第7話 訓練場にて
ダールさんに気に入られた僕が射撃練習をしていると、ソルベが声をかけてきた。
「どうだ? 調子は」
ダールさんは舌打ちをする。
「なんだよ、結局入ってくるのかよ……。もう帰れって言っただろ」
「新人のお手並みを拝見しようと思ってな」
ソルベはそっけなく答える。ダールがまたやんややんやとソルベをどやしつけるが、当の本人はどこ吹く風。僕に話しかけてくる。
「なんだよ! マークスマンライフルなんか使ってんのかよ!」
「いいじゃないか、自分が気に入った銃なんだ。使わせてやってよ」
ジンがフォローしてくれる。
「男ならスナイパーライフルだろ」
「ソルベはそうだったな……」
そんなソルベの提案に、ピートが何気なく質問をした。
「どうしてスナイパーライフルじゃないとダメなの?」
「スナイパーライフル一丁担いで、狙いを定めて、敵を屠る。敵は自分になにが起こったのかさえ、わからない。かなりクールな武器だ。近接戦闘にはまるで向かず、近づかれたら終わりだ。その緊張感もヒリヒリするだろ?」
「その意見はわからんでもないが……」
ダールさんはソルベのその意見に、意外にも賛同を示した。
「だが、いや、だからこそマークスマンライフルの対応力が必要なんだ。それに、コレにだってロマンはある。スナイパーライフルとまでは言わんが、遠くの敵を狙い定めて撃つ、という芸当だってできるじゃねえか」
「いや、単純に器用貧乏なだけだろ。一点特化してるほうがクールだ」
「いやいや、一本で様々な状況に対応できる方がアツい」
「いやいやいや……」
ダールさんとソルベの口論は終わりが見えない。そんな二人をぼんやりと眺めながら、意外と似たもの同士なんじゃないかって思い始めていた。
「リーダーはどう思う?」ピートがジンに話を振る。「ジンは、どっちが優れてると思う?」
その言葉に、ダールさんが噛みついた。
「どっちが優れてるかじゃねえ! どっちにロマンがあるかだ!」
「そうそう。どんな銃にも一長一短はある」
ソルベが肯定する。なんだ、やっぱり似た者同士じゃないか。僕はなんとなく聞き流していたが、ピートの発した単語に少し気になるものがあった。
「リーダー? それはソルベさんじゃないの?」
僕はてっきり、エースがリーダーを務めるものだと思ってたけれど、そうでもないのか。そう思い込んでいた。
「一番の実力者はソルベだ。なのに俺がアウェイカーのまとめ役をさせてもらってる。ソルベのほうが適任だと思うけどな……」
ジンはそう答える。
「あれはリーダーになんかなりたくねえし。いいよ、ジンで」ソルベはそっけなく答えた。
「人望だよ、人望」ダールが毒づいた。
口論の皮を被った談笑が終わり、再び僕の射撃をみんなが見る、という構図に至る。注目されている中で的あてを行うのは、緊張した。それでも、的には的確に命中させる。そんな僕に、ソルベが声をかけた。
「なあ、お前、本当に狙撃手になる気はないか?」
「え?」
僕に真っすぐに目を向けるソルベに、僕はすこし、ドキッとする。
「お前は見たとこ、目がいい。今日は霧が濃いけどな、それでも構わず命中させる。スナイパーになれよ。俺が育ててやる」
「えっと……」
僕はどうしようかと考えあぐね、ダールさん、ジン、ピートに順番に目線を配る。それでも、肯定も否定もしなかった。
「どうでしょうかね……?」
煮え切らない僕の態度に、ソルベが諭すように口を開いた。
「あのな、この『エイミー』にはアウェイカーは必要な人材だ。だから、住民は俺たちを暖かく迎えてくれる。しかしだな、アウェイカーは何にも束縛されない。この町を出ていく事だってよくある。アウェイカーは誰のものでもないんだ。だから、ダールの言うことに従わなくてもいいんだぜ」
「じゃあ、この町の人たちがアウェイカーを作ったんじゃないんですね……」
