明日への階段

島原大知

本編

夜の帳が降りた新宿・歌舞伎町。ネオンサインが にぎやかに瞬き、人々の喧騒が絶えることはない。しかし、その喧騒も虚しく響く時がある。


小山環(こやまたまき)にとって、今日がその日だった。


ラブホテル跡のビル屋上。冷たいコンクリートの縁に、環は心もとない足を乗せる。遠く眼下に見える車のヘッドライトが、赤や白の光跡を描きながら行き交う。まるで環の心の中を覗き見るように。


「今夜で、終わりにしよう」


ぽつりと呟いた言葉は、虚空に吸い込まれるように消えた。最後に、空を見上げる。狭い路地に月の光は届かず、漆黒のキャンバスが広がるばかりだ。


「さよなら……」


目を閉じ、身を乗り出した瞬間。


「待って!」


背後から、声が響く。振り返ると、30歳前後の男が立っていた。スーツ姿が、どこか場違いに見える。


「君、名前は?」


「……小山環です」


「環さん、死んだら何も変えられないよ」


穏やかな口調とは裏腹に、男の瞳は真剣そのものだ。


「僕は早坂悠人(はやさかゆうと)。話を聞かせてもらえないかな」


そう言って、悠人はそっと手を差し伸べる。戸惑いながらも、環はその手を取った。冷たいビルの屋上から1歩、踏み出すように。


*****


路地の角で、1人の男がしゃがみ込んでいる。工藤翔(くどうしょう)だ。


背中に貼りついているのは、借金取りの視線だろうか。それとも自分自身の後ろめたさか。


「チクショウ……」


母の病気の治療費を稼ぐため、カジノに手を出した。最初のうちは小遣い稼ぎのつもりだったが、いつの間にか借金は雪だるま式に膨れ上がっていた。


「逃げるしかないのか……」


立ち上がろうとした時、視界に派手なドレス姿の女性が飛び込んできた。


「お客さん、うちのお店にお越しください。私、桐谷楓(きりたにかえで)っていうの」


艶やかな笑顔で話しかけてくる彼女は、キャバクラ嬢だろう。楓の瞳に宿る影を、翔は見逃さなかった。華やかな見た目に隠された、夢破れた女の孤独。


「悪いけど、今は……」


そう言いかけて、翔は言葉を飲み込んだ。路地の向こう、古びたビルの屋上で、1人の少女が身を乗り出している。


「っ!」


一瞬の躊躇もなく、翔は駆け出していた。


「おい、待てよ!」


必死で階段を駆け上がる。心臓が、耳の奥で激しく脈打つのが自分でもわかる。


屋上に飛び出た瞬間、少女の身体が宙を舞った。


「うおっ!」


咄嗟に手を伸ばし、少女の細い腕を掴む。が、あまりの勢いに2人で屋上に転がり込んでしまう。右肩を強かに打ち付け、翔は思わず顔を顰める。


「いてぇ……。お、おい、大丈夫か?」


少女を見やると、先ほどのキャバ嬢だった。化粧を落とし、まだあどけなさの残る素顔が、街灯に照らされている。


「……ありがとうございます」か細い声で礼を言うと、彼女はおずおずと立ち上がる。


「君も、死にたいのか?」


「私……いや、何でもありません」


視線を伏せる楓に、翔は自分と重なるものを感じずにはいられなかった。傷を負った者同士、惹かれ合うものがあるのかもしれない。


そんな2人の様子を、屋上の隅で見守る1組の男女がいた。環と、悠人だ。


「君を助けようとしてくれたんだね」


「私なんかのために、怪我までして……」


複雑な表情を浮かべる環の横顔を、悠人は静かに見つめる。彼女の瞳の奥に、己の存在価値を見出せずにいる少女の姿を見た。


「環さん。君の命は、君だけのものじゃない。私たち、あの2人にも繋がってるんだ」


「……どういう意味ですか?」


「君が生きようとすることで、私も、あの2人も、勇気をもらえる。1人じゃないんだよ」


そっと語りかける悠人の言葉に、環の瞳が潤む。互いに交わした一瞥の先に、翔と楓の姿があった。


翔の怪我は、思ったより重いようだった。


「あの、病院に行った方が……」


心配そうに覗き込む楓に、翔は「平気だ」と強がる。だが、立ち上がろうとした途端、また膝から崩れ落ちてしまう。


「ほら、やっぱり!」


「悪い……ちょっと肩を貸してくれ」


しぶしぶ頼み込む翔に、楓は小さく頷いた。華奢な肩に翔の腕を回し、ゆっくりと歩き出す。


「あんたさ、どうして私を助けたの?」


「……勢いだよ、勢い」


照れくさそうに答える翔に、楓は不思議そうな顔をする。


「私、この仕事が嫌いなの。でも、夢を追いかけるにはお金が必要で……」


