第3話 同じ顔の少年
僕は一緒にいたメガネの男に連れられて、その少年――ソルベと相対した。
ソルベは後方にある建物の屋根にいた。長い、棒状の何かを持っていた。ソルベが僕たちの姿を見つけると、屋根から飛び降りる。僕はぎょっとしたが、地上付近でぐるりと体を丸め、受け身を取る。近づくと、持っていた物は対物ライフルだと分かる。この人が僕たちを助けてくれたのだろう。ソルベは、対物ライフルを杖みたいに体の横に構えて、反対の手を腰に当てて立っていた。年は僕とそう変わらないように感じる。長めの黒髪を逆立て、顎をツンと上げて、自信ありげな表情をしていた。
「新しいアウェイカーか? ……やっぱり、見慣れるもんじゃねえな」
そうソルベは言った。僕は何が見慣れないのか、よくわからなかった。アウェイカーは珍しい存在なのだろうかと、そう思う。
「えっと……どういうことですか?」
僕は逡巡した後、そんなことを聞く。
メガネの男は、ガハハ! と笑い、僕にその意味を教えてくれた。
「お前らは、おんなじ顔なんだよ。二人だけじゃねえ、アウェイカーは同一の遺伝子を持つ、クローン達の総称なんだ」
そんなことが起こりえるのだろうか。僕の知識では、そんなクローン技術なんて、実現されていただろうか。そして、どうして同じ人間を創造する意味があったんだろう。僕は黙って考え込んでしまう。そんな僕にソルベは侮蔑的に鼻を鳴らす。
「フン。何か言えよ。まだ自分の顔も見てないのか? ――まあ、最初、信じられないのは、よくある話だ。俺だって、そうだったしな。だが、他のアウェイカーの顔を見たら、いやでも納得するだろうさ。……じゃあな」
ソルベはそういって、さっさとその場から離れて行ってしまう。メガネの男はソルベの背中を眺めている。
「ソルベはな、ここにきてまだ三か月なんだけどよ、アウェイカーたちのエースなんだ。愛想は悪いが、気のいい奴だぜ」
「うるせーよ! 余計なこと言ってんじゃねえ、ジジイ!」
ソルベがこちらを振り返って怒鳴る。
「そして耳がいい」
メガネの男は笑っていった。僕はソルベのことを正直、クールだ、と思ってしまった。ソルベと僕は、同じ遺伝子を有しているらしい。いまいち信じられないけれど、メガネの人やソルベが一目で僕をアウェイカーだって見抜いたのは、同じ顔だったからなのだろう。だが、僕には同じ遺伝子があると言ったからって、同じようになれるとは限らない。メガネの人が言った言葉を思い出す。「俺はお前にこのコロニーを守れるような人間にしたいと思ってる」
「お前もあんな風になれよ」
男の言葉が突き刺さる。僕にソルベと同じことができるだろうか……。
「あぁ! こんなところにいた!」
女性の声が響く。アリアだ。
「もう! 待っててって言ったのに! ダールも勝手に連れまわさないで!」
ダールと呼ばれたメガネの男は豪快に笑う。
「ガハハ! 悪い悪い、おろおろしてたもんでな!」
「ホントに悪いわよ!」
「カワイイ顔を見つけたもんでな、口説かなきゃ男じゃねえだろ! ガハハ!」
「アウェイカーだって分かってたでしょ!」
ダールとアリアはワイワイと口論を交わしている。アリアは本気で怒って、ダールはそれをいなすように冗談を言う。仲のいい二人の言い合いを見てるうちに、僕の心は軽くなって、つい笑みがこぼれてしまう。そんな様子の僕にダールが微笑んだ。
「ホントに、こいつ凄かったんだぜ? 霧虫をなぎ倒して、射撃も的確だった。なあ! そうだよな!」
ダールは、僕の肩に手を回して、嬉しそうに顔を近づけ、褒めてくれた。顔が熱くなった。
「話そらさないでよ。もう、しょうがないわね……」
アリアは呆れていた。
「今日はもう遅いから、首長の所に行くのは、また明日にしましょ」
気が付くと、太陽がだいぶ傾いていた。辺りは薄暗くなっていて、霧の影響で、空や集落は灰色に見える。僕の知識にある夕焼けはこんな色じゃないはずだった。灰色の夕方は僕に異界にいることを自覚させる。
アリアは、僕を小さな家に連れて行った。その道すがら、僕にこんな話をした。
「ダールにどんな事を言われたか分からないけれど、あなたはあなたのなりたいようになっていいのよ。私たちには何の強制力も無いんだから。じゃあね、おやすみ」
バタン、と簡素なドアが閉まり、急に静かになった気がした。僕は窓際のベッドにうつぶせに倒れ込んだ。いろんな事があった一日だった。僕は今日の出来事を思い返す。アリアのこと、ダールのこと。そして僕を助けてくれたソルベのこと。そして、アウェイカーと呼ばれる者のこと。
