第12話 寝取るはずだったメインヒロインに土下座する

「いきなりピンチだったじゃん、久吾」


 練習の休憩時間。

 部室で二人きりになった瞬間、舞香が脇腹に肘打ちしてくる。先ほどの佐倉宮の鋭い目線についての指摘だろう。


「ああ、正直順番をミスったな……璃子へのNTRゲーバレを防ぐためには、何よりもこっちを優先するべきだった」


 午前中はこの学園や、そこでの自分たちの在り方についてなどなど、調査・検証しなければいけないことが多すぎた。そのせいでシナリオ消化に関する方針をしっかり話し合うことができなかったのだ。


「だが、主人公野郎のおかげで結果オーライではあった。ここは粛々と次の重大クエストをこなしていこう」


「気が重いけどね……これこそホントに上手くいくの?」


 顔を曇らせる舞香の言う通り、これから行うミッションはなかなかの難関になる。単に難易度が高いというだけでなく、精神的にも辛い部分がある。

 実行するのが主に俺だけで済むという点はありがたいが……舞香にも心配はかけちまうよな、そりゃ。


「ヤバそーになったら私もサポートするからさ。ってか、やっぱ私も初めから同席する?」


「いや、さすがにこんなことにお前を巻き込めねぇよ」


 というのも嘘ではないが、それ以上に、あまり舞香に見られたくないってのもある。


「お、来たみたいだな。ほら、舞香はもう出てろ」


 不安げな元妹の背中を押し、部室の外に押し出す。


 ここからは、俺の勝負だ。


      *


「まことに申し訳ございませんでした」

「…………」


 俺は土下座をしていた。

 薄暗い部室の、アスファルトの上で。


「……一体、どういう風の吹き回し? 何を企んでいるのかしら、久吾君は」


 佐倉宮琴那――このゲームのメインヒロインがソファに座って俺を見下ろす。

 ソファがある野球部の部室なんてNTRゲーかルーキーズでしか見たことがない。つまり、エロいことをするために配置されているようなものである。


 が、もちろん今はそんなことには用いない。今はっていうか、これからずっと。


 この世界の、俺の身の回りで、NTR展開なんて絶対に起こさせない! この世界がNTRゲーだと璃子にバレないように!


 といっても、そんなのは至極簡単なことだ。

 俺が寝取らなければいいだけ。だって、この世界の間男って俺だから。俺がメインヒロインの佐倉宮に手を出さなければいいだけ。


 が、それだけで全てが上手くいくなんて甘い話はない。それだけでは、残念ながら、この世界がNTRゲーだと璃子にバレてしまうのも時間の問題なのだ。


 なぜなら山田久吾は既に、佐倉宮琴那に唾をつけているのだから。いつか手籠めにしてやろうと目をつけていたのだから。


 これは、何とかしなければならない。


 というわけで俺は、でこをアスファルトに擦りつけて、涙を堪えるような声を作る。


「信じてくれ、裏なんてないんだ、佐倉宮さん……俺は本当に心を入れ替えたんだ! 本気で甲子園に行きたい……そのために真面目なキャプテンに生まれ変わった。だから、今まで君にしてきてしまったこと、言ってしまったことを全て、謝らなければならない……! 本当に、反省しているんだ……!」


「……そんなこと、信じられるわけないじゃない」


 俺の頭に振ってくる声は震えている。悔しさと憎しみがにじみ出ている。


 当然だ。

 山田久吾はこれまで、佐倉宮琴那にセクハラ行為を繰り返してきた。

 この時点では山田のNTR魂に火がついていないので、まだゲーム本編で描かれるような行為まではエスカレートしていない。が、服の上から体を触ったり、佐倉宮の大きな胸を揶揄したり、無理やり性的な話を聞かせたりといったことは日常茶飯事だった――と勝手に思っている。

 だってNTRゲーだし。運動部NTRものの間男先輩がすることなんて大体みんな同じだからわかる。


 くそぉ、最悪だな、山田久吾。

 自分だけ黒髪ロング美女の巨乳揉みしだいておいて、指一本触れてもいない俺に土下座させんのかよ。まぁ、仕方ないな。今は俺が山田久吾だし。


「わかる、俺はそれだけのことをしてきた。許してくれなんて言えない。だが、せめて、猶予をくれないか?」


「猶予?」


 それにしても何だかんだ言いながら、呼び出せばこうやってホイホイとここまで来ちゃうし、聞く耳もちゃんと持ってくれている。やはりチョロい。やはりNTRゲーム。そんなんだからあっさり寝取られるんだ、君たちは。


「四か月間後の甲子園まで……とは言わない。そうだな、せめて一か月後。一か月後に強豪校との練習試合を組もう。その試合で必ず勝つ。勝てるようにチームを鍛え上げる。君に、変わった俺の本気を見てほしい。それができたら信じてほしい。もし勝てなければ、俺はこの部を……いや学園を去ろう。二度と君の前には姿を現さない」


「え……!? い、いえ、いくら何でもそこまでは……! それに、うちの野球部が一か月で強豪校に勝つだなんて……」


「確かに! 確かに困難だ! だが、それくらいを成し遂げてみせなければ! これだけ大きなリスクを背負わなければ! 君に信じてもらうことなどできないだろう!? これが俺の覚悟なんだ!」


