第17話 ダブル妹修羅場(デザート編♪)

「はぁ?」


 という一言と共に、ジトっとした目線を送ってくる舞香。

 いや何だよ。何でいきなりそんな不機嫌になるんだよ。


「別にいいだろ。俺がラインで誘ったんだよ。できるだけ家族みんなで食べる時間も作ろうって話しただろ」


 まぁ、璃子にはちゃんとクラスで友だちも作ってもらいたいのだが。ただし女友だちに限る。あと一昨日ライン交換してから、ずっと璃子とラインしまくってる。中身のない内容にも一瞬で長文返信が来るのが嬉しくて嬉しくて泣いちゃった。二年前のあの日以来、既読のつかないメッセージを毎日送り続けてきたからなぁ。舞香もさっさと交換すればいいのに。照れてんのか、ん?


「みんなと言っても二人だけですけれどね♪ たった二人の家族です。兄さんにとっての家族はこの世界で唯一わたしだけ。わたしにとっての家族はこの世界で唯一兄さんだけ。きゃっ、特別すぎちゃいます……! この尊い絆に割って入れる存在が、璃子には思い当たりません……!」


 いつの間にか俺の隣に腰を下ろし、肩にしな垂れかかってきている璃子。いい匂い。サラサラすべすべモチモチ。可愛い。


「ふーん。ま、どーでもいいけど、私は。璃子がちゃんと残さず食べてさえいれば。私が栄養バランス考えて作ったやつだからね」


 料理担当が基本舞香ということになった以上、当然璃子が口にするものも舞香が作ることになる。

 家事を取り合ってくれている二人だが、さすがに料理の腕に関しては歴然とした差があるし仕方ないだろう。前世でだってずっとそうだったわけだし。


「うふふ♪ 薄味で健康的なお料理ありがとうございます、舞香ちゃん! 病院食を思い出して、とってもノスタルジックな気分を味わえています! 赤の他人のくせに、わたしの体を気遣って下さるなんて、とっても優しいお方なんですね♪」


「ま、あんたは久吾と違って運動とかしないしね。暑くなってきたら塩分量も増やすよ。どーしてもマズいってゆーんなら、ほら。私がブレンドしたスパイスあるから使えば?」


「ええー? わたし、マズいなんて一言も言ってないです! 赤の他人の舞香ちゃんが勝手に作って下さったお料理にマズいだなんて言えるわけないじゃないですかー♪ とってもお上品で優しいお味ですよ!」


「ごめんね。実際、璃子には前の世界のときからずっと迷惑かけちゃってたのかもだね。ほら、私って長年の癖でどーしても久吾の好みに寄せたメニューや味付けになっちゃうからさ。私は、自分自身の好みも久吾と似通ってるから気づかなかったけど、璃子にはずっと我慢させちゃってたのかな。食の好みが違う人と一緒に暮らしてくのって、すごくストレスになるってゆーもんね。せっかく元気になってまた三人で暮らせるんだから、これからはどんどん正直に、久吾や私とは好みが違うって言っていいからね? 私も工夫するからさ」


「うふふ、すごいなー舞香ちゃんは相変わらず♪ 兄さんが自分の料理に満足してくれてるって勝手に思い込めちゃうそのポジティブさと鈍感さ、わたしも見習いたいです! きっとそれが健康の秘訣なんですね!」


「そうだね、可愛い元妹が元気になってくれて私も本当に嬉しいよ」


 ずっとニコニコしている璃子と、平然とした態度で妹を気遣い続ける舞香。

 (元)姉妹仲良くて素晴らしいなぁ。うん、そういうことにしておこう。俺は巻き込まれたくない。こいつらのこのヒリヒリした感じ、懐かしくて涙が出るぜ!


