第16話 けなげ献身系ツンデレギャル(元)妹かつ(現)偽装彼女ヒロインっ……!

 作戦が上手くいったことで、食欲も上がる。いつも以上に舞香の手料理が美味い。箸が進む。精神状態が良いと筋肥大もより捗るし、良いこと尽くめだ。


「…………」


「ん? な、何だよ、舞香」


 ふと顔を上げると、なぜか舞香が無言でじぃーっと俺の顔を見つめていた。手元では俺のゆで鶏に自作ミックススパイスを振りかけながら、俺のゆで卵の殻を剥いてくれていた。相変わらず無駄に器用だ。


「や、別にー?」

 問いかけられた舞香は、一旦俺から目線を外し、

「ま、なんてゆーか? あんたがいっぱい食べてんの、やっぱ何かいいな、って」


「舞香……」


 その頬がほんのりと色づいているのも、逸らされた目が微かに潤んでいるのも、俺の思い上がりではないだろう。

 俺が昔のように食事をしているという、ただそれだけのことが、舞香にとってはそれだけ大きな出来事なのだ。

 そして俺にとっても、これは当たり前のことではない。当たり前だと思ってはいけない。


 ――幼い頃に家を出ていった母。加工食品ばかりになった食卓。いつしか食べることに苦手意識を持つようになった俺。なぜか指の絆創膏が日に日に増えていく幼き妹。日に日に美味しくなっていくご飯。気付いた頃には舞香がキッチンに立っているのが日常の光景になっていて、俺は何も考えずとも自然と増量ができていて、トレーニングにだけ集中していれば勝手に筋肉がついていって。


 今思えば、舞香の存在こそが、どんなドーピングよりもずっとずっとチート級で、世界で俺だけに与えられた、最高のギフトだった。


 そんな舞香の献身を、俺は踏みにじって、裏切って――あの日から二年間、それでも作り続けてくれた彼女の料理を、まともに口にしてこなかった。

 こいつが少し太ったというのも、たぶん、俺が残した飯を捨てることはできなかったからなんじゃないだろうか。


 俺はこいつに、どんな思いをさせ続けてきたのだろう。


 そういえば、あの二年間のことを一言だって謝ってはいない。

 いや、それだけじゃねぇ。

 母さんが蒸発してから十二年間、俺はたぶん、まともに感謝の言葉も口にしたことがなかった。


「…………っ」


 今さらながらいろんな思いが込み上げてきて、自分が心底情けなくて、ここに来てさえなお、自分の感情のことしか考えられていないことがムカついて仕方ない。


 謝罪の気持ちも感謝の思いも、きっと1パーセントも伝えられはしないけど、俺は舞香に何も返してやれはしねぇけど、それでも俺は目の前の妹であり恋人を見つめ、


「舞香、」

「いいから、そーゆーの」


 しかし舞香は、呆気なく、そして素っ気なく、俺の言葉を切り捨てる。


「え?」


「はぁ……」


 呆れたようにため息をつきながら、俺の元妹は、たんぱく質満点のタッパーを差し出して、


「別に見返り欲しくてやってるわけじゃないし。あんたにどう思ってほしいとか、そーゆーのないから。日常なの、私の。あんたが毎日バット振って一日中ボール触って毎晩シコってって、それと同じようなもん。誰に何を言われる筋合いもない」


 本当に、何でもないことかのように、しれっと言いのけてしまう。

 相も変わらず、頬は染まってしまっているけども。


「ツンデレだ……」


「やめろ。そーゆーんじゃないって言ってるっしょ」


 やめてくれはこっちのセリフなんだよ。もう妹じゃねーんだからさ。歯止めがねーんだよ。止まれなくなっちまったらどうすんだバカ。


「ま、もしも私以外の女に同じことやってたら、絶対愛想つかされてるだろーけどねー。最悪訴えられる」


「そうだな……まぁそんな相手二度と現れないだろうが。俺は俺で舞香の飯以外じゃ未だにちゃんと食おうとも思えねーし」


「ふーん」

 俺の恋人はどこか嬉し気に口元をモニョモニョし、

「ま、要するに、余計なこと考えてる暇あったら黙って食えってこと。私は、あんたのだったら何人でも作ったげるんだから。間違えた何人分でも作ったげるんだから」


 舞香がとても不穏な言い間違えをした、そのタイミングだった。

 屋上への入り口が、ドカンとけたたましい音を立てて蹴り開けられる。


「愚妹参上いたしました! キモい空気をブチ壊しに参りました! お慕いする兄さんのために!」


 璃子だった。賢妹だった。汗だくでハァハァ言いながらもニコニコであった。とても可愛かった。

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