ふと、こぼれた言葉。本当は誰にも言うつもりはなかったのに。きっと、この男の前では素の自分でいられる気がしたのだ。


「夢?」


「私、歌手になりたいの。いつか、大きなステージに立つことが夢なんだ」


遠くを見つめるような、楓の横顔。翔はそっと、その頬に触れたくなるのをこらえた。


*****


「君のことは、警察に相談した方がいい」


環の過去を聞いた悠人は、真剣に提案する。だが、環は小さく首を横に振った。


「警察なんて、何もしてくれやしない。前に相談したら、『家庭のしつけだから』って……」


「……君が死んでも、虐待はなくならない。生きて、訴え続けることが大切なんだ」


その言葉に、環の心に熱いものが込み上げてくる。悠人の静かな語り口が、不思議と力強く感じられた。


2人で屋上を降りると、いつの間にか朝焼けが街を染め始めていた。オレンジ色に輝く空が、まるで希望を予感させるようだ。


「悠人さん……私、生きていきます。死なないで、虐待のことを訴え続けます」


涙を浮かべて微笑む環に、悠人も柔らかな笑顔を返す。


「私も君の力になる。一緒に、虐待をなくす活動をしよう」


歩き出した2人の背中に、朝日が降り注ぐ。苦しみに向き合う勇気を与えてくれるように。


*****


病院の待合室。


「ギブスだって?」


「ああ、軽い骨折だと。しばらく安静にしろって……」


肩にギブスを巻かれ、気まずそうに立つ翔。隣の楓は、安堵したようにほっと息をついた。


「よかった。もっとひどいことになってたらと思うと……」


心配そうに見つめる楓の瞳に、翔はドキリとする。


「そういや、まだ名前聞いてなかったな。俺、工藤翔」


「私は桐谷楓。翔さんって呼んでいい?」


「ああ、それでいい」


視線を合わせて微笑む2人。何気ない会話の中に、確かな絆の予感があった。


病院を出ると、すっかり朝を迎えていた。昨夜の喧騒が嘘のように、街は静かだ。


「私、これから夢に向かって頑張ろうと思う。翔さんに助けられたことで、生きるヒントをもらった気がするの」


「応援してるよ。いつか、君の歌を聴かせてほしい」


「ありがとう。……翔さんは、どうするの?」


借金のことを思い出し、翔の顔が曇る。だが、不思議と絶望は感じなかった。


「どうにかする。逃げ続けるんじゃなく、立ち向かってみるよ」


「私も味方だから。一緒に頑張ろう」


差し出された楓の手を、翔は強く握った。離れがたいほどの、温もりだった。


*****


公園のベンチに、4人は集まっていた。朝の静けさの中で、それぞれの思いを言葉にする。


「私、児童養護施設で働こうと思います。虐待に苦しむ子供たちの力になりたい」


「俺、母さんの治療費のためにカジノで借金を重ねてた。これからは真っ当に働くよ」


「私、もう夢をあきらめない。ステージに立つその日まで、頑張り続けます」


「君たちの力になりたい。虐待や借金、夢……。みんなで支え合っていこう」


環と翔、楓、悠人。傷ついた過去を抱えながらも、前を向こうとする4人。まるで家族のように、絆を紡いでいく。


木漏れ日が、そっと4人を包み込むように降り注ぐ。まだ斑点のように残る夜の記憶。それでも、確かな一歩を踏み出す彼らがいる。


「私たち、これからは一緒だね」


「ああ、月が届かない夜でも、4人なら怖くない」


そう言って笑う環の頬に、一筋の涙が伝った。希望の涙。きっと、この涙は、虐待に苦しむ誰かを救うための第一歩になるだろう。


4人の背中を押すように、爽やかな風が吹き抜けていく。悲しみも、絶望も、乗り越えられると信じられる瞬間があった。


「両親に、虐待されていたんです……」


公園のベンチで、環の震える声が響く。澄んだ青空とは対照的に、彼女の瞳は暗い影に覆われていた。


「父は酒に溺れ、母は賭博に狂っていて……私は、いつも殴られていました」


幼い頃の記憶が、走馬灯のように蘇る。割れたビールビンの破片。火傷を負った自分の腕。泣き叫ぶ自分を無視し、笑う両親の顔。


「警察に相談しても、『しつけだから』と取り合ってもらえなくて……」


声を振り絞るように、環は自分の過去を吐露する。傍らで黙って聞く3人の視線が、胸に突き刺さる。


「君の気持ち、痛いほどよくわかる」


ふいに、翔が口を開いた。自嘲気味に笑うその横顔に、哀しみが滲んでいる。


「親父が蒸発して、母さんは病気になった。カジノに手を出したのは、母さんの治療費のためだったんだ。でも、気づいたら借金まみれで……」


「翔さん……」


