです!」みたいな顔して応援うちわを両手で振っていた。『兄さん』『一番』と書いてあった。俺に不利な判定がされる度に、球審の置き物お爺さん監督に野次を飛ばしていた。紅白戦でマネージャーがすることではない。可愛いからいいけど。


 最速140キロを優に超えるストレートに、ストライクゾーンから枠外へと落ちていくチェンジアップ。それを全く同じ腕の振りで繰り出していく。


 先日まで大した投手でなかったはずの山田久吾の覚醒に、二・三年や監督は驚愕していた。実は冬からやり込んでいた筋トレの成果を初めて披露したと言い訳しておいた。実際はそれだけでこんな劇的に変わるわけもないのだが、奴らの筋トレモチベーションを上げることにもなったし、一石二鳥だろう。


 他の部員たちに関して言うと、とりあえずバッティングだけは悪くなかった。

 ていうかフォームがみんな個性的でありながら、めちゃくちゃ綺麗だ。

 これは仮説だが、おそらくこの世界、つまり『実況!パワフル甲子園』を作ったイラストレーターたちが、実在のプロ野球選手のバッティングフォームを参考にした結果なんじゃないだろうか。

 まぁスイングスピードは、弱小校という設定を反映してか大したことはなかったが、それはこいつらのチート筋トレで一気に改善されるはずだ。


 要するに、攻撃面は夏までにある程度のレベルまで持っていけるはずだ。

 走塁に関してはまぁ、どうでもいい。高校野球マニアはハイレベルな走塁技術を称賛しがちなところがあるが、野球というゲーム全体を見れば、走塁が勝利確率に占める要素は微々たるもの。長打打ちまくった方が早い。ホームラン打てば足とか関係ない。そりゃ走れるに越したことはないが、限られた時間の中でそこに労力を費やすのはコスパが極めて悪い。


 筋肉で威嚇して警戒させて四球出させてランナー貯めて筋肉で長打打つ――俺たちの点の取り方はそれだけだ。


「特に内野が酷いよね。狙ってゴロ打たせても、送球ミスで実質長打みたいな結果を連発することになるよ、あれじゃ」


「それもまぁ、仕方ない。俺、っていうか山田久吾のせいみたいなもんだろ。不良が支配してた野球部が守備練なんてまともにやってるわけがねーんだから」


 だから、前に飛ばさせた俺が悪い。ピッチャーが悪い。エラーなんて仕方ない。下手なもんは下手。夏までに改善できる守備力なんてたかが知れてる。


「私思うんだけど、野茂君にファーストやらせたら? 投げないときには。いや……ってか最悪、セカンドもありなんじゃない?」


「そうか、なるほどな……」


 野茂のファースト守備についてはもちろん考えていたが、セカンドという発想はなかった。

 野球のセオリーでは、サード・ショート・セカンドというポジションに左投げを置くことはまずない。投げる方向的に、左投げではタイムロスが生まれてしまうからだ。

 だが、うちの内野陣に比べれば、左投げでも野茂が守った方が遥かにマシかもしれない。特に一塁までの距離が近いセカンドであれば、左投げであるデメリットも相対的に小さくなる。投手としてのフィールディングも抜群だった野茂なら最低限のセカンド守備はこなしてくれそうだ。


「さすが舞香だな。で、とりあえず強豪以外が相手なら野茂に投げさせて、ショートは俺が守る。俺と野茂以外の内野手については、無理に送球させない。無理そうなタイミングなら端から諦めるよう徹底させる。ゲッツーも狙わなくていいし、バントシフトもいらん。確実に一つずつアウトを重ねるだけ」


「……野球好きからしたらなかなか酷い作戦だけど、まぁ、それが現実的だよね……」


「で、俺が投げるとき、つまり相手は強豪校なわけだが。そんときは外野の守備位置を常に後ろに下げまくる。イージーフライならさすがにあいつらでも捕れるが、後ろの球はまともに追えない。出来ないことは初めからさせない。結果的に前に落ちてシングルヒットになるのは仕方ねぇ。これも試合状況とか関係なく、常に、だ。ランナーがどこにいようが関係ない。点差もアウトカウントもその他もろもろの要因も全部無視」


 ていうか、それこそあいつらが本塁や三塁でランナー刺すとか期待する方が間違ってんだわ。どうせ出来もしないのに余計なリスクとって長打増やす方がコスパ悪い。


「めっちゃつまんない野球……」


「いいんだよ、面白くても負けたら意味がねぇ。俺の目的は勝って甲子園に行く、それだけ。そのために必要なのは筋肉、それだけ」


「天国の野村監督が聞いたら発狂しそう」


 この世界にはたぶんいないから大丈夫だ。


「そんで、それらを踏まえて、最も重要なこと――それはもちろん投手の俺が、そもそもボールをバットに当てさせないってことだな。全球ストライク、全打者三振を狙う。ここまで話したことは全部、『その上でもし前に飛ばされた場合』の対処法に過ぎない」


