第11話 ついにNTRゲーム本編
昼過ぎのグラウンド。
ユニフォーム姿の俺の前に、八人の新一年生が並んでいた。
背中側では二・三年の野球部員十一人と女子マネージャー二人(つまりは舞香とメインヒロイン
入学式を終え、
その最初の挨拶を、主将である俺から行うわけである。
ちなみにこのシーンはシナリオ最序盤に当たるので、俺も実際にプレイ画面で見ている。
野球なんて真面目にやっていないくせに上下関係にはやたら厳しいことを示す、野球部主将のパワハラスピーチ。
しかも偉そうに演説しながら、後輩たちの前で見せつけるように、女子マネ(舞香)の肩や腰を抱き、おっぱいを揉みしだくという蛮行。
間男である山田久吾のキャラクター性を提示し、また主人公の胸に不穏な予感を漂わせるという役目を持った大事な場面である。
しかし、もちろん、俺はそんなシーンを再現しない。できるわけがない。
だって俺がプレイしたときと一つだけ違う点がある。
短髪・練習着姿の男子七人に交じって一人、ジャージ姿のプリティーな女子マネージャーがいる。
璃子だ。俺の可愛い妹だ。部員たちの前で堂々と立つ兄のことを誇らしげな微笑みで見つめている。
こんな妹にこの世界が実はNTRゲームだなんてバレるわけにはいかない。
だから当然、あんな不真面目不健全な挨拶などしてはならない。
そして同時に。俺は甲子園に行かなければならない。
そのためには、こいつらの力が必要だ。
自覚してもらわなければならない。自分たちは、甲子園を本気で目指す、まるで「野球ゲーム」のキャラクターなのだと!
俺は深呼吸して胸を張り、ゆっくりと、しかし、ハッキリとした声音で、仲間たちに語りかける。
「春休み中に参加してくれた部員もいるが、改めて自己紹介させてくれ。キャプテンの山田久吾だ。新入生のみんな、まずはうちの野球部を選んでくれてありがとう」
目の前の数人が目を丸くする。おそらく後ろの部員たちも同じような反応をしているのだろう。
俺が憑依する前の山田久吾を知っている人間からすれば、人が変わったかのように見えるはずだ。元の山田は、常に人を見下し、威嚇するような態度を取っていたからな。
ちなみに俺や舞香の見た目の変化に関しては、やはりこの世界の住人たちは認識できていないようである。
部員たちだけでなく、教室の生徒や教師たちの反応からしても明らかであった。
学生証の顔写真や、家やスマホの中にあった過去の画像の俺たちも、今の俺たちの姿になっている。
山田久吾と百乃木舞香は、この世界において初めから今の俺たちの姿だったと、書き換わっているようだ。
俺は新入生一人一人の目を見ながら、演説を続ける。
「長話をするつもりはない。端的に言おう。俺たちはこの夏、甲子園に行く。絶対にだ」
俺の宣言に、ざわめきが起こる。前からだけではない。むしろ、後ろの部員たちの方が大きな動揺を示しているようだ。
「お前らが驚く気持ちもわかる。俺たちは一回戦負け常連の弱小学園だ。甲子園なんて自分たちには縁がないと思っていたことだろう。だが、それは間違いだ。お前らは、自分のことを過小評価している。し過ぎている」
新入生だけにではなく、後ろも振り向きながら、俺は全部員に向かって、ハッキリと言い切ってやる。
「お前らは、天才だ。選ばれし存在なんだ。何の誇張もなく、な。大谷田も泣いて羨むようなギフトを、お前らは生まれ持っている。親に、神様に与えられたギフトだ」
自信満々で言い切る俺に、部員たちは目を見張って、息を呑む。
ちなみにこの世界の大谷翔平的な存在は大谷田翔也という名前になっていた。さすがにこんな下ネタ作品に実名は出せないよな。そんでメジャーで15勝30本塁打とか10勝40本塁打とか50本塁打50盗塁とかやっていた。やり過ぎだ。さすがゲーム。
俺は、止どめとばかりに、二・三年生たちに頭を下げる。深々と。
「これまではすまなかった。キャプテンの俺があんなでは、お前らも本気で甲子園を目指そうだなんて思えなかっただろう。だが、今日からは心を入れ替える。騙されたと思ってついてきてくれ。みんなで一緒に甲子園に行こう!」
これまで暴力とパワハラで部を支配してきた男の真摯な態度に、しかし、部員たちは未だ戸惑いを見せる。みな一様に、チラチラと周囲の様子をうかがうばかりであった。
うーん、やはりそう簡単にはいかないか。実際は「あんな」なんて三文字では済ませられないような蛮行を繰り返していたはずだからな、あんなパワー系間男なんて。璃子の前なので具体的なことを言えないのが歯がゆい。
ただ、璃子はまだ嬉しそうにニコニコとしている。「頑張れ、兄さん」と小さく口だけを動かしている。