思わず手を握りしめる楓。彼女もまた、夢と現実の狭間で苦しんできた。


「私、本当は歌手になりたかったの。オーディションを受けては落ち、受けては落ち……。もう夢なんて、叶わないのかもって……」


涙を堪えきれず、楓はポロポロと頬を濡らす。夢を追うことの辛さを、誰よりも知っているのだ。


「私も、辛い思いをしてきました」


3人の視線が、悠人に集まる。いつも穏やかな彼の瞳に、かすかな悲しみが宿っていた。


「私は、親を事故で亡くしました。小さい頃にね。それ以来、ずっと孤独でした。誰かと心を通わせることが、怖かった……」


風に揺れる木々のざわめきが、悠人の孤独を包み込むように聞こえる。4人は、静かに目を閉じた。


シャボン玉のように虹色に輝く思い出。割れるとただの水に戻ってしまう、儚い過去。それでも、今は共有できる仲間がいる。


「みんな、傷ついてきたんだね」


環が呟くと、3人は小さく頷いた。


「でも、もう1人じゃない。俺たちは、家族みたいなもんだ」


翔の言葉に、楓と悠人も笑顔を浮かべる。


「そうだね。私たちで、新しい家族を作ろう」


「支え合って、前を向いて生きていこう」


こんなにも心が通じ合える瞬間が、あるのだと環は思った。血のつながりはなくとも、魂を分かち合える絆がある。


「一緒に歩んでいきたいです。虐待のない世界を作るために」


「俺も、真っ当に働いて借金を返す。そして、母さんを助けたい」


「私、夢を叶えるために頑張る。みんなの前で、歌を歌うのが夢なの」


「君たちの味方でいる。孤独を感じた時は、私のところに来てほしい」


木漏れ日がキラキラと輝き、4人の新たな決意を祝福しているようだ。遠くで小鳥のさえずりが聞こえ、生命の喜びを歌っている。


「一緒に乗り越えていこう。過去も、未来も」


手と手を重ね合う4人。その絆は、どんな運命をも切り開いていく強さを秘めていた。


昨夜の悲しみは、少しずつ薄れていく。傷ついた心を癒し合いながら、ゆっくりと前を向く。太陽の光が、4人の新たな一歩を優しく照らし出していた。


しかし希望に満ちた日々は、長くは続かなかった。


「環、帰ってきなさい」


ある日、公園に現れた男女。環の両親だった。母の手には、小さな手錠のようなものが光っている。


「お前は私たちの所有物なの。勝手なことは許さないからね」


冷たい声が、環の身体を凍りつかせる。恐怖で動けなくなった環を、母は力ずくで連れ去ろうとする。


「離してよ! 私、もう戻りたくない!」


必死で抵抗する環。しかし、大人の力には敵わない。涙が頬を伝う。


「待て! 環ちゃんから手を離せ!」


翔が割って入る。だが、父親に胸倉を掴まれ、地面に投げ飛ばされてしまう。


「翔さん!」


叫ぶ楓を、母が鋭い眼光で睨みつける。


「余計なことをするな。彼女は私たちの娘なの」


「娘を虐待する親なんて、親じゃありません!」


怒りに震える楓。その瞳は、燃えるような炎を宿している。そんな彼女を、悠人が制止する。


「警察を呼びましょう。力ずくでは解決しない」


「くっ……覚えてろよ! 環は絶対連れ戻す!」


両親は捨て台詞を吐き、その場から立ち去った。泣き崩れる環を、3人が必死で支える。


「もう、あんな所には戻りたくない……」


「大丈夫。私たちが君を守る」優しく環を抱きしめる悠人。翔と楓も、力強く頷く。


「環ちゃんを脅迫するなんて、許せない。必ず助けてみせるよ」


「そうだね。私たちの絆は、誰にも引き裂けない」


木々のざわめきが、4人の決意を後押しするように響き渡る。夕焼けの光が、まるで希望を示すかのように、優しく4人を包み込んでいた。


*****


それから数日後、環の姿が見えなくなった。


「環ちゃん、どこにいったんだろう……」


呟く翔に、楓が不安そうな表情を向ける。


「もしかして、両親に連れ戻されたんじゃ……」


その言葉に、3人の背筋が凍る。


「警察に相談するべきですね。1人で探すのは危険すぎます」


悠人の提案に、翔と楓は頷く。今は冷静に、環を助ける方法を考えなくてはならない。


警察署。3人は必死に事情を説明するが、警官の反応は芳しくない。


「親子の問題に警察が介入するのは難しいですね。虐待の証拠があれば別ですが……」


「証拠……」


途方に暮れる3人。虐待の証拠を掴むことは、簡単ではないのだ。


その時、翔の携帯が鳴った。見知らぬ番号からのメールだった。


"助けて……警察には言えないの。お願い、来て……"


