29 神の残影

 先遣隊が来た翌々日の9月17日、朝6時45分過ぎ。

 温かいかけうどんに、おでん風に煮たイイダコ、揚げ蒲鉾てんぷら、豆腐。高菜と豆腐の炒め物という朝食を食べている途中のことだった。


 15人の集団が村を出て何処かへ向かっていると、全知が告げた。

 方向は東、ドキ川の方。

 メンバーを確認する。ビブラムやクエルチェ、集団の相談役兼生き字引的な存在のサレルモ、倉庫管理担当のエイダンといった村の重鎮が多い。


 魚捕りか、それとも他の採取活動だろうか。それにしてはメンバーが妙だ。

 持ち物もやっぱり変だ。夏蜜柑とか、酒が入った壺とか、薄焼きパンとか。外で宴会するという雰囲気でもない。


「今日、何か村の行事ってあったっけ?」


 一緒に朝食を食べているロシュとブルージュに聞いてみる。


「今日は6曜日で、畑への水やり以外、お仕事はお休みのはずです」


 この世界も週末はお休みなのか。

 そう思ったところで、全知から説明が入った。


『6曜日が休みなのは、この周辺ではケカハとセキテツだけの慣習です。かつてケカハの土地神アナートが『仕事を休んで空地海に感謝する日』としたものですが、実際は領民の働き過ぎを心配しての提案で、その事はアルツァーヤや領民も知っています。当時はケカハも豊かで、週に1日程度休んでも領民の生活には支障ありませんでした』


 なるほど。私の前任アナートは、領民思いの神だったようだ。

 でもそれなら何故、ケカハを離れたのだろう。


 ただその辺は、ロシュ達に聞いてもわからないだろう。

 聞くとすればアルツァーヤ辺り、人間の目でというとせめてビブラムか。


「ありがとう。それじゃ今日は、村では何もない筈ね」


 そう言って、そしてうどんをすすりつつも、先程の村人達の様子を何となく確認する。

 どうやら川を渡って、更に先に行くようだ。

 今は水が少ないから渡れるけれど、沈下橋みたいなものを作っておいた方がいいだろうか。


 帰りもまた川を渡るのは不便だろう。なら村人達が渡り終わって更に先に行った時点で橋を作っておこう。

 ついでに土手にも、上がりやすい道を作った方が歩きやすい。


 いっそ橋は、洪水時でも問題無いような、アーチ状の大きな橋を作ろうか。

 材料は何処かから土を収納して、岩化して、ブロック構造でイメージすれば、作れないことはない。

 あとはアプローチの道路も……


 そんな事を考えつつ、やっぱりおでんには辛子味噌で、味噌は白みそだよなと思いつつ食べ、更にはロシュやブルージュがちゃんと食べているかを確認しつつ。

 なんとなく例の集団の事も、全知で追っている。


 集団が向かっているのは東方向で、その先にあるのは小さな山だ。

 この村を作る前に私が拠点にしていた、讃岐富士もどきより二回り小さく海側に近い。

 富士山の冠雪する部分が水平に切り取られたような形状で、頂上部分が広い。


『青の山と呼ばれている山です。広い山頂には土地神アナートの神殿がありました』


 神殿か。以前のケカハの土地神は、どういう場所に住んでいたのだろう。

 アナートがこの地を去ったのは十年前だから、今でも痕跡くらい残っているだろう。

 そう思って、山頂の風景を見てみる。


 砂地に枯れた草が倒れている、広い山頂。私が居を構えていた讃岐富士もどきより更に海が近く、周囲の見晴らしがいい。

 しかし建物らしい跡は何も無い。全知を使った神の目で見ても、土台一つ残っていないのだ。


『アナートは建物や道路、その他人工物及び神が作った物一切を、分解して砂へと変えてから去って行きました。ですからケカハに、コトーミが来る以前の建物や道路などは、一切残っていません』


 何故そんな事をしたのだろう。

 壊すのにも、それなりの神力は必要だろう。

 他の世界に行くのなら、神力は少しでも多い方がいい気がする。

 それとも、そうまでしないと治まらないような恨みとか、負の感情があったのだろうか。


『逆です。アナートが人工物一切を壊し、この地を去ったのは、人々をケカハから去らせる為です。

 10年と少し前、元々乾燥して人が住むには困難となっていたケカハの地を、更なる干害が襲いました。結果、これ以上この地にしがみついては人の為にならない。そう判断したアナートは、隣接するセキテツのアルツァーヤに人々の移住受け入れを依頼。

 移住先を確保した後、領民全員にケカハ平野から出るよう命令。平野部から人々が去った後、街や村、道路といった人工物、そして自分の神殿を、全て崩壊させ、砂へと化したのです』


 人々がケカハ平野に戻ろうとしないように。戻って、乾燥に苦しまないようにか。


『その通りです』


 なるほど。

 確かに私がケカハに来てから、人工物の痕跡は見当たらなかった。

 愛着を断ち切る為に、徹底的に消し去ったのだろう。


 なら先程の集団が何処へ、何の為に向かっているのか。もう答が出たようなものだ。

 だったら……


 アナートが好きだったものは、何だろう。


『蒸留酒が好きでした。『神だから酔っ払えないのが悲しい』と言いながら、小麦から作った40%位の蒸留酒に夏蜜柑を搾ってかけたものを飲んでいた姿は、村人にもお馴染みでした』


 なるほど。

 麦焼酎なら材料があるから収納内で作れる。夏蜜柑ならまだ村の周囲の果樹林に実っているから採るのは簡単だろう。


 あと青の山は、標高200m程度で周囲が草か岩で傾斜もなだらか。道を作るのは難しくない。

 橋と一緒に、ついでに村からの道も含めて造ってしまおう。


 もちろんすぐに全部は造らない。

 ビブラム達が山上に着くまでには、気づかれないようにしよう。

 思い偲ぶ時間は、きっと必要だから。


『ビブラム達が山頂に到着するまで、あと1時間半程度です』


 朝食を食べた後工事しながら進めば、ちょうどいいだろう。

 村の方から順繰りに造っていけば、ビブラム達に気づかれにくい。


「ロシュ、ブルージュ、ごめん。今日何か特別な用事が無ければ、ご飯を食べた後に車を出して貰っていい? 道を造りながら進むから、速度はあまり出せないけれど」


「「行きます!」」


 山頂で飲んだくれたら、回収車は絶対必要だろう。

 そして車の運転は、ロシュとブルージュに任せると決めている。

 それに2人とも、車の運転は好きなようだ。

 昨日の夕方、練習と称してセキテツへの道を60km/h位で飛ばしていたし。


 酔っ払い達が面倒かもしれないけれど、その辺は私がロシュとブルージュの壁になればいい。

 あと2人用のおやつも、収納内で作るとしよう。

 夏蜜柑があるからマーマレードっぽいのを作って、薄焼きパンで食べればいいかな。


 取り敢えずはドキ川までの道と、橋からか。

 私は全知を使って完成図をイメージしながら、ロシュとブルージュがちゃんと食べていることを確認しつつ、私はうどんをすする。

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