「うふふ♪ 優しい恋人さんを持っていて、兄さんは幸せ者ですね。ね、兄さん?」


 さっそく巻き込まれた。


「り、璃子? い、いや舞香との真剣なお付き合いってのは、あくまでも設定だからさ」


「あっ。そーでしたそーでしたー♪ ただの! 設定だったんでしたー♪ えぇーん、間違えちゃっててごめんなさい、舞香ちゃん……。 あれれ? でも、妹でもない赤の他人で、恋人というのもただの設定(笑)ということは、ただただご飯作らされてるだけの、お手伝いさんみたいなものなのでは……? これはいけません! ね、兄さん。これからは舞香さんにちゃんとお給料支払わなきゃダメですよ?」


 俺の腕に抱きつき、上目遣いで「めっ」みたいに叱ってくる璃子。可愛い。可愛すぎる。可愛すぎるけど怖い。


 一方の舞香は、「璃子は相変わらず甘え上手だね」とか余裕そうな顔で言いながら、右手のお箸がミシミシしなり始めている。折れるのも時間の問題だ。怖い。怖すぎる。怖すぎるけど可愛い。


「ね、兄さん。栄養摂取は舞香食品(株)の業務用食品で妥協するとして、心の癒しをもたらす美味しいデザートに関しては、この璃子にお任せいただけないでしょうか? 実は今日も持ってきてしまいました! じゃじゃーん! 賢妹特製バナナブレッドです!」


 璃子が意気揚々とランチバッグから取り出したのは、パウンドケーキ型の、長方形でふっくらとした焼き菓子であった。


「おお……!」


「うふふ、どうですか兄さん。美味しそうでしょう?」


 いや、これはマジで美味そう。見るからに香ばしい焼き目が食欲をそそってくる。

 そういえば璃子も、入院前まではよくお菓子作りはしていたもんな。


「ちょっと待ちなさい」


 バナナブレッドをカットしようとしていた璃子の手を、鋭い声音が制する。

 もちろん舞香だ。

 しかも、今回に限っては、それまでのような鷹揚な雰囲気も消え失せていた。余裕さを取り繕うことも放棄して、本気で元妹を睨みつけている。


「えー? どうしました、業者さん。赤の他人の業者さんが、わたしたち家族の営みに何のご意見を? どんなお立場で?」


 璃子の声音にも、これまでのような甘い毒というよりも、はっきりとした棘が生えている。


「業者でも何でもいいけどさ、こっちはちゃんと久吾の増量ペース考えて、栄養素計算して作ってんだから、余計な真似されたら困るわけ。練習前に入れる糖質ならこっちでバナナ用意してるし。ね、久吾?」


「ええー、兄さんは食べたそうにしていますのに。璃子は愚妹だからそういう難しいお話はわからないなー。栄養管理だけがお仕事の業者さんと違って、兄さんに幸せな気持ちになってもらうことしか愚妹にはできませんので……」


「あっそ。じゃあバカにもわかるように言ったげるけど、普通に邪魔だから。そのジャンク、久吾の体には必要ないから」


「うふふ♪ うふふふ♪ うふふふふふ……はぁあ? ジャンク? はぁあ?」


「ジャンクじゃん。久吾の体に合ってるのって、熟し切る前のバナナの糖質なんだよね。そもそも味的にも酸味残ってるバナナそのままってのが一番久吾の好みだし。私が久吾のために管理しといたバナナに、わざわざ無駄な脂質ぶち込んで焼き上げちゃうとか意味不明。もはや嫌がらせ。焼き菓子て(笑)」


「あれれー? 脂質って言っても体に良い油しか使ってないに決まってますのに、おかしいですねー。体作りには脂質も重要なのになー。おかしいなー、赤の他人のくせに兄さんのパートナー気取り(笑)してる業者さんは三大栄養素も知らないんでしょうか……? 必須脂肪酸を知らないんでしょうか……?」


「だからその脂質の摂取量も全部計算して作ってるに決まってんでしょうが。練習始まる時間帯から逆算して昼ご飯は脂質控えめにしたいってだけの話なんだけど。久吾の消化機能的に。ま、ただの妹が久吾の体のことそこまで把握してるわけもないし仕方ないね。かわいいね。微笑ましいね。パパのためにママといっしょにクッキー焼いてあげてる幼稚園児みたい。ねぇ久吾、撫でてあげなよ、可愛い妹さんのこと」


 消化機能っていうなら今まさに俺の胃を痛めつけているのはお前らだ。

 痛ててててて……そうだ、これだよ、これ。この胃の痛み、璃子が元気だった頃のバチバチ姉妹を思い出す……!