僕は気持ちの整理が付かないまま、ベッドに沈んでいくように眠り落ちる。
僕は気づくとあのヤグラの上に立っていた。まだらに霧がかかっていて、遠くまでは見渡せない。そして、あの不快な羽音が背筋を寒くさせた。――霧虫。僕は今、霧虫に狙いを付けられている。状況を察すると同時に、周囲を確認した。自分でも驚くぐらい、冷静に判断していたと思う。そばにあったのは、セミオート式のマークスマンライフル一丁。そして7.62㎜弾薬が詰まったマガジンが五つ。霧虫の羽音と奇声が近くなる。僕は飛び掛かるようにして、ライフルを掴んだ。まずは一匹が飛び掛かってくる。伊彦級の間の観察と、そして射撃。最も近い霧虫を撃ち落とす。そして、次の虫へ銃口を向ける。霧虫を次々無力化。今日覚えた通りに射撃すれば確実に撃ち落とせる、という安心感があった。二時の方向から、三匹の霧虫の襲来。一匹目も難なく撃ち落とす。すぐさま二匹目に照準を合わせようとして、僕は固まる。霧虫の体に、アリアの顔が付いていたからだ。僕は引き金を絞るのを止めようとしたが、間に合わなかった。弾丸が射出される。アリアの眉間に穴が開く。「ギャアアアアア!!!」アリアは悲鳴を上げて地面へと墜落していった。僕は吐き気を覚え、胃の中のものを戻す。しかし、体は止まらない。吐しゃ物まみれになりながらも、三匹目に注意を払う。三匹目はダールの顔をしていた。僕の体は停止することを知らない。マガジンに弾がなくなる。リロードが必要だ。頭の中の僕は「やめろ!!」と絶叫する。意思に反して言うことを聞かない僕の体。側にあるマガジンを急いで拾い、装着。カチリ、とハマった音がして、すぐさまトリガー。ところが薬室に弾は無く、弾は撃たれなかった。ダールの顔が歪んで笑い、「そういえば、コッキングを教えてなかったな」ダールは僕の喉笛を噛みちぎった。
目が覚めると、霧に拡散された朝日が柔らかく窓から差していた。僕は汗だくで、肩で息をしていた。ベッドの上にうずくまって、嗚咽を漏らす。泣いていると同時に、なんだか悔しくなって、枕を殴りつけるが、ボスボスとした音がなるだけで、気は晴れなかった。指先はピリピリしていて、すこし痺れがあった。夢の中での銃の反動を思い出す。そして、その反動を押さえる為の体のこわばりも。それから僕は虚脱感に襲われて、天を扇いでいた。
コンコン。
安っぽいドアが鳴る。
「大丈夫? うなされていたみたいだけど。――これから首長のところに連れて行くから、準備してね」
アリアだった。
「あ、ああ。すぐ行くよ」
僕は取り繕うようにそう返事をした。アリアの額に銃弾を打ち込んだことを思い出して、体はこわばった。じゃあね、とアリアは離れていく。
僕は誰に向けるでもなく、わざとらしく大きく息を吐く。そして、独り言を言う。「必要だったんだ」と。もちろん誰に向けたのか分かっていないわけではない。自分を正当化するために僕自身に向けた言葉だった。自分に対しての詭弁だった。しかし詭弁でも効果はあったようで、次第に気持ちが落ち着いてくる。周りを見渡す程度には余裕が生まれた。
部屋には、簡素な雑貨棚ぐらいしかなかった。おそらく、前にこの部屋を使っていた人がいたのだろう、棚には写真立てや、いくつかの本や、薬瓶などが収められていた。僕はなんともなしにその棚を眺める。写真には、同じ顔をした人間が三人写されていた。肩を組んだり、笑っていたりして仲睦まじい様子が見て取れた。本当に、同じ遺伝子を有しているクローンなんだな、と思う。では、僕は……?
僕は鏡を探す。隣の小さな部屋に洗面台が設えてあった。壁には、鏡も取りつけてあって、割れていた。僕は僕の顔を覗きこむ。
写真の中の三人と同じ、ソルベと同じ顔をした人間が、ぼんやりとこっちを見ていた。
鏡のヒビが僕をずらして写して、多重に見せた。
そうなんだな。僕は、クローンであることを初めて自覚したが、奇妙にも落ち着いていた。
そっと、鏡の中の自分を指先でなぞる。
鏡の破片の一つが、床に落ちる。
そして破片のあった壁には、どこかで見たような筆致で文字が書かれていた。
僕はその言葉を心に留め、顔を洗って部屋を出る。
「夢はゆらぎ」
壁には、そう書かれていた。
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