第4話 『組合』
「ねえ。「夢は揺らぎ」って何のことか分かる?」
翌朝、僕はアリアに連れられて、首長の家へと足を運んでいる。道中、すれ違った人々から、朝の挨拶をされたり、「活躍したそうじゃねえか! お疲れさん!」「今回のアウェイカーは期待できるわねえ」などと昨日の戦闘での功績を労われたり褒められたりした。僕はその度に顔を背ける。「照れないでいいのよ。あなたはきっと、これからたくさん称えられるだろうから」とアリアに笑われた。むず痒かった。僕は話をそらす為に、そんな質問をした。アリアは、あら、と言い、こんな説明をしてくれた。
「アウェイカーはね、急速に成長させるために夢の中で経験を積むの。新しい過去を元にね。同じ遺伝子を持つアウェイカーだけれど見る夢は違う。当然よね。結局別の人間なんだから」
アリアはそう言い、僕に振り返る。
「あなたたちは、最初は同じなのよ。ずっと、アウェイカーを見て来たんだもの、それは断言できる。だけれど、夢の経験によって、その人の特性が増幅されるの。それが、「夢は揺らぎ」って事だと思う」
わかったような分からないような説明だった。どんな経験を積んだって、遺伝子が同じであれば、同じ結果――人間になるのではないだろうか。そんなことを僕は伝える。
「えっとね、例えば、二重振り子って分かる? 一つの振り子の先にもう一つ振り子を付けたものなんだけれど」
僕は頷く。
「それはね、手を放すタイミング、振り子の長さとか、いろんな条件を微妙に変えるだけで、全く違う軌道を通るようになるの。最初のうちはほとんどおなじなんだけどね」
その例え話を聞いて、僕にも合点がいく。
「なるほど、理解したよ」
「ははは、君って、素直だね。――結局のところ、私達にもわかってないの。言ってみれば、そんな感じなのかな〜、みたいな」
アリアは空中で両手をわやわや、と動かして、「そんな感じ」をジェスチャーで表現している。その手振りが、アリアを幼く見せて、可愛らしかった。僕は、いつの間にか笑うアリアノ顔を見つめていたようで、アリアに小突かれる。「なんだよ~。見てんじゃないよ」と照れるアリア。僕らは見つめ合って、微笑んだ。そのまま少しの間が空いた。
「……君って、不思議だね」
急なアリアのそんな言葉に、僕は戸惑ってしまう。
「不思議? 何が?」
「だって、今までのアウェイカーは無愛想で、しばらくはなんか近寄りがたかったんだもん。あ、最初のうちだけね。その内人間味が増してくるんだけどさ」
「近寄りがたいんだ……」
僕はソルベの、やや高圧的な態度を思い出す。
「でも、君って、不思議。生まれてすぐにそんな風に笑えるアウェイカー、いなかったよ」
「生まれる、か……」
僕はあの棺桶を思い出す。僕は以前から、そこにいたのだと思っていた。けれど、あそこで初めて「生まれた」のだと知って、僕という存在の支柱が急になくなったように感じる。
「ねえ、アリア……」
アリアは、次の言葉を待つ。
「僕らって、なんで生まれたんだと思う?」
「……それも、首長に聞いてみましょう。首長、新顔のアウェイカーに他の人が色々教えるの、嫌いな人だから」
僕らの間の雰囲気がしぼんでいくのを感じる。少し、胸が苦しくなる。
「この上に、首長がいるのよ。通称『組合』。さあ、行きましょう」
たどり着いたのは、十五メートル程の、この集落では一番大きな建造物だった。コンクリート、そして廃材を組み合わせつぎはぎを繰り返したような建物で、木肌、コンクリート、トタンがまだらに散在しているような、奇妙な見た目をしていた。隙間からはちらちらと行き交う人々が確認できて、見ていて飽きなかった。正面には、鉄製の大きな四角い扉があって、横にはキーを入力する端末がやはりある。アリアは、それらを押して、承認ボタンを押す。ピー、と音が鳴って、鍵が開いた。僕たちはその扉を押し入る。
中に入るとロビーのような場所に、人々がたくさんいる。その人々は、なにやら書類を掴んで慌ただしく歩いていたり、カウンターになっている受付で、来訪者への対応をしている者がいる。誰かと談笑をしていたり、怒鳴りあっていたりする。その慌ただしさの中で、端の方にあるぼろぼろのソファとサイドテーブルで優雅にマグカップを傾けている者もいた。その者は、僕と同じ顔をしていて、――ややふっくらとしていたが――僕がじっと見ているのに気が付くと、静かに微笑んで、カップを軽く掲げた。僕は慌ててお辞儀をすると、そのアウェイカーは朗らかに笑った。「トニーね」アリアはその少年の名前を教えてくれた。
これから首長室に行くという旨を僕に伝えて、先導していった。首長の部屋は最上階にあるらしく、僕たちはいくつも階段を登ったり降りたりした。最上階に行くのに、どうして階段を降りる必要があるのか尋ねると、アリアは答えてくれた。
「この建物は増築を繰り返して、中が複雑な構造になっているの」
僕はもしかしたら首長と言う人は珍奇な人なのではないか、と思い始めていた。そして、その予想は当たっていた。僕たちは今、最上階にいる。最後にガーッと一気に階段を上がると、首長がいるフロアにたどり着いた。階段を上がってすぐのところにあるドアを開けると、霧でかすんだ、灰色の空が見えた。最上階やフロアなんて言い方をしたけれど、実際は屋上だ。狭い通路を抜けて来たので、そこは急に開けて見える。広がる床を見て、「こんなに広い建物だったんだな」と感じる。三十メートル四方はありそうだ。そこの片隅に、ボロい麻布でできたテントがちんまりと立っていた。「あそこに首長がいるの」アリアはそう言った。やっぱり、珍奇だった。アリアは笑った。
「あなた、やっぱり面白いわ。その言葉のチョイス。あはは」
アリアに笑われて、言葉の選択を間違えたかな、と耳が熱くなった。
「ううん。あなたはそれでいいと思うわよ。――さあ、早く首長に名前を付けてもらいましょう」
アリアはそう言うと、テントの入り口をくぐるようにして開けた。
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