第6話 敬語系妹が自分のこと愚妹って言うのは可愛いと思う

璃子りこ!」


「はい! 何ですか、兄さん!」


「璃子! 璃子!」


「兄さん! 璃子はここにいますよ! どこにも行きませんよ!」


「璃子! 璃子! 璃子!」


「兄さん! 兄さん! 兄さん!」


 リビングのソファで最愛の妹と隣り合い、見つめ合い、手を握り合い、そして存在を確かめ合う。


 妹が、いる。


 俺には可愛い妹がいる! 最高の人生だ! 人生万歳! 世界万歳! やったぜ! きゃっほぃ!


「あんたら何分それ続ける気なの……」


 ローテーブルの向かい側から、野暮な声が飛んでくる。座布団で体育座りをしている舞香だ。ジトっとした目でこちらを見ている。


 まったく、こういうとこあるよな、こいつは。素直じゃないというか、照れ屋というか。嬉し泣きなんて絶対俺らに見せないもんな。


 ――璃子との奇跡の再会から十数分が経ち、俺の頭もようやく落ち着いてきた。


 俺たち三人は今リビングで、璃子が淹れてくれたカモミールティーを飲んでいる。うーん、やっぱいい家住んでんな、山田久吾。ていうか俺。


 当初は驚愕で言葉を失っていた舞香も、今は俺以上に平静を取り戻しているようだ。イチャつく俺と璃子を眺め、ゆっくりと口を開く。


「本当に璃子、でいいんだよね? 何でここに? いつから?」


 まぁ、それは聞かなきゃいけないよな、さすがに。

 でも、正直怖い。何も聞かず、この状況を素直にまるっと受け入れてしまった方が幸せなんじゃないだろうか。


 しかし璃子は何事でもないかのように朗らかな笑みを浮かべ、


「はい! さっきですよ、わたしがこの世界に入ってきたのは! 何でかはわかりません! でもびっくりしました! 兄さんはきっと、わたしがゲームの中に入ってしまってもまたわたしの兄さんでいてくれるって信じてましたけど、舞香ちゃんまでこのゲームの中に来ちゃったんですね!」


「そうだよな、璃子。俺らと同じで、お前だってゲームに転生しちまう理由なんてわかるわけ……ん?」


 あれ? 何かおかしなこと言ってないか、俺の可愛い妹ちゃん。


 舞香も違和感に気付いたのか、顔をしかめる。


「璃子あんた、この世界が久吾のゲームの中だって気づいたの? 自力で?」


「あっ! そうやん! 璃子、何で……!?」


 あれ? え? ん?

 これ何かもしかして、マズくね……?


「うふふ、何でも何も……あれ?」


 俺たちの視線を一斉に浴びて、璃子は、こてんと可愛く首を傾げる。


「何ででしたっけ……? でも、兄さんのあらゆる購入履歴はチェックしていましたから、その中に『パワフル甲子園』という野球ゲームがあるのは知っていましたよ♪ スマートフォンでダウンロードできなかったので詳しい内容は知りませんが、この制服とかのデザインが記憶の片隅に残っていたのかもしれませんね!」


 と、どこか誇らしげに胸を張る璃子。

 なぁ、人類。これ、俺の妹なんだぜ? 可愛すぎない?


「何であんた、実の妹にログインパスワード把握されてんの?」


 それは俺も知らん。震えてる。


 でもまぁ、なかなか外に出られなくなった璃子と遊ぶゲームとか買うために作ったアカウントだったもんな、元々。無意識のうちに教えてたのかもしれん。


 うん……いや、あっぶねぇええええ!! 内容までバレてなくてよかったぁああああ!!


「あれ? どうしました兄さん。そんなに目を泳がせて。野球ゲーム、ですよね……? もしかしてわたし、何か間違えてしまいましたか……? 愚妹、でしたか?」


「ううん、めっちゃ賢妹。可愛妹かわいもうと。そ、そんなことよりよ! そうだ、制服って言やぁ、そのセーラー服ってもしかして!」


 俺は無理やり話を逸らした。いや、これも気になってたのは嘘ではないのだが。


「そうなんです、兄さん! わたし、高校生です! 兄さんのその学ランと、ほらエナメルバッグにも! 祢寅ねとら学園って書いてあります! わたしも明日から兄さんと同じ高校に通えるんです!」


「璃子……! 本当なんだな!?」


 再度、感涙しながら手を握り合う俺たち。

 高校ではなく学園だけど、そこは良しとしよう、うん!


「はい! 兄さんのゲームの中に入れたおかげで、わたし、治療前の体に、いえ、病気をする前の体に戻れたんです! 治ったんです! 体型もこの通り! 髪の毛も見ての通り! お肌も、はい! 触ってくださいモチモチです、モチモチ璃子ちゃんです! 元気です! 前の世界でできなかったこと、ここでなら全部できます!」


「璃子ぉ!! でも念のため病院は行こうな! この世界では毎日健康診断受けような!」


 俺は妹の健康でモチモチな体を抱きしめる。

 うん、ものすごく健康的だ。ものすごくモチモチだ。ものすごくいい匂いだ。ちゃんと璃子本来のフルーティーな香りがしてまた泣いちゃった。


「うふふ、くすぐったいです兄さん、わたしまだお風呂入ってないんで首筋に鼻先こすりつけないでください♪ あと毎日は無理ですさすがに。わたし、高校では兄さんの野球部のマネージャーやるんですから!」


「ふぇ?」


 モチモチの妹が思いがけないことを言い出すので、つい幼女のような声が出てしまった。


 璃子は胸元で両拳を作って(かわいい)、誇らしげに言う。


「だって、兄さんとわたしの約束ですもんね! 甲子園に連れていってくれるって!」


「――――」


「『何度生まれ変わっても、何度でも、ずっとずっと兄さんの一番の妹になる』って、わたしの約束は果たしました。でも、兄さんのおかげで守れた約束です。だから今度は、兄さんにわたしとの約束を果たしていただけるよう、この愚妹も精いっぱいお手伝いさせていただきます! うふふ、大好きですよ、兄さん♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る