 俺の前ではいつもこうだった、この二人。いや、前世よりも明らかにパワーアップしていやがる。


 これからまた毎日これが始まるのか……くぅ! 最高だぜ、俺の第二の人生……!


「とにかく、久吾には食べさせないから、私が管理してるもの以外。そのお菓子は野球部の一年にでも配ったげなよ。あの子らはカロリー足りてないだろうから。あんなに細いんじゃ、大雑把にでもとにかく増量させちゃうことの方が大事。その大雑把なジャンクフードが最適だと思うよ、モブキャラたちには」


「あ、もうキレました。愚妹キレました。この女を刺します。止めないでください兄さん」


「止めるに決まってんだろ……。やめろ、元実の姉にナイフを向けるんじゃない」


「何ですか、兄さん! 実の妹のわたしよりも、こんな赤の他人の業者さんの方を庇うんですか!? わたしよりも業者さんが大事なんですか!?」


「そんなことは……璃子は大切な俺の妹だ」


「じゃあ食べてください、わたしのバナナブレッド!」


「う、うん。いただきま――」


「だめ。ふざけないで久吾。私は別に、あんたなんかにどー思われてたっていい。妹さんの方が大事ってゆーなら、それでいいんじゃない? でも、それとこれとは話が別だから。私以外が作ったものを口にするな。今後一生。永遠に」


「う、うん。ん? うーん……」


「兄さん!? 食べてくれないんですか、わたしのバナナブレッド! そんな業者さんの指示の方が大切なんですか、愚妹が頑張って作ってきたバナナブレッドよりも!」


「い、いや、そういうわけでは……泣かないでくれ璃子、わかった、食べるから」


「久吾! 決めたじゃん、体作りに妥協しないって! 何なの、私の料理ってそんなに美味しくないの? ふーん、へー、そーなんだ。ずっと我慢させちゃってたんだ。へー、ふーん、ごめんね、こんな勘違い彼女で。小娘が気まぐれで焼いてきちゃったジャンクに負けちゃうくらいの味だったんだ、私が人生かけて磨き上げてきた料理の腕って。へー、そっか。私みたいな勘違い無能女、妹さんに愛されてる久吾には必要なかったね。そっかそっか、わかった、じゃあね、バイバイ」


「待て待て待て待て待て、飛び降りないでくれ。ちげーから、お前の料理が世界一だから。俺の筋肉にとっても舌にとっても心にとっても!」


「兄さん!! ハッキリしてください! 食べるんですよね、わたしのバナナブレッド!」

「久吾!! ちゃんと選んで! 私のお弁当だけで充分でしょ! いらないよね、こんなお菓子なんて!」


 鼻先が触れ合う距離までグイっと近づいてきた、二つのキュートフェイス。突きつけられる、究極の二択。


 逃げ場はない。選ばなければならない。今、ここで。


 俺は深呼吸をし、覚悟を決めて、


「わかった。決めた。俺は食べる、璃子が作ってくれたバナナブレッドを」


「兄さん! 愛しています、兄さん!」

「さようなら。呪うから」


「待てって、舞香! ほら、お前も食べるんだよ!」


 俺はバナナブレッドを手でちぎって、まずは自分の口でひと噛みする。

 バナナの自然な甘みとほんのりと香るシナモン。しっとりとした食感の生地が、口の中でふわっと溶けていく。やっぱり最高だ、璃子の愛情が詰まっている。


 これを、舞香にも味わってもらいたい。


「ほら、舞香。あーん」


「はぁ? 何で私がそんなもん……ほっといてよ、飛び降りるから」


「間接キスだぞ。あーん」

「あーん」


 舞香の口に、齧りかけのバナナブレッドをそっと入れ込む。何か指先まで唇でハムっとされた。こいつもういろいろヤケになってやがるな。当たり前だがバナナブレッド以上にしっとりしていた。


