第14話 実はこの転生を一番満喫してる奴

「てか、あーゆーことは事前に相談しろし……ムダに恥かかされたし……」


「すまんて……」


 だって恥ずかしいだろ、お前と二人でそんな打ち合わせすんの。


 夜。厳しいトレーニングを終えて帰宅し、食事や風呂を済ませて後は眠るだけ。

 ってかホントは家のことをやらなきゃいけない立場なのだが、残った家事は自分がやると璃子が言い張るので、甘えさせてもらうことにした。何か張り合うように舞香と家事を取り合っている。

 やっぱ相変わらず都合良すぎるな、俺の妹たち。絶対甲子園連れてこ。その後はちゃんと兄さんも頑張るからな……。


 しかしまぁ、こうやって俺の部屋で舞香との秘密会議の時間を設けるためには、やはりこの状況はめちゃくちゃ都合が良い。

 璃子は今、風呂場で俺のユニフォームを洗うのに夢中になっている。その後は自身の入浴もあるだろうし。


「ま、久吾の意図はわかってるけどさ。確かにあれは必要なことだったと思うよ?」


 舞香は俺の隣、ベッドに腰を下ろし、


「でも、部内だけの説明じゃ不十分っぽいんだよなー……」


 半分独り言のように呟く。舞香の独り言は実質的に全部俺に言ってるようなものなので俺も普通に答えることにする。


「不十分って?」


「あ、聞こえちゃってた?」


「聞こえるように言ってきたからな」


「なんかさー、よくわかんないだけど、部内だけじゃなくて、普通に校内中で噂広まってるっぽくて」


「…………え、お前が、俺にセフレ扱いされてるって?」


「うん。最悪」


「マジかよ……」


 いや、まぁでもそうか。校内でも普通に舞香の腰に手を回して下品な笑い声上げながら闊歩とかしていそうだ。


 それはそれとして、こいつは登校初日の午前中だけで、そこまでの情報をつかんできたのか。我が元妹ながら、やっぱり有能だな、こいつは。


「仕方ないな。さっそく明日から対処しよう。一年の璃子の耳に届いちまう前に、そんな噂は上書きするんだ」


「はぁ……嫌だなぁ、ほんと。まぢめんどくさい」


 両手で顔を押さえて俯く舞香。まぢめんどくさくなさそう。顔隠しててもわかるくらいニヤニヤしてる。


「ほんと嫌だけど、また久吾に紹介してもらうしかないね、校内中で。『俺と舞香は正式にお付き合いしている。ものすごく真剣にものすごく清く健全なお付き合いをしている。決して野球には悪影響をもたらさない――否、むしろ清き愛の力で俺を一段上の選手に引き上げてくれるような、プラトニック極まりない交際をしている。舞香は俺にとってものすごく大切な、世界でたった一人の恋人なんだ』って」


「わお。ものすごい暗記力。で、その度にお前倒れるの?」


「うん。その度に倒れるの」


「そうか……」


 その度に倒れるのなら仕方ないな。その度に運ぼう。お姫様だっこで。


「しかし申し訳ないな。こんなことまでお前に迷惑かけちまって」


「ま、慣れっこだけどね、私は。前の世界でも同じようなもんだったし」


 顔を上げた舞香はホントに慣れっこみたいな顔をしている。耳と頬は紅潮しているが、余裕そうな表情だ。


「同じようなもんって何だよ。NTRゲーと同じようなことが現実世界で起こってたまるか」


「いや実際、元の世界の中学でも高校でも、私ら、兄妹でデキてるって噂されてたから。ずっと」


「は?」


 は?


