第9話 ダブル妹修羅場

「え、そうなんですか。舞香ちゃんは兄さんの妹になれなかったんですね」


 リビングにて。

 お風呂上がりの璃子が「あらまぁ」といった感じで、口を押さえる。

 ファンシーな部屋着姿が相変わらず似合っている。


 ていうか前の世界と同じやつ持ってるんだな。父さんが棺の中に入れてたっけ……って、あああああああ思い出しくない、璃子は今ここで生きているんだ!


 うん、嫌なことは考えないようにしよう。


「まぁ、そーだけど。あんたの姉でもなくなるわけだね、そういや」


 舞香はソファでスマホをいじりながら、素っ気なく答える。この世界のことについて、引き続き調べているのだろう。


 ――璃子にはとりあえず、舞香の存在が、このゲームの女子マネキャラ、百乃木舞香という立場に入れ替わっていること、そして俺も元からゲームにいた野球部キャプテンの立場に入れ替わっていることだけを伝えている。

 NTRゲーであることを隠すにしても、ここら辺のことは教えないわけにいかないしな。教えても不都合ないし。


「あらあら、それはとても残念ですね! じゃあ舞香ちゃんはこのお家にわたしたちと住めないんですね! せっかく今夜は、わたしたち兄妹の新生活記念に豪勢なお夕飯を用意しようと思っていましたのに」


「あー、いーや。璃子は休んでなよ。ご飯は私が作るからさ。これからもずっと。器具とか調味料とか揃ってる感じ?」


 とても残念そうに微笑む璃子だったが、舞香は平然とした様子で立ち上がり、キッチンへと向かう。


「ん? んん? どういうことでしょうか、舞香ちゃん。そこは私のキッチンなんですが。赤の他人が気軽に立ち入っていい場所ではないのですが」


「んー? あれ、言ってなかったっけ。私も基本、この家で生活することになったからさ、ご飯は私に任せて、これからずっと」


「んんん? なぜ? それはなぜ? 舞香ちゃんが何を言っているのか、璃子にはわかりません。それは赤の他人の舞香ちゃんが勝手に決めていいことではない気がするのですが」


「勝手じゃないし。何かよくわかんないけど久吾がそうしてくれって頼んできたから。久吾が頼ってきたから、仕方なく、ね?」


「…………兄さん?」


 璃子の首がギギギと、油の切れた機械のようにゆっくりこちらを向く。笑顔が怖かわいい。ちゃんと言い訳しないと。


「すまん、璃子。勝手に決めちまって悪いが、ほら、だって璃子って頑張り屋さんだからさ、ある程度強制的に止めないと、何でもかんでもやってくれようとしちまうだろ?」


「何を言ってるんですか、兄さん。璃子は好きで兄さんのお手伝いをしていますのに」


「でも頻繁に病院通ってもらいたいのも事実だしよ、それにせっかく元気に学校行けるんだから、自分の生活を最優先してもらいたいんだ。俺や舞香はもう二度目だけど、璃子には一生に一度きりの学園生活になるんだ。俺らに配慮なんて必要ない。俺らの力だけで璃子を必ず甲子園に連れていく。だから璃子は自分のことだけ考えてくれ! 大切な妹に、貴重な時間を無駄にしてほしくない! それが兄さんの願いなんだ!」


「兄さん、そんなに私のことを……っ」


 不満げな璃子だったが、俺の熱い言葉を聞くにつれ、目をウルっと潤ませていく。チョロかわいい。


「兄さんのお気持ち、とても嬉しいです……! わたし、高校生活を精いっぱい楽しみます! まぁそれはそれとして赤の他人の舞香ちゃんがうちに住むのはやっぱりどう考えてもおかしいと思います」


 チョロくないかわいい。


「だってそうでしょう? もう兄さんの妹ではない赤の他人の舞香ちゃんには、別のご家族がいるわけですよね? 赤の他人のお家にお邪魔しっ放しだなんて、ご家族が心配しますよ、舞香ちゃん。わたしも元妹としてとても心配です……っ」


 気遣わしげに元姉を見やる璃子。優しかわいい。


「や、親にも許可もらってるし。ほら、これ」


 冷蔵庫の中を覗き込みながら、スマホ画面をこちらに向けてくる舞香。

 そのトーク画面には、確かに親に長期外泊を許可されるまでの簡素なやり取りが表示されている。


 璃子は頬をピクピクさせながら、それを覗き込み、


「んんんー? 『先輩のうちにしばらく泊まるから』って……舞香ちゃん、これちゃんと男の先輩ってこと親御さんに伝わってます? ダメですよ、ズルは」


「伝わってるけど? 『久吾先輩』とはそーゆーお泊りする関係だって向こうも知ってるっぽいし。親公認。ほら、私が憑依する前の百乃木舞香のトーク履歴見れば、わかるっしょ?」


「…………あぁん?」


 真顔でトーク画面を遡っていった璃子は、思いっきりドスの利いた声を漏らしていた。もはや舞香だった。いやもうやっぱ姉妹だろ、これ。血ぃ繋がってるだろ絶対。


 一方の舞香はすまし顔で調理器具を準備しつつ、


「まー、何か? この世界だと久吾と私、そーゆー関係って設定みたいなんだよね」


「ああぁん!?」


「ほんっと困るよねー。キモいよねー。久吾とそーゆー関係とかさー。でも、ま。兄妹じゃないからさー。実の妹は実の兄と絶対そーゆー関係になれないけど、最悪なことに今の私ら血縁関係ないからさー。そーゆー関係でも何の問題もないってゆーか? 参っちゃうよねー。あ、久吾。鶏胸とりむねも卵もちゃんとあったよ。今までの感じでちゃっちゃと作っちゃうね」


 まぁ、そういうことだ。そういうことにしたのだ。


 舞香にはやはり、俺のそばにいてもらいたい。

 目的を達成するために都合がいいし、何より、見知らぬ家庭で過ごすという苦行をこいつに背負わせるわけにはいかない。


 百乃木舞香の親が、無期限外泊を許可してくれたのは本当だ。

 娘が野球部の先輩と正式に交際していると思い込んでいるのか、そもそも娘に関心がないのかはわからないが、どちらにせよ、さすがはエロゲー、NTRゲーといったところだろう。親の教育方針もガバガバだ。


「うぐぐぅ……妹じゃないくせに何て生意気な……!」


 璃子は悔しそうに歯ぎしりをしていた。


 まぁでも、璃子に自分の時間を大切にしてほしいというのも本音だ。


 もう俺たちは、この世界で生きていくって決めたわけだしな!

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