そこに書かれていた住所を見て、翔は息を呑む。


「環ちゃんからだ! 行くぞ!」


3人は警察を振り切り、メールの住所へと向かう。向かう先は、環が以前住んでいたあのボロアパートだった。


一刻も早くと急ぐ3人。心臓が、耳の奥で激しく脈打っている。日が完全に沈み、冷たい月明かりだけが道を照らす。


アパートに到着し、部屋の前に立つ。ドアが、不気味な軋み音を立てて開く。


「環ちゃん!」


部屋の隅で丸くなる環の姿。その頬には、赤黒いアザができている。


「みんな……来てくれたんだね……」


涙ぐむ環を、3人は力強く抱きしめた。救いを求めるように縋りつく彼女の身体は、まるで小鳥のようにか弱かった。


「もう大丈夫。君を1人にはしない」


「うん。私たちが君の家族になる」


「警察に行こう。今度は、俺たちが証言するから」


3人に支えられ、環は小さく頷く。


「ありがとう……私、この家を出ます。みんなと一緒に生きていきたい……」


4人は強く手と手を繋ぎ合った。どんな困難も、乗り越えられる気がした。


その時、部屋のドアが再び開く音がした。


「警察だ!」


制服に身を包んだ警官たちが、一斉に部屋に踏み込んでくる。事情を聴いた警官が、環の両親を引き連れてきたのだ。


「あんたたち、私の娘に何をしているの!」


母親が怒鳴り、我が子に駆け寄ろうとする。しかし、警官たちがそれを制止した。


「虐待の証拠は十分です。あなた方を逮捕します」


証拠といわれ、両親は青ざめる。事前に家宅捜索が行われ、虐待を裏付ける証拠が見つかったのだ。


「環君、君はもう自由だ。新しい人生を歩むといい」


涙を流しながら、環は警官に何度も頭を下げた。自由を手に入れた彼女を、3人が温かく見守っている。


月明かりが、4人を優しく照らし出す。悲しみも、苦しみも、乗り越えてきた4人だからこそ、この感動はひとしおだった。


「さぁ、新しい家族のもとへ帰ろう」


「うん、帰ろう。私たちの家へ」


4人は肩を寄せ合い、アパートを後にした。後ろ姿が、月明かりに照らされ、美しく輝いている。壮絶な過去を乗り越えた者だけが持つ、尊い輝きだった。



環が自由を手にしてから、1年が経った。


「環ちゃん、朝だよ」


カーテンを開ける音に、環はゆっくりと目を開ける。差し込む朝日に、まぶしそうに瞬きをする。


「うん、今日も一日がんばるね」


満面の笑みを浮かべる環。もう、怯えた表情は影をひそめている。


リビングに向かうと、そこには楓と悠人の姿があった。


「おはよう環。今日はハンバーグよ」


「おはようございます。今日も素敵な1日になりますように」


笑顔で迎える2人。この新しい家族と過ごす日々は、環に生きる喜びを与えてくれる。


「翔さんは?」


「もう出勤したよ。真面目に働くようになって、すっかり頼もしくなったわ」


昔を思い出し、楓が微笑む。かつての借金取りに追われる日々。今では遠い過去のようだ。


食卓に並ぶ、朝の光に照らされた料理。幸せに包まれた空間に、4人の笑い声が優しく響き渡る。


*****


「ただいま」


夕暮れ時、疲れた様子で翔が帰ってくる。だが、その表情は充実感に満ちている。


「お帰りなさい。今日は釣りの話を聞かせてね」


