第6話 ジンとピート

 いつの間にか、アリアは居なくなっていた。ごった返すロビーの中のアリアを目で探す。アウェイカーのジンは友好的に質問してくる。

「君、名前はなんだい?」

 僕は自分の名前を脳内で検索する。首長に付けてもらったばかりの名だ。忘れるわけにはいかない。僕は「ソラス」と短く答える。僕はそう名乗ることで、自分の体の中にスッと馴染んだ気がした。

「ソラス……僕の名前はソラスだ」

 反復する。僕のその様子に、ピートが朗らかに笑う。

「よっぽど気に入ったんだね~、その名前。実際、とてもいい名前だって思うよ、うん」

「ソラスか……。ソラスは、この町、『エイミー』にどう貢献したいと考えてるんだ?」

 急な質問だった。僕にとって、この集落は連れられたばかりで何の思い入れもなかった。確かに僕に対して良くしてくれる人もいっぱいいたけれど、自分がここに貢献できるとは思ってもいないし、貢献できるほど僕はこの町のことを知らない。例えば、この町に足りない部分を補うような事ができるんであれば、それで良かった。

「自信がないんだね、ソラスは」

 ピートは言った。笑った目のままなのが、僕に対する攻撃性の表れな気がして、すこし、怖かった。

「アウェイカーって、もっと楽天的なものだと思ってたけどな……。周りを見てもそうだし、自分もそうだ」

 ジンは、腕を組み、首を傾げる。

「まあまあ、ソラスは慎重派なんでしょ。兵士をやるなら、それは必要な素養だよ」

 ピートがジンにそう言う。……今、何気なく重要な言葉を言った気がする。聞き返すのはその未来が確定するようで、不安だったけれど、思わず聞き返していた。

「えっと……僕、兵士をやるの?」

 おずおず、といった調子で、軽く手を上げ、二人に質問する。ジンは目を丸くする。

「え!? ダールから何も聞いてないのか!?」

 ダール……頭を回転させる……。思い出した。昨日会った、半ば無理やりに僕に戦闘をさせたメガネの人の顔を思い出す。強引な人だったな……。ふいに、夢の中のダールの頭の霧虫がフラッシュバックして、身震いする。その記憶を頭の中から力づくで追い出す。

「……何も、聞いてないけど」

 僕が小声でそういうと、ジンは手を額に当て、天を仰ぐ。ピートが補足をする。

「君は射手に任命されていたよ。昨日の戦闘で、評判になったんだ。僕も聞いたよ。見込みのあるアウェイカーが現れたって」

「そんなことを言われても……偶然だよ」

 僕は二人の目線から目をそらして、言葉を濁すようにそう言った。

「……まあ、これから、訓練があるんだ。偶然かどうかは、見てみればわかるさ」

「ちなみに、兵士に任命されたものは強制参加ね。がんばろうね……」

「訓練って……」

 僕はびくびくしながらピートに手を掴まれ、連行される。その様子だと、やっぱり訓練も知らされてなかったようだな、とジンはため息をついた。ピートはのんきそうに笑った。


「遅い!」

 ダールさんの一喝。遅れた僕ら三人は頭を下げていた。ダールさんは腕時計を見て、

「今日は遅刻が四人か……」

 そう言った。四人? 僕らが顔を見合わせていると、「もう一人」が顔を出す。

「お疲れ~っす……」

 ソルベだった。

「遅えぞ、ソルベ! この町のエースがそんな事でどうする!!」

 ダールさんのひと際大きな声に、僕の体はビクッと硬直する。

「やっと遠征から帰ってきたのに、そりゃないっすよ。昨日だって、窮地を救ったっていうのに」

「それとこれとは話が別だ!」

 やんややんやと怒気をぶつけるダールさん。ソルベは静かな目で反論している。そんな二人を横目に、ピートはこそっと教えてくれた。

「ダールさん、普段は面白いおじさんなんだけど、訓練の時は鬼教官になるんだよね~」

 ピートはクスリ、と微笑む。そのマイペースさが、僕にはありがたかった。

「なんにしても、矛先がソルベに向かってくれてよかった。射撃訓練でもしてようぜ。さあ、こっち」

 ジンは僕たちを連れ出してくれた。


 視線の先にある射撃用の的をねらって撃つ。ねらって撃つ。その繰り返し。中央にヒット、そしてまたヒット。ヒット。

「おお、やっぱうまいな。噂になるぐらいはあるな」

 僕はそんなジンの声も右から左に流し、射撃を繰り返していた。ヒット、ヒット。

 やがて、残弾を全て撃ち尽くすと、カチッと空撃ちした音がした。

 僕はそばにあった空のマガジンに、十発、弾を込め、古いものと交換した。そして、トリガーを引く。そして、弾は出なかった。

「まあ、そんなもんでいいんじゃないか? ソラスの腕は分かった」

 ジンはそう言い、僕と交代しようとする。夢の中のダールの言葉を思い出した。僕はそばにいたジンに、「コッキングって何?」と聞く。

「あ、ああ、その銃はリロードするたびにそこにあるレバーを軽く引くんだ。そうしないと、薬室に弾が装填されない」

 僕は「分かった」とだけ短く伝えると、コッキングレバーを引く。そして、狙いを定めて、射撃。そして、ヒット。視界が筒を覗いたように狭くなり、的しか見えなくなる。僕は一定間隔で、撃ち続ける。そしてマガジンの弾を打ち尽くすと、トリガーを引く前に、しっかりマガジンを交換する。一度教わったことがしっかり身についていることへの自己肯定感があり、ますます没入した。僕は、できる。ヒット、ヒット、ヒット――。

「……黙ってれば一日中でもやってるかもな」

「そうだね~……」

 誰かの会話が流れて聞こえた。

「撃ち方やめ!!」

 突然の怒鳴り声に、僕は、驚いて振り返る。目がちかちかとさえする。ダールさんの声だった。絞られていた視界が急に広くなり、僕は我に返った。僕は自分が思っていた以上に夢中になっていたようだ。

「すみません……夢中になりすぎていたようです……」

 僕は謝った。

「夢中になってたっていうか、まあ……」

「ちょっと怖かったよね~」

 ジンとピートが各々そんなことを口にする。ダールさんは、怒っていると思われたが、その表情を見ると、満足げで、僕は面食らう。

「初めて使ったんだよな? その銃。どうだ? 気に入ったか?」

 僕は手元のライフルを見つめる。七・六二ミリ口径の、セミオート式マークスマンライフル。初めて手にした、と言うのはすこし、語弊がある。このライフルは、昨晩の夢の中で使ったライフルと全く同じものだった。僕はその質問に、こう答えた。

「気に入った、と言うより……しっくりきました……。体に。それって変ですか?」

 ダールさんはますます破顔した。

「変なワケ、あるか馬鹿ヤロウ!」

 そう怒鳴って、僕を力いっぱい抱きしめた。苦しくなるほどまでに。

「あ~あ、ダールさんに気に入られちゃった」

「いいじゃねえか、次世代のソルベ、エースになるかも知れないしな!」

 ピートとジンは、ダールという万力に締め上げられている僕を眺めながら、他人事の様にそんなことを話していた。正直、苦しいからさっさと助けてほしい。そう思った。

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