僕がそういうと、失笑が辺りに起こる。ピートだけは、「やめなよ、まだ生まれてから何日も経ってないんだよ」と周囲を制してくれる。ジンは、
「悪い悪い。でも、こんなところに人一人、人工的に作れる技術なんかないよ」
そう教えてくれた。
「ハハハ、だからさ、俺たちはこんな町に縛られる必要は無いってわけさ。何もかにも捨て去って、俺と旅しようぜ! スナイパーコンビで」
「狙撃手とコンビなら観測手だろ、普通……」
「ソルベ、もう諦めてよ、旅するの……」
ジンとピートは思い思いにツッコミを入れていた。
日は静かに沈んでいき、辺りは薄暗い灰色の夕に包まれていた。そろそろお開きの時間だな、とダールさんは言う。
「訓練らしい訓練にならなかったな」
「それはお前が横やり入れたからだろ」
今日何度目かもわからないダールさんとソルベの言い合い。他の面々は慣れてしまっているようで適当に聞き流していた。それは僕も含めて。
「なあ、まだ風呂入ったことないんだろ? 一緒に入ろうぜ」
「……お風呂? 別に一人で入ればいいんじゃ……」
「ジン、それ、語弊があるよ……。山肌に沿ったところに、温泉があってね、ジンは一緒にそこ行こうって言ってるんだ」
「そういうことか……。うんいいよ、一緒に行こう」
僕らは訓練場を後にして、中央路地を南に下る。そして、やがて、細長くて折れ曲がった路地を進む。辺りには野良猫が子を抱いていて、ピートが親猫に引っ掻かれたりした。「猫になんか構うからだぞ、ピート」「だって、可愛いんだもん、猫」ピートは僕と同じ顔をしているが、僕はなんだか愛らしい人だなと思う。ピートの表情に思うことがある。顔の造作は僕と同じなのに、何と言ったらいいのか分からないが、顔つきが違う、と思ったことがある。ジンやソルベの、性格の違いによる顔つきの違いともまた違って、もっと根本的に違う、と言った感覚がある。いや、根本的には顔は同じだから、だからこそ何と言ったらいいか分からないが違う、という曖昧な感覚に終始している。そんなことをピートに伝えると、「後で分かることだよ~」と柔らかく言われる。そこには明確な答えがあるのだろう、僕は好奇心を抑えられない。
着いた温泉は、古めかしく、やはりトタンや廃材の端切れをつなぎ合わせて構築されていた。温泉の成分によるものか、ところどころ劣化し、錆付き、崩れないか不安になる。
僕はジンとソルベと一緒に男湯の入り口をくぐる。そこで、ピートは一緒に入ってくるそぶりがなかったので、僕はピートに声をかける。
「どうしたの、ピート。男湯はこっちだよ」
ピートはあっけらかんとして、こう答えた。
「ん? あはは、違うよ。僕はこっち」
ピートはそう言って、女湯の門をくぐり抜ける。僕は驚いてしまう。事もなげにピートは女湯に入ってしまっていて、これは、大丈夫なんだろうか、憲兵を呼ぶ必要があるのではないか、でも、ジンもソルベも何も言わず、ただニヤニヤしている。これは僕自らが通報しなければいけないんじゃ……。ぐるぐる考えてしまう僕。
「おいおい、レディを男湯に誘うなんていい根性してるじゃねえか!」
ソルベはニヤニヤ面のまま、僕の肩に腕を回して、男湯へと連行する。
「あははは! ソルベ、中で色々教えてあげて~」
というピートの声が、壁越しに聞こえて来た。
結構、衝撃的な内容だった。僕は背中をジンに流されながら、説明を受けた。
「俺ら、アウェイカーは性が未分化なんだよ」
ソルベは「生まれたてだとだけどな」と補足しながら、サラッとそんなことを打ち明けた。
「性が……未分化?」
僕は話がどこに着地するのかついていけず、オウム返しの様にソルベにそう聞いた。
「そう。ちょっとアレな話だけど、今のお前には男性器も女性器もあるはずだ。後で確認してみろ。それで、しばらく経つとどっちかが退化して、男か女かが決まる。そういう生き物なんだよ。アウェイカーは」
