第5話 敬語系妹の兄に対する呼び方は「兄さん」か「名前にさん付け」どっちが好き?

 帰ると言っても、この世界では俺と舞香の家は別々なのだった。だって、兄妹じゃねーし。


 が、とりあえず俺、山田久吾の家に、舞香も連れてくることにした。

 確か、理由はわからんが山田久吾の両親は常に不在という設定があったはず。エロゲだ。いや元の世界の俺んちも最近親不在だったけども。


 とにかく、この世界のことを調べたり、これからのことについて二人で話し合う場所としては、悪くない選択肢だろう。


「てか、そっか、兄妹じゃないんだ、私ら」


 学園から徒歩十分。目的の家に着いた舞香の第一声はそれだった。独り言のような呟きで、表情も真顔。だから、その言葉にどんな感慨が込められているのかはよくわからない。が、「築年数の浅そうな二階建ての良い一戸建てだな」とかそういう感想を抑えて漏れ出たくらいなのだから、こいつの中ではそれなりに大きな意味を持った感情ではあるのかもしれない。


 てか、そうに違いないな、うん。


 俺だって、上手く言葉にはできないが、思うところはある。口に出して言われたことで、再認識してしまった。


 俺にはもう、妹がいないんだな。


「久吾? ほら、ボーっとしてないで、入ろ? 私ちょっと横になりたい」


「あ、ああ、そうだな」


 いけねぇ、また無駄なこと考えちまってた。


「この世界においても、ここでなら気を抜いてリラックスしていけるはずだぞ」


 何てったって、俺ら以外に誰もいない空間になるわけだからな。

 この世界に入り込んでからずっと張り詰めてたせいで、さすがに疲れたわ。


「お邪魔します、じゃねーか。ただいまー」


 財布に入っていた鍵を使って玄関に入り、舞香を招き入れる。舞香は口をモゴモゴさせた後、「うぃ」とだけ呟いて入ってきた。


 まぁ、やはり気持ちはわかる。俺たちはずっと家族をやってきたわけで、いきなり割り切って考えろと言われても難しい。


 この後、見知らぬ家族が待つ自宅へ帰らなければいけない不安もあるのだろう。

 俺だって、正直に言えば、この世界でも舞香と暮らしたい。

 家族が誰一人いない世界で生きていくのは、俺にとって――


「あ! 兄さん! おかえりなさい兄さん!」


「は?」「え?」


 時が、止まったような気がした。


 いや、実際に止まったのかもしれない。この世界がゲームなのであれば、時を止めることは可能だ。


 目の前に、妹が、立っていた。

 俺と舞香の妹が、パタパタと駆け寄ってきた。

 二年前に死んだ璃子りこが、生前と同じ、十六歳の姿で、俺に抱き着いてきた。


 あ、止まってねぇじゃん、時なんて。普通に動いてんじゃん。

 だって璃子が俺の胸でスンスンと鼻を鳴らしている。匂いを嗅いでいる。幸せそうな微笑み浮かべて首を小刻みに揺らしている。昔からの癖だ。


「どうしたんですか、兄さん? いつもみたいに撫でてくれないんですか?」


「え、あ、ああ」


 黒のミディアムヘアを撫でてやると、昔と同じように「きゃっ」と小さく声を漏らす。昔と同じようにサラサラの髪。温もりも、胸の鼓動こどうも、昔のまま、俺に伝わってくる。


 璃子だ。


「璃子……! 璃子なんだな……!? 璃子……!」


「はい! 璃子ですよ、兄さん! 世界一兄さんのことが大好きな、世界一の妹、璃子ですよ!」


「…………っ、うっ、璃子……っ」


 声が詰まる。胸が詰まる。


 あ、ダメだ。もう無理。


「ううぅっ……うううぅ! ああああああああぁぁぁっ! 璃子ぉおおおおおお! 可愛いよぉおおおおおおおお!」


 俺は膝から崩れ落ちていた。泣き喚いていた。スカートから伸びる璃子の真っ白い御御足おみあしにしがみついていた。スベスベの太ももにほっぺをスリスリしていた。


「いや泣き方キモ」


 舞香が何か呟いていた。

 うるさい、妹じゃないくせに口出すな。

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