第7話 雨期に来るもの⑴

30 順調過ぎる? 滑り出し

 先遣隊が来てから5日目の9月20日第3曜日、私がこの地に来てから初めての雨が降った。

 弱い雨が3時間程度で、地面のほぼ全体が濡れるかな程度の降りだけれども。


『あと2回程度雨が降れば、一気に周囲に草が生え始めます』


 全知がそう言っているし、残っていた枯れ草も倒れはじめた。

 そろそろ此処の農業シーズンが本格的に始まりそうだ。


 村の規則や役割分担についても、村の重鎮とで話し合って決めた。

 ただし文字を読める者が圧倒的に少ないので、複雑な規則を作っても、覚えられないから実効性がない。


 だから規則と言っても、

  他人のものは盗まない、他人に危害を加えない、家に帰ったら手を洗う……etc

といった程度のものだ。


 なお村の重鎮とは、要は青の山山頂でアナートを偲ぶ会として、一緒に夏蜜柑ハイを飲んだ皆さんだ。

 だからか話は割とスムーズに進んだ。

 衛生面に関する規則、たとえば下肥は使わないとか手を洗うといった規則が何故必要かを説明した程度だ。


 あと、ロシュとブルージュが可愛い。

 口調はまだ固いけれど、笑顔をみせてくれるようになったし、御飯もちゃんと食べてくれる。

 本当はもっと甘えてきて欲しいのだけれど、まだ日数が経っていないし、焦っては失敗する可能性がある。

 だから自然に、距離が近づいてくるのを待とうと思っている。


 なお私の家の主食は、基本的にうどん。たまに素麺かパンも出すけれど。

 日本人なら米が食いたくならないかと言われそうだけれど、元香川うどん県民だから問題ない。

 琴電のアイドルことちゃんも、SNSで言っている。


『ごはんがなければうどんをたべればいいじゃない』


 ロシュもブルージュも麺がメインの食事に慣れたし、従来の薄焼きパンや豆スープより美味しいと思ってくれている。

 私が強制したのではなく、全知で確認したので間違いない。


 ただうどんオンリーでは栄養価が偏るし、将来糖尿病になったら困る。

 だからおかずに野菜炒めをつけたり、野菜たっぷりの