ソルベが説明してくれた。ジンは補足に、と、
「ピートは体が女性に分化した。そうなってからだと、この町では女性として扱われるようになるんだよ」
そう教えてくれた。僕は自分の股を確認してみる。ジンもソルベもすこし目線を外してくれた。ちょっとありがたかった。
「お前は未分化だから、どっちでもいいけどな。もしかして、女湯に入りたかったかあ?」
ソルベがそう茶化してくる。
僕は頭を横に振り、全力で否定の意を示した。
「良かった良かった。その反応をするような奴を女湯に入れなくてな」
僕の振る頭からほとばしる水滴を若干嫌そうに手でよけながらも、ソルベは笑った。
少し、謎が解けたような気がした。ジンもソルベも男特有のしなやかな筋肉質ではあった。だけれども、ピートはより、「ふくよか」な、柔らかな体の線があった。――まあ、ピートはよく食べているからなのもあるけれど――そして、顔つき。顔の造作は同じなのだけれど、根本的に「違う」と感じる理由だった。
「……どうやって男性になるか女性になるかが決まるの?」
僕は再びこっそりと股の間を確認する。あるものがあるし、ないものがある。一種の二律背反的身体的特徴に、僕の知識は役に立たないと思い始める。この問題に対しては、特に。僕は自分のことを男だと思っていた。だけれども、実はそれが「ある」だけでほど遠い存在なのだと知らしめられる。男としても、女としても、その距離は遠い。
「……なんか気恥ずかしいからお前が言ってくれ」
ソルベはジンに解答を丸投げする。ジンは分かった、と言った。
「まあ、一般的に言うのは、男性に恋心を抱くとアウェイカーは女性に、それが女性なら男性になるっては言われてるな」
「そんなことで、分化しちゃうの……?」
「一般論一般論。詳しい話はよくわかってない。俗説ってやつさ」
「そうなんだ……」
僕は複雑な心境になる。僕が恋愛をするとは到底思えなかったからだ。性が未分化な自身は何か不確かな存在のように思える。だから、僕は早く性が決まってしまいたい、と思えたが、そのためだけに恋愛対象を見つけるのは、不誠実な気がする。
「お前、意外とカタブツだな……。真面目すぎるっつーか」
ソルベは呆れていた。ジンは「そんぐらいでちょうどいいんじゃないか」とフォローしてくれる。
しばしの沈黙。
そんな中、女湯の方から声が聞こえてくる。
「ご一緒していい?」
アリアの声だった。僕をこの町まで案内してくれたアリア。僕は彼女の声を聞いて、嬉しく感じる自分に気づく。
「どうぞどうぞ~」ピートのほんわかした声。「あれ~? アリアちゃん、相変わらず、ナイスバディだねぇ。また胸おっきくなった?」
ソルベはおやおや、という顔をして、女湯の方に顔を向けて、聞き耳を立てている。ジンは目を閉じ、赤い顔をして、耳をふさいでいた。
「声、大きいよ……ピート。ピートがいるって事は、男湯の方に他のアウェイカーもいるんでしょ」
「いないいな~い」
「ならいいけどね……」
ピートの間の抜けた声に、アリアはすこし警戒を解いたようだ。
「そういえば、新人君……ソラスの射撃見てたんでしょ。どうだった?」
「上手かったよ。見どころあるってダールさんも言ってた」
「そっか……」
「ソラスのこと、気になってるの?」
ピートがちょっと、上ずるような、茶化す声色でアリアに質問する。これは僕に聞かせるための質問だ、と僕でも理解できてしまった。僕はなんだか聞いてはいけないものを聞こうとしてる気がして、湯船から上がろうとした。そんな僕の手首を掴んで、ソルベはニヤリと笑って、「聞いとけよ」と小声で言った。僕は諦めて、浴槽に戻り、できるだけ、何も聞かないようにして、射撃のことだけを考えるようにしていた。
「気になってるっていうか、気にはかけてるよ」
「ごまかしだよ、そんなの~」
「まあね……」