「弱小校が甲子園を目指す熱血ストーリーの野球ゲーム」と伝えてあるからな。これも、乗り越えるべき困難の一つと見なしてくれているのだろう。
ま、俺もこの挨拶だけで全て済むとは思ってなかったしな。大した問題ではない。
こいつらが最強のギフトを持っているというのは紛れもない事実。璃子の目があるからここでは話せないが、後々、そこら辺を具体的に説明すれば、きっとこいつらもその気になってくれるはずなのだ。
とりあえずここは、俺が本気で甲子園を目指していると璃子に示せただけでも良しとしよう。
ベストではないが、及第点はもらえるシーンとなったんじゃないだろうか。
部員の列の端に立つジャージ姿のギャル系女子マネ――舞香に目配せする。
やはり、こいつも俺と同じ考えのようだ。軽く肩をすくませて、「ま、こんなもんっしょ」といった感じの返答を――
「――――っ」
思わず、声を漏らしそうになった。それくらい迫力があった。
舞香の隣に立つ女――三年の女子マネージャーであり、このゲームのメインヒロイン、佐倉宮琴那が、こちらをキッと睨みつけていたのだ。
サラサラの黒髪ロングがよく似合う、凛とした立ち居振る舞いの大和撫子。その切れ長の目には、俺に対する憎しみと猜疑が込められていて。
……そりゃそうか。このキャラが最も俺から酷い仕打ちを受けていたわけだからな。俺のこんな変わり身には、何か裏があると疑っているのだろう。
実は本来のこのシーンにおいても、山田久吾は佐倉宮と、そしてその幼なじみであり主人公である
スピーチ中にアイコンタクトを交わす二人を見つけて、怒鳴りつけるのだ。その後はゲス笑いを浮かべながら、二人の関係を下品に弄ってセクハラ発言までトッピングするというおまけ付きだ。
これは少し、マズいかもしれないな。女子マネからこんな目線を向けられているのを璃子に気付かれたりしたら、誤魔化すのは容易ではない。
なぜ熱血もの野球ゲームでキャプテンキャラが女子マネにキッと睨みつけられるのだ。説明がつかない。
凛とした大和撫子キャラがキッと睨みつけるなんて、もうそういうシチュエーションしか思い浮かばない。
仕方ない、少し不自然さは残ってしまうかもしれないが、この場面は無理やり切り上げて逃げることにしよう!
俺と同様、隣の彼女の視線に気づき、やはり俺と同様の考えに至ったのであろう舞香も、何か声を上げようと口を開き、
「感動しました、久吾先輩! いえ、キャプテン!」
そんな俺らの発言を遮ってきたのは、男にしては高めの声、野球部にしては細い体と長い黒髪――この世界の主人公、野茂誠のハキハキとしたセリフであった。
「あ、ああ、野茂か」
予想していなかった方向からの声に戸惑っていると、野茂は俺に駆け寄ってきて、
「僕も行きたいです、甲子園。絶対行かなきゃいけない理由があるんです! だからキャプテンの言葉、信じます! 僕らには才能があるって!」
キラキラと目を輝かせて、俺の右手を両手でガチっと握ってきた。
そうか、確かにこいつならこうなってもおかしくないか。
山田久吾の凶悪NTRのせいで心が壊れてしまうことになるが、元のこいつは、幼なじみの佐倉宮を本気で甲子園に連れていこうと心に決める、爽やか野球少年だったのだ。
そんな爽やか主人公君は他の部員たちを爽やかに見回し、
「みんなも! 先輩方も! キャプテンを信じてみましょうよ! 行きましょう、甲子園! 僕たち祢寅学園野球部で!」
その爽やかな鼓舞に、部員たちは一瞬固まるも、前後から聞こえてきた拍手の音――まぁ俺のダブル妹によるものだが――に後押しされるように、手を叩き始める。
「おう、ありがとな、野茂! みんなも頼む! ここが、俺たちが変わるチャンスだぞ!」
再度ざわざわとし出す野球部の輪。しかし、それは先ほどまでよりもポジティブな空気をまとっているようで。
「久吾さんがああ言ってるんだし……」「ああ、やってみようぜ、試しにさ」「オレも実は入ったばかりのころは割と夢見てたんだよな、甲子園」
空気はもう完全に、甲子園を目指そうというものになっている。
さすがだ。信じてたぜ、みんな。
だってお前らNTRゲーのモブキャラだもんな。竿役だもんな。汁男優だもんな。メイン間男の言葉に逆らえるわけないよな。空気に流されることにかけちゃ、右に出るものないもんな。
「うふふ、さすが兄さんです! 甲子園、楽しみです!」
璃子も満足げに微笑んでいる。
よっし、ひとまず第一関門はクリアだな!
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