第10話 ビュルルルルルッ!ビュルル!ビュル……ッ……ビュッ!!ビュルルルルッ!
今日から俺の寝床となるベッドの上で、俺は打ち震えていた。
やはり、予想は当たっていたようだ。
これなら、甲子園出場という目標達成にも一気に現実味が帯びてきたと言えるかもしれない。
「舞香、重大な発見をしてしまった……今すぐ来てくれ」
俺はこの事実を伝えるべく、唯一のパートナー、舞香を呼び出した。
*
「どったの久吾、もしかしてネットで何か有益な情報でもつかんだ?」
隣の部屋で眠る璃子に気取られないようにしているのか、舞香はコソコソと俺の部屋に入ってきた。
ちなみにこいつはリビングに布団を敷いて寝ることになった。璃子がそれしか許さなかった。
また、今着てるTシャツもショートパンツも下着も、百乃木舞香のものがこの家に置いてあったらしい。璃子が見つけてきて、とても嫌そうな顔をしながら舞香の前に投げ捨てていた。
お泊りセットが常備されているとは、さすがセフレ。もちろん璃子には「健全で清らかなお付き合いをしている恋人という設定」だと伝えてあるが。
「でもさ久吾。焦る気持ちもわかるけどさ、今日はもう休も? 甲子園行くってゆーなら体が資本なんだからさ。あ、そういやクレアチンもあったよ。準備しとくから、明日から飲も。量は二年前までと同じでいいよね」
「いや、もっとたくさん摂る必要があるだろうな」
「そう? あー、二年間摂ってなかったからローディングするってことね――って、何かこの部屋、変な匂いしない?」
すんすんと鼻を鳴らして「けっこう好きかも、私これ」と呟いている舞香。
うん、それ以上余計なこと口走る前に教えてやるべきだな。
「これだ。これを見てくれ、舞香」
俺はベッド脇に置いておいたМサイズのレジ袋を舞香に差し出す。
不思議そうに受け取った舞香は、口の結び目を開いて中を覗き込み、
「ん? なにこのでっかいスライム」
「精液だ」
「せいえき」
「俺の精液だ」
「久吾のせいえき」
「めっちゃいっぱい出た」
「めっちゃいっぱい出してる」
「見ての通り、信じられんほど高い密度と粘度だ。嘘みたいだろ。液体なんだぜ、それで」
「死ね!!」
回し蹴りが腹に飛んできた。体が資本とは何だったのか。そして袋の中身は一滴もこぼさぬよう完璧に死守していた。さすが舞香。そしてさすが俺の精液。ほぼ個体だから簡単にはこぼれない。
「なに感動の再会果たした妹に欲情してシコってんの、このド変態!」
「なっ……、誤解すんな! 璃子を、大切な妹を性的な目で見るとか、そんな最悪なことするわけねーだろ、俺が!」
「元妹に精液詰め込んだレジ袋手渡すのは果たして最悪なことには含まれないのか」
いや、ていうか俺、手渡すつもりはなかったからな? お前が勝手に受け取っただけだからな? 俺はただ、見てもらいたかっただけであって。自分の精液を。
「まぁ、落ち着けって舞香。深呼吸」
「両手に兄の精液袋持って深呼吸しろと?」
「冷静になって、それを見て、どう思う?」
「頭がおかしいと思う」
「俺の体から出たんだぞ、それ。たった一発で。これがつまり、どういうことなのか――もうわかるよな? お前なら」
「わからん」
そうか、ならば説明しよう。
「俺のテストステロン分泌量がそれだけ多いってことだ。通常なら絶対ありえないほどにな。もはや人間やめてるレベルだ」
「…………っ!? そっか、そーゆー……」
目を見開く舞香。俺が言いたいことを、ようやく理解してくれたようだ。
「要するに今の俺はおそらく、めちゃくちゃ筋肉がつきやすい体質だ。ステロイドユーザーなんて目じゃないほどに、な」
この世界で甲子園に行く――そう決意した次の瞬間には、俺はこの仮説に思い当たっていた。
他のエロゲーの例に漏れず、この作品キャラの精液量も半端ではなかった。現実ではありえない量が出まくっていた。
そしてNTRゲーのパワー系間男といえば、そんな中でも断トツの射精量を誇る属性だ。
もしその特殊体質が俺にも受け継がれていれば……と考えずにはいられなかったわけだ。
元の世界の俺は、幼い頃から痩せ型でなかなか太れない体質だった。
筋肉も脂肪も付きにくくて、この体を作るのにもかなりの苦労をしたものだ。食事やトレーニング管理・モチベーション管理など、舞香の手助けがなければ絶対に成し遂げられなかったことだろう。