「久吾君……っ」


 目を見開き、口を押さえ、明らかに心を動かされた様子の佐倉宮。


 うん、やっぱチョロい。チョロすぎる。


 大きなリスクも何も、実際問題、山田久吾は性犯罪を犯しているのだから、退学処分なんて当たり前だ。法で裁かれるべきだ。試合に勝とうが負けようが関係ない。君はさっさとこの男を警察に突き出すべきなのだ。


 だが、それをしないのがNTRゲーヒロイン……というのは、さすがに酷いか、ゲームの話とはいえ。

 被害者に非など一ミリもない。

 正確には、それをさせないくらい凶悪で、ヒロインの脳と心を恐怖や快楽で支配してしまうのが、NTRゲーの最凶間男という存在、というわけなのだ。


 だから僕はこの女の脳と心を支配しているという武器を遠慮なく有効活用させてもらいます。


「頼む、こんな俺を、信じて、くれないか……?」


「…………分かったわ」


 はい、チョロい。


「佐倉宮さん……!」


「もう土下座はいいから」


 佐倉宮は呆れたようにため息をつきながらも、その綺麗な顔には慈愛の微笑みのようなものまで浮かんでいる。涙を拭けということなのか、タオルまで差し出してくれている。こりゃ寝取られるわ。


「あたしだって、あなたの顔つきや立ち居振る舞い、雰囲気が、まるで別人のように変わったことくらい感じていたわ。それに、誠もああ言っているし……あの子が信じると決めた人を、あたしが疑い続けるわけにもいかないわ」


「ああ、あの新入生、佐倉宮さんの幼なじみなんだって?」


「ええ。実はそれもあるのよね。あたしが久吾君にされていたことを、あの子に知られるのは……うん、それだけは避けたくて」


「すまなかった……」


 ものすごく寝取られそうなセリフだ。


「いえ、それは終わった話だから。忘れましょう、お互いに」


「佐倉宮さん……!」

 

 いつの間にか終わった話にまでされてる。完全勝利やんけ。

 あとは念押しだけだな。


「それで言うと実は、俺にも同じような相手がいてな……」


「妹さんね。新マネージャーの璃子さん」


「ああ……」


 先ほど自己紹介は済ませているから、既に知っているのも当然だろう。

 俺の妹であることをめちゃくちゃ強調してたからな、あいつ。むしろ自己紹介なのに俺の妹であることくらいしか言ってなかったからな。どんだけ妹なんだ、あいつは。可愛すぎる。


「璃子だけには、昨日までのクズな俺を知られるわけにはいかなくてな……俺はあいつにとって、尊敬できる兄でなければいけないから……」


「なるほど、それが心を入れ替えた動機ってわけなのね」


 佐倉宮さんは「ふふふ」とお上品な笑いをこぼして続ける。


「分かったわ。前までの久吾君の悪評が璃子さんの耳に届かないよう、私も協力する。私にとっても、野球部全体としても、その方が絶対に良いのは間違いないし」


「ありがとう、佐倉宮さん! さすが我が部のチーフマネージャーだ!」


「でも、過去の悪評を隠したとしたって、今のあなたの行いが乱れていたら、何の意味もないわよ? 野球については信じることにしたけれど、それ以外の部分とか、ね?」


 何やら意味深に言ってくる佐倉宮さん。

 

 野球以外の行い?

 いや、セクハラパワハラも辞めると宣言したし、学業面で言ったら、この学園は結構なバカ校っぽいので、俺でも特に問題はなさそうなんだが。


「はぁ……」

 佐倉宮さんはため息をつき、

「異性交遊についてよ。百乃木舞香さんのこと」


「あ、ああ。舞香か。それについては一応、璃子には言ってある。付き合ってる、的な?」


 もちろん言いたくはなかったが、舞香をうちで生活させるために「そういう関係の設定があった」と説明せざるを得なかった。舞香は何かノリノリだったし。


 璃子も璃子で憤慨はしていたし、「野球ゲームのキャラに恋人とか必要です?」と不満顔ではあったが、「パワプロくんにもヒロインは必須だろ? ほら、健全なお付き合いって設定だしさ」と説得したら、渋々ながら受け入れてくれた。


 璃子はパワプロくんには詳しいからな。俺の名前の最強キャラ一人を作り、その他全選手を自分の名前にして遊んでいたからな。ちょっと怖かった。逆ならまだしもあれはさすがにちょっと怖かった。


 しかし、佐倉宮さんはさらに声の呆れを深めて、


「付き合っているって……本当なの、それ? 周りはそうは見なしていないわよ?」


「……………………あ、そっか」


 そうだった。セフレだったわ。都合の良い穴扱いだったわ。俺の元妹、この世界では俺の都合の良い穴扱いだったんだわ。


 佐倉宮のこの反応からすると、周りにそれを隠そうともしてなかったってことか……。

 まぁ、それもそうか。パワー系間男先輩ならそうするよな、そりゃ。かっけーっす。


 ……じゃ、ねーよ!

 ダメだろ、それじゃ! パワプロくんに都合の良い穴ヒロインが出てくるわけねーだろ! そんな野球ゲーム存在しない!

 バレる。バレるわ、これ。エロゲーだって。抜きゲーだって。


 くそぉ、見落としてた。すぐにでも対策しねーと……。

 

 舞香が俺のセフレだなんてバレたら、第二の人生までさっそくゲームオーバーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る