「だって、ソラス、なんか変わってるんだもん。特別っていうかさ……。アウェイカーでも、あんな人いなかったよ」
「へえ~、へえぇ~~。どういうところが? どういうところが特別だって思ったの?」
ピートの笑ってる顔が、目に映るようだった。
「もういいじゃない! この話、終わり!」
僕は鼻の中ほどまで温泉につかり、ゆだりそうなほど恥ずかしくなったのを隠す。まるで、顔が赤いのはお湯に使っているからだと言い訳するかのように。
「心配すんな、お前は男だよ」
ソルベはそう言って笑った。
女性陣が温泉から退却したことで、僕はようやく生きた心地がしてきた。僕は保問で揺れる水面を眺めていた。ジンもソルベも、遠くから聞こえる街の喧騒に耳を傾けていた。僕にとって、それはとても落ち着く時間だった。
ジンはおもむろに、こんな話をし始めた。
「なあ、二人とも。「オリジナル」ってどういう事だと思う?」
「メッセージか……」
ソルベはチャプ……と水中から片手を出し、汗に濡れる顔を拭った。
「個性的な人間になれってことなんじゃねえの? 広義での、大人ってやつにさ」
オリジナル……それにメッセージ。それには僕にも思い当たる事があった。
「それって、あの生まれた場所に書いてあった言葉のこと?」
「そうそう」ジンが答える。「僕らアウェイカーの元に度々現れる言葉のことを、僕らはメッセージと呼んでるんだ」
「各々にメッセージが送られるんだが、アウェイカーに最初に送られる言葉は「オリジナルになれ」。それだけは全員共通だな」
「僕たちの創造主、「お父様」がアウェイカーに言葉を送ってるんだ、って話もあるよね」
ジンは「お父様」と言った時に、顔の両脇にチョキを出して、曲げ伸ばしする。
「あれって、そうだったんだ……」
僕は最初にいた場所の通路の上に書かれていた文言を思い出す。「オリジナルになれ」という文言。
「メッセージって、大体、抽象的なんだよね。分かりづらいっていうか……。「オリジナルになれ」って、アウェイカーそれぞれにとって、解釈が違ったりするからさ……」
ジンはそう言って、腰を上げる。段差に座って、膝から下だけを湯に浸かる恰好にした。
「俺はあんまり、気にしてねえけどなぁ……」
ソルベはつまらない、とでも言うように長く鼻から息を吐く。
「ソラス、君はどう思う?」ジンは僕に話を振ってくる。「君はどう思った?」
「僕は……」僕は悩む。
「なんだよ、もったい付けねえで、言ってみろ」
ソルベが先を促す。
「自分ひとりになれって意味じゃないのかな……」
「……ふん。言ってみろ」ソルベが先を促す。
「だからさ、オリジナルになれって、自分一人で生活? というか……。そうだ、自立した人間になれってことなのかな、と……」
僕はだんだん自信がなくなってきて、最後の方は尻すぼみになる。そんな僕の言葉を、ジンは「そうかなあ、そんな教訓みたいな意味なんか、わざわざ残すかな……」などとやんわり否定している。また恥ずかしいことを言ってしまったと思って、水面にぶくぶく泡をたてる。ソルベも、「そうだな、いくら「お父様」だって、それは無いかもな」と同意したが、どこか遠いところを見て神妙な表情をしていた。
「まあ、メッセージの役割はもう一つあって……」
ジンが話を反らしてくれる。そんな時に、僕達は身動きをしてないのに、浴槽のお湯が波打ち始めた。泡がたち、それは徐々にまとまりを持ち始め、やがて水面に言葉を残した。
「……ちょうどお出ましだ」
「俺達の出番だな」
ジンとソルベはザッ、と腰を上げ、早々に温泉を出る。
「何してんだ、早く来い」
ソルベの声に僕も慌てて立ち上がり、二人の背中を追いかけた。僅かな揺れを残した水面には、「日の落ちる方向 霧虫群の襲撃」そう泡文字が残されていた。
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