しかし、それでもなお、全国トップレベルの球児たちの肉体には追い付いていなかったと思う。身長も180弱では武器にならない。フィジカルは常に俺の悩みであった。
その悩みが、この世界では解消されるかもしれない。いや、それどころか、
「明日からオーバーカロリーでウエイトトレーニングしまくって、体をめちゃくちゃデカくしていくぞ。俺たちが甲子園に行くために必要なことの中で、これが最も大きな要因になるはずだ」
一度目の人生で二年半高校野球をしてみてたどり着いた結論。それは、有望な選手が集まるわけもない弱小校で甲子園に行くためには、フィジカルを鍛え上げてパワーで圧倒するしかないということだ。
しかし夏までは残り四か月弱。通常であれば大幅増量なんて間に合うわけがない。
だが今の俺はあらゆるドーピングを遥かに超えるチート能力を手に入れてしまっている。
あとは食事・睡眠・トレーニングという努力のみ。俺は本当の怪物になってしまうかもしれない。
「久吾、そんなこと考えてたんだね」
舞香は
「でも、それ大丈夫なのかな……体に負担とかありそうなら絶対ダメだかんね?」
「大丈夫なはずだ。あくまでも俺の体はナチュラルだからな。このテストステロン値は生まれ持った俺の体質なんだ。後天的・人工的にアナボリックステロイドを投与された人間とは話が違うだろう」
もちろん、生まれつきとはいえ、この異常な血中テストステロン濃度は、長期的に見て体に何らかの健康被害をもたらす可能性はある。が、それを舞香に知らせて余計な懸念を抱かせても仕方ないし、そんなデメリットなんてどうでもいいほどに、この体質は俺にとってメリットが大きすぎる。
おそらく、元の山田久吾は全くトレーニングなんてしていなかったんだろう。不良だしな。
それでも、努力を重ねた俺と同じような肉体を持っていた。ただダラダラと野球と、そして喧嘩や暴力を気まぐれにしているだけで、だ。まさに生まれ持ったギフトと言えるだろう。
「正直、実際に射精してみるまで確証はなかったんだけどな。顔や体が俺になっている以上、ホルモンバランスなんかも元の山田久吾のものと変わってしまっている可能性は充分あった。しかし検証の結果、こうして受け継がれているとわかったわけだ」
とはいえ、自信はあった。
この体の内から湧き上がってくるような、何とも言えない高揚感。まぁ、要するに強烈なムラムラなのだが、これは転生前の俺にはなかった衝動だ。前の世界の俺は性欲も精力も、人並み程度であった。
やはり、ここがNTR抜きゲーである以上、この能力だけは喪われることを世界が許さなかったのかもしれない。
NTRゲーの間男の射精量が平凡だなんて、世界の根幹を、理を揺るがしかねない現象だ。
俺の精液が少ないということは、この世界の終焉だと言っても過言ではないのかもしれない。過言か。
「そっか、ホルモンバランス……ってことは、もしかして私の月経周期とかも前世と変わってたりするかもなのかな」
「そろそろだもんな、本来なら」
「そうそう。だから準備とか――何で把握してんだよ妹の生理周期! 死ね!」
蹴りを一発くれて、プンスカと飛び出していってしまった舞香。
いや、だって長年一緒に暮らしてたわけだし、自然とさ……それに共有してた方が役立つこともあるだろ。
よし、ここは先んじて舞香御用達のナプキンでも買っておいて、ご機嫌取りでもするか。この世界でもあるのかな、ソフィ肌おもいオーガニックコットン極うすスリム軽い日用(羽なし)と、特に多い昼用(羽つき)と、多い夜用(羽つき)。
「やれやれ、困った元妹だぜ。璃子を見習ってほしいもんだよ、まったく」
だが、俺の体調サポートに関しては超一流だからな、舞香は。あいつの言う通り、さっさと寝るべきだよな、今日は。
「ふぅ……」
こうして、新たな世界で生まれ変わった俺たちの新生活、第一日目がようやく幕を閉じ――
「あっ! 舞香の奴、しれっと俺の精液持ち帰りやがった!? どうするつもりだ、あいつ!?」
こんな感じで幕閉じた。第一章、完。
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