「前世での久吾と真逆だ……」


 そりゃそうだ。前世ではあいつらがちゃんと守ってくれたからな。常に省エネピッチングで、打たせて取ることを心掛けていた。このチームでそんなことするのは自殺行為だ。


 それに、この世界での俺なら、


「大丈夫だ。夏までには球速めちゃくちゃ上がってるはずだからな」


 この体質で筋トレしまくって筋肉増やしまくる。球速を上げるための一番確実で効率的な方法だ。

 実際、この体の異常なテストステロン値の効果は既に実感している。予想以上だった。

 さすがにたった数日で筋肉が大きくなるようなことはないが、追い込んだトレーニングをしても、回復が異常に早い。これなら、かなりの高頻度でトレーニングができるだろう。もちろん関節への負担は増していくが、それは仕方ない。この夏さえ乗り切れればいい。

 璃子を甲子園に連れていけさえすれば、俺の体は壊れていい。


「……ほんとに、何か体に不調とかあったときには、即行で私に報告しなきゃ殺すかんね。で、その剛速球とチェンジアップで三振量産、と。そーゆーことね」


「いや、チェンジアップは捨てる」


「はぁ? なに言ってんの、中一んときからのあんたのアイデンティティじゃん」


「仕方ねぇだろ。俺が前世で多用してたような、打ち損じ狙いのチェンジアップはもちろんダメだ。ほとんど内野ゴロになっちまうからな。空振り狙いの大きく落ちるチェンジだって投げられるが、あのキャッチャーじゃポロポロしまくりで話にならん」


「じゃあどーすんの」


「横に大きく滑るスライダー、いわゆるスイーパーってやつだな。WBC決勝で大谷がトラウトから三振とった球。あれを覚える」


「こいつめっちゃ野球見てんじゃん」


 空振りを奪うためならば、やはり縦に落ちる変化球の方が良い。だが、それだとうちのキャッチャーはまともに捕れない。そもそも俺はフォークやスプリット系の球は得意じゃないし、それらの球種は、俺が今考えている『秘策』とも相性が良くない。


「いやまぁ、確かに久吾は横変化のスライダーも投げられはしたけど、正直大したことなかったじゃん。それこそ凡打狙ったり、カウント整えたりするくらいには使えるかもだけど、強豪校から空振り奪えるほどとは思えない。やっぱ、全部三振狙いとか非現実的なこと考えない方がいいって。いくら速くなったってフォーシームだけじゃ限界あるし。ここは基本に返って、守備練習重ねてくしかないっしょ」


「投げられる。空振り量産のスイーパーも。速いだけじゃない、最高のストレートも」


「……速いだけじゃないってことは、スピンレートを上げるってこと?」


「ああ」


 さすが、よくわかってる。

 ボールの回転数を上げれば、ストレートだけでも空振りを奪える可能性が格段に上がるし、仮に当てられたとしても、ゴロよりフライになりやすい。

 スライダーも同じで、回転数が増えれば当然変化量も大きくなる。空振りが奪える。


「いや、あんた、簡単に言うけどね、スピンレート向上させるとか、それこそ一朝一夕でできることじゃないっしょ。そんなのは、」


「できる」


「はぁ? できるんなら前世でもやってんじゃん」


「前世ではできない」


「あんたさっきから何を言って――」


「精液を使う」


「本当に何を言っているんですか」


「手に精液を塗りたくってボールを握ります。その粘着力によってグリップ力が上がり、指がボールにかける力も強まります。その結果、ボールの回転数が飛躍的に向上します」


「死ぬの?」


「俺の精子は死ぬだろうな」


 舞香は絶望したように頭を抱えているが、その俺の精液を口の中で転がしてテイスティングしていた女にドン引きされたくはない。なんだこの兄妹。


「でも……そっか……確かに久吾のあのガムのような粘着力なら……」


 舞香がぶつぶつと呟いている通り、ピッチャーが松ヤニなどの粘着物質を手に塗ってスピンレートを上げるという行為は、特にメジャーリーグでは古くから行われてきたことだ。バウアーが言ってたから間違いない。


「……――いや反則じゃんそれ!! 不正投球!! 一発退場!!」


 舞香がギャンギャンと喚いている通り、ロジンバッグ以外の滑り止め剤の使用は、思いっきり反則行為である。メジャーリーグのピッチャーたちもベルトや帽子や自身の肌などに巧みに隠して使ってきたのである。たぶんバウアーもやってたから間違いない。


「大丈夫だ、体液ならグレーゾーンだろ」


「いや故意にやったらダメだし、体液でも」


「大谷や菊池だって指舐めてるし、誰だって手汗くらい付くだろ! 何で精液はダメなんだよ!?」


「精液だからでしょ!!」


「確かに」


 論破された。

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