第3話 非オタクキャラに転生のこととかいちいち説明すんのめんどい

「いいか、舞香。とりあえず、状況を整理するぞ」


「やだ。整理したくない。そんなことより久しぶりにあんたの上腕三頭筋長頭さわらせろ」


 兄の二の腕に頬ずりして現実逃避中の舞香、妹のほっぺは昔と変わらずスベスベで気持ちいいなぁとか思っちゃってる俺――そんなアホ兄妹は、人気のない物陰に腰を下ろしていた。

 逆に言うと、ここ以外には人気があった、というか普通に人がたくさんいたということだ。制服や学校ジャージや部活ユニフォームを着た若者がたくさんいた。要するに学校だった。めっちゃ高校だった。あ、いや、学園か。めっちゃ学園。


 俺たちが倒れていたのは、見知らぬ学園の敷地内、部室棟の脇だったのだ。『部室棟』と書かれた看板がこれ見よがしに掲げられていたので間違いない。


 俺たちが今座っているのも、その部室棟の裏手だ。そこかしこから運動部の掛け声やボールが弾かれる音が聞こえてくる。懐かしい空気感だ。


 そしてどうやら今日は、この学園の春休み最終日ということらしい。運動部にはもう新一年生も練習に参加したりしているらしい。やけに説明口調っぽい感じで女子学生たちがそんな会話をしていたので間違いない。


 ……何ていうか、こっちから情報を得にいかなくても、世界の方から勝手に状況を説明してきてくれている。


 うーん、これは……。


「わぁ、久吾の腕だぁ。外側頭がゴツゴツしてるぅ。久吾の匂いスンスン」


「妹よ、そろそろ正気を取り戻さないと絶対後悔するぞ」


「いいんだもん。どうせ夢なんだから覚めないうちに堪能たんのうしとくんだもん。いつも夢ではこうだもん私」


「よし、聞かなかったことにしてやるから、いったん離れてくれ」


 目がトロンとし始めていた妹を体から剥がし、再度向き合う。


「舞香、ここはな、俺がさっきあの部屋でやっていた、ゲームの中だ」


「つまり夢じゃん、やっぱ。ほら、いつもみたいにイチャイチャラブラブちゅっちゅしよ? 夢なら兄妹でイチャイチャラブラブちゅっちゅしても何の問題もないからね。私が法律。民法。神」


「夢っていう仮定はいったん破棄した方がいいぞ。これ以上、実の妹の尊厳を傷つけたくない」


「まぁ確かにいつもの夢なら、もっと久吾の方からチューとかムギュゥとかしてくれるはずか……で、なに? ゲーム? は?」


 本当にそれでいいのかはわからんが、とりあえず最低限話を聞く態度にはなってくれた舞香。俺は自分の脳内の整理も兼ねて、説明を続ける。


「俺と同じ名前のキャラとお前と同じ名前のキャラがゲーム内にいたのを見たろ。画面にぶつかった拍子に、俺たちはそれぞれ自分と同じ名のキャラに魂が乗り移っちまったんだよ。魂っていうか、見た目も丸ごとだけど」


 まぁ、もともと何となく俺らに似た雰囲気のキャラではあったが。


「なにその発想……。この意味不明な状況に何らかの説明をこじつけるにしたって、何でそんな突飛なアイディアが真っ先に出てくんの。どっから降ってきたの、それ」


「うーん、いやお前はアニメとかラノベとかゲームとか知らんからそう感じるんだろうけど、オタクコンテンツではよくある展開なんだよな。ゲーム内に転生とかゲームキャラに憑依みたいなのって。そういう知識から出てきた発想です」


「ふーん……いや、あんただって野球ばっかで、漫画とか通ってこなかったじゃん。ゲームだって、あの子に付き合ってやるくらいでさ。どしたの最近」


 そりゃまぁ、死んだ人間がどうなるのか知りたくて、答え探して、宗教勉強してもピンと来なくて、そうこうしてる内にたどり着いちゃったんだよ、転生ものの作品に。NTRものに関してはまた別件だけど。


「まぁ、いいだろ、別にそこは。でな、とりあえずゲームキャラに憑依してると仮定して。ほら、見てみろ、これ」


 俺は自分が被っていた帽子のつば、その裏側に油性ペンで書かれていた四文字を舞香に見せる。


「『山田久吾』……? 山田? って?」


「このキャラの苗字だよ。俺らとは違うだろ」


「うん。まぁ」


 ハッと目を見開くも、いまだピンとは来ていない様子の舞香。

 まぁ、仕方ないな。時間かけて納得させるしかない。


「お前も、そうだな。ポケットにスマホとか、あと財布か。そういうの、入ってないか」


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