「…………」


 ツンとした顔で、妹特製のデザートをゆっくりと咀嚼していく舞香。


「ど、どうだ、舞香」


「…………。……まぁ……味は、悪くないんじゃない? 良い素材使ってるだけあってね。オリーブオイルとアーモンドミルクの風味が良いアクセントになってる。やっぱフレスコバルディ・ラウデミオは違うね。誰が使っても美味しくなる。高いだけあるね」


 ほんと素直じゃないな、こいつ。


「舞香ちゃんに食べさせるために作ったわけじゃないんですけれど」


 璃子は璃子でプクーっとほっぺを膨らませてはいるが、どこか嬉しそうだ。

 ニコニコしているときよりも、少しプンとしているときの方が、実は気分が上がっていたりする――それが俺のもう一人の妹なのだ。


 うん、相変わらずめんどくせーな、俺のダブル妹。


 そんな相変わらず可愛すぎるダブル妹の頭に、俺はポンと手を置き、


「焼きたてもいいけどよ、こんなに美味いデザート、一気に食べちまうより、冷凍でもして少しずつ食べていった方がいいんじゃねーか? 三人で分けてな。確かに俺だけだったらちゃんと栄養管理もできねぇけど、舞香に任せれば、璃子の焼き菓子一日一切れ入れた上での食事スケジュールくらい、完璧に作ってくれるはずだしな」


 亭主関白で情けなすぎる発言を受け、妹二人は「はぁ……」と息ぴったりなため息をついてみせる。


「仕方ないですね、兄さんは」「しょーがないね、久吾は」


 やっぱ絶対この世界でも血ぃ繋がってるだろ、こいつら。


「わかりました。兄さんに免じて、これで手を打ちましょう、今回は。これからもうちでご飯を作り続ける権利を、業者さんには与えてあげます。その代わり、私もデザートは作ります。冷凍庫も活用して少しずつ食べてください」


「はいはい、それでいいよ。そのバナナブレッドは冷凍庫に――あ、待って。うん、私が入れとくから」


 何かを思い出したかのように、バナナブレッドを回収しようとする舞香。が、その手を払いのけ、璃子はそれをランチバッグへと戻してしまう。


「いえ、舞香ちゃんの手は煩わせません。わたしが作ったものはわたしが責任を持って保管いたしますので」


「い、いや、でも」


「あ、もしかして業者さん、冷凍庫の中をわたしや兄さんに見られたら困ってしまいますか? うぷぷ! もう遅いですよ、舞香ちゃん。わたし知ってるんです、舞香ちゃんが美味しそうな濃厚カルピスを凍らせて、夜中にこっそり食べていることを。兄さんには食事管理を徹底させておいて、自分は真夜中にアイスですか♪ うぷぷ、舞香ちゃんは兄さんと違って運動していないんですから、そんなんじゃもっとお腹にだらしないお肉ついちゃいますよ♪」


「ち、ちちち違がががが違う、違うから! あ、あれは良質なタンパク質で……って、ちがう! た、た、たたったたた食べてない! 食べてないからっ!」


「嘘です、原液カルピスシャーベットなんて、糖質の塊です! 食べてます! お口の中で転がしてゆっくり溶かしながら、じっくりねっとり味わっていました! 恍惚の表情してました!」


「し、し、し、知らないしらないしらない知らないし、そんなの! 私じゃないもんっ!」


 はい、ゲームセット! この勝負、璃子の勝ち! 舞香の完敗!


 何してんだお前、璃子が純真無垢なおかげでむしろ助けられたぞ、俺たち!

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