楽しそうに迎える環。翔の新しい趣味は、釣りだった。仲間と漁に出るのが何よりの楽しみだと言う。


「いいよ。その前に、環ちゃんにサプライズがあるんだ」


興奮気味に言う翔。その手には、1通の手紙が握られている。


「児童養護施設から、環ちゃんにお礼の手紙が来たんだ」


その言葉に、環の瞳が輝く。今の環は、虐待に苦しむ子供たちの支援活動に携わっている。自身の体験を語ることで、社会に警鐘を鳴らしているのだ。


「本当に? 嬉しい……私の経験が、誰かの助けになっているなんて」


涙ぐむ環を、翔がそっと抱きしめる。


「環ちゃんは強いよ。尊敬してる」


その頃、楓と悠人は近くの公園を散歩していた。季節は秋。色づいた木々が、優しい秋風に揺れている。


「悠人さん、私ね、来月ついに歌手デビューするの」


「そうか、おめでとう。君の歌声は、多くの人に希望を与えるだろう」


穏やかに微笑む悠人。そんな彼に、楓は小さく寄り添う。


「悠人さんがいたから、私は夢を諦めずに済んだ。感謝してます」


「君の力だよ。私は、君の隣で見守っているだけさ」


風に舞う木の葉が、2人の周りを美しく彩る。かつての孤独は、温かな絆に変わっていた。


*****


夜、4人は屋上に集まっていた。満天の星空が、彼らを見守っている。


「この星、1年前よりも明るく輝いているように見えるわ」


感慨深げに呟く環に、他の3人も頷く。


「俺たち、いろいろあったけど、乗り越えられたよな」


「そうね。私たち、強くなったのかも」


「みんなと出会えたから、私は変われた」


星明かりに照らされた4人の横顔。そこには、悲しみも、苦しみも、全て受け入れた強さがあった。


「環、君を愛している」


ふいに、悠人が環に告げる。その言葉に、環の頬が熱くなる。


「私も、悠人さんが大好きです」


そっと寄り添い、見つめ合う2人。今宵、新たな愛が芽生えた。


「ついに告ったか。おめでとう」


「お似合いの2人だわ」


祝福の言葉を贈る翔と楓。4人の絆は、どんな時も変わらない。


「さぁ、明日に向かって歩もう」


「私たちなら、どんな壁もきっと乗り越えられる」


「みんなで、この街を、もっと素敵な場所にしていこうね」


「ああ、一緒に。新しい家族として」


4人は手と手を重ね、空を見上げた。月明かりが、彼らの新たな一歩を優しく照らし出す。


かつて、月の光が届かぬほど深い闇に沈んでいた4人。今はもう、どんな夜も恐くない。


「あの月が、私たちを見守ってくれているんだね」


環の言葉に、3人が微笑む。


「そうだ。月の光は、これからもずっと、私たちを照らし続けてくれる」


4人の背中を月が照らし、それぞれの明日への道を示している。傷ついた過去も、辛い現在も、全て乗り越えた先にある未来。


今は遠く感じるその未来も、きっと4人なら手が届く。信じ合う心が、道を切り開いてくれるはずだ。


そんな想いを胸に、4人は再び歩き出す。広い空の下、どこまでも。


これは、月が見守る4人の新しい家族の、新しい始まりの物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明日への階段 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る