第2話 見た目ごとキャラと入れ替わるタイプの転移

「ぶもっ!」「ぴゃっ!」


 変な声が出た。背中で変な声出してる奴がいる。

 パソコンにダイブすることになった俺は、日差しに熱されたアスファルトに突っ伏し、その背中に舞香がうつ伏せで倒れるという形に――え?


「は?」


 日差しに? 熱された? アスファルト?


 自分の思考に対して聞き返してしまう。


 うつ伏せのまま、顔だけを上げる。

 やはりアスファルトだ。日差しによって暖められた。

 そう。日差しだ。

 カーテンを閉め切り、クーラーを効かせた部屋にいたはずの俺が、屋外にいる。しかも、降り注ぐのは何故か、あの照りつけるような真夏の太陽ではなく、包み込んでくれるような穏やかな陽光。春の匂い。


 何だこれ。


「ちょっと久吾あんた、妹の体くらいちゃんと支え――え?」


 さすが妹。俺と同じような反応をしてやがる。俺の背中の上で。さっさと降りろ。

 でもまぁ、兄妹とか関係ねーか。誰だって呆然とするよな、そりゃ。さっきまで俺の部屋にいたはずなのに、一瞬にして外に……しかもよく見たらここ、どこだ? 俺んちの庭でもねーじゃねーか。


「なぁ、舞香。これは、一体、」


「久吾、あんた何でその格好……ってか、え? は? 体……」


「ん?」


 舞香の口から真っ先に漏れ出たのは、場所に関する疑問ではなかった。

 俺の背中で上半身を起こしたらしい妹は、兄の体を上から下まで確かめるように撫で回し、揉み回し……いや、いい加減降りろ。


「ご、ごめんなさい、人違いでした! あれ? え、ここに久吾、あ、ガリガリでボサボサのバカ兄貴いませんでした!?」


「はぁ?」


 何か知らんが、ようやく俺から降りてくれた舞香。意味不明なことをのたまっているが、もしかして頭でも打ってしまったのだろうか。


「何言ってんだ、お前。大丈夫か? つーか何だその制服。夏コミはまだ先だぞ」


「え、あ。何だやっぱ久吾か」


 体を起こして振り向くと、舞香は尻もちをついてこちらを見上げていた。なぜかセーラー服姿だった。


「マジでどこかぶつけたりしてないか? てかお前痩せた?」


「あ、うん。だいじょぶ。太った、二キロ」


 手を引いて立ち上がらせると、舞香はどこか呆けたように俺の顔を見つめ、そして頭から足までを舐め回すように見て、


「って、やっぱり久吾じゃない!? 久吾だけど久吾じゃない! 私が知ってる久吾だけど今の久吾じゃなくなってる!」


「おおい、どうした。やっぱ、一応診てもらうか?」


 急に瞠目して兄の名を連呼する妹。今のお前に必要なのは久吾ではなく救護なのかもしれない。


「いや……いやいやいやいやいや! だって、あんた……自分の体見てみなって! あと頭! 髪!」


「はあ」


 見てみなと言われたので、素直に自分の体を見下ろしてみる。


 まん丸としたメロン肩、太々とした上腕、血管が浮き出る前腕。胸板は厚く、広背筋が前からも見えるほどに広がっている。そこから骨盤まではV字を描くように引き締まっていき、ベルトを境にまた図太い下肢が広がっていく。後ろに手をやれば、広背筋以外もゴツゴツと浮き出た背中、そして迫力満点のケツとハムストリングス。


 まぁ、要するに。見慣れた光景だ。だって自分の体だし。俺自身が俺の意志で、約束のために鍛え上げた――


「って、何だこれ!? 戻ってる! あんときの俺に!」


 二年間の引きこもり生活でガリガリになってたはずなのに! あ、そういやさっき舞香の手を引いたときも、昔みたいな感覚だった! 見た目通りちゃんと筋力も戻ってる!


「つーか、これ。何だよ、このユニ……」


 そしてその肉体の上に纏っていたのは、野球のユニフォームだ。と言っても、俺が高校時代に着ていたものじゃない。高校野球のものとしても、かなり質素なデザインだ。練習着のような白地の胸部分に、黒の楷書で『祢寅ねとら学園』と書かれているだけ。


「ん? 祢寅学園って……」


「久吾久吾。あと頭も。かっこよくなってる。触りたい、触りたすぎる、触らせろ」


「ああ、ホントだ。懐かしいな、何か」


 いつの間にか被っていた黒のキャップを取り、自らの頭を撫でてみると、天然芝のような気持ちいい手触りがあった。おそらく3ミリほどの坊主頭になっているのだろう。あと妹が動揺し過ぎて普段なら吐かない本音を漏らしまくっている。


 一方の俺はというと、体型の変化の方が衝撃的過ぎて、髪型になんてリアクションをとれなかった。

 いや、だって。例えば俺がパソコンに頭ぶつけて気ぃ失ってるうちに屋外に運び出して髪をバリカンで刈るくらいのことなら、極めて困難とはいえ絶対不可能とは言い切れないだろう。

 だが、この体型に関しては、タイムリープでも起こっていない限りはあり得ない変化だ。

 俺がどれほど苦労して、あの肉体を作り上げたと思ってんだ。


「特にこのケツは地獄のスクワットが……――」


 この数分の間で何度目であろうか。俺が言葉を失ってしまったのは。


 懐かしのデカケツを視認したいと思い、辺りを見回した俺の目に入ってきた、ガラスドア。そもそも何でこんなところに、こんなコンクリ打ちっぱなしの見知らぬ長屋があるのかという謎は、いったん置いておくとして。俺の視界を占拠したのはドアに映る俺の姿ではなく、ちょうどそこから出てくる一人の青年だった。


「あ、久吾先輩、舞香先輩、お疲れ様です!」


 その細身の青年は、俺と同じ野球帽を脱いで、完ぺきなお辞儀をかましてきた。その青年っていうか……うん。

 俺、こいつのこと知ってるわ……。


「は? ねぇ久吾。誰こいつ」


「主人公」


「は?」


 首を捻る妹の手を引いて、俺は逃げるように駆け出した。

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