 は? 何だそれ、初耳すぎるんだが。何を平然とそんな衝撃の事実打ち明けてんだ、この(元)妹。現恋人(偽)。


「はぁ……ほんっと何でそーゆー風に見られちゃうんだろーねー、私らって。私は全然そーゆーつもりじゃないのになー。ほんと困るよねー。イチャイチャラブラブしてるつもりなんて全くないのに周りにはそー見えちゃうのかなー」


「そういうのいいから今は。俺は打ち震えてんだよ衝撃の事実に。……そうか、俺がモテなかったのは、そんなデマのせいだったのか……」


「あんたがモテなかったのは野球バカだったせい。ま、だからさ。それに比べれば、全然マシじゃない? って話。この世界でなら恋人同士扱いされても、まぁ別に仕方ないかな、って。めんどくさいけど、特に問題とかないってのも事実だし。だってもう兄妹じゃないし。血縁関係ないし。インモラルじゃないし。兄妹じゃないし」


 そこをそんなに強調されても……。そんなコテンと肩にもたれかかってこられても……。前世と同じフローラルな匂い漂わされても……。


 ベッドの上だしさ。な? やめようぜ。な? 俺は髪を撫でてやることくらいしかできないから。ていうかそれ以上は我慢するから髪撫でるくらいは許してくれ。


「んっ……」


「そういう熱っぽい顔で熱っぽい声漏らさないでくれ。今の俺はテストステロンの分泌量がヤバいって言ってるだろ。止まれなくなっちまったら――って、そういやお前、昨日俺の精液袋どうしたん?」


「久吾さ、こんなことしてる場合じゃないんだよ、私ら。あとたった四か月で甲子園行かなきゃなんだから」


「急にそんなキリっとした顔されても。お前、昨日俺の精液袋どうしたん?」


「初日の練習を通してみて、どう分析したの?」


「お前昨日俺の精液袋どうしたん?」


「問題点はたくさん見つかったはずだよね。でも、全てにいきなり取り掛かるってわけにもいかない。時間は限られてる。優先順位をつけて潰してかないと」


 ものすごく真っすぐな目でものすごく正論を叩きつけてくる舞香。しっとりとした雰囲気が一瞬で仕事モードに切り替わってしまった。

 まぁ俺にとっても、ありがたいのだが。あのままだったら、さすがに危なかった。ブレーキ利かなかった。で、俺の精液袋どうしたん。


「確かにお前の言う通りだな。解決しなきゃいけねぇ問題は山積みだ。あいつら下手だし。だが一番の、ってか根本の問題は環境面だよな。設備が悪い」


 これはもう仕方ないことではあるのだが。うちのような弱小校に強豪のような設備が整っているわけがない。NTRシーンの雰囲気をより凶悪なものにするために、暗くボロい舞台を用意したかったという都合もあるのだろうが。


「まぁ野球道具とかグラウンド設備に関しちゃ妥協してもいいとは思うが、トレーニング器具に関してはどうにかしなきゃいかん。真っ先にな」


 祢寅学園野球部は、筋肉で甲子園に行く――その方針は絶対だ。筋力トレーニングに関してだけは譲れない。


「やっぱそこだよね……部員十九人に対して、パワーラック二台じゃ効率悪すぎだもん」


「ああ。限られた練習時間の中で、無駄な待ち時間は作りたくねぇ。あと、プレートに関しても1.25Kgがないのは相当不便だ。マシンなんかはいらねぇが、パワーラック、バーベル、プレートの増設は急務だな。あとベンチもか」


 舞台が田舎なだけあって、トレーニングルームのスペースだけは申し分ないしな。


「いやいやいや、当たり前のように言ってるけどさ、久吾。そんなんお金なくちゃ、どーにもなんないじゃん。筋トレ設備が最優先事項ってゆーのはわかるけど、努力でどうにもできないことはさ。無理なものは無理って切り捨ててくのも大事だよ?」


「大丈夫だ、いける」


「そんな自信満々に…………もしかして、それもNTRゲームであることを利用して、ってこと? ……だよね、どうせ」


 舞香のため息は、今度こそ心から出たもののようであった。


 仕方ねぇだろ。使えるもんは何でも使ってやるんだ。

 璃子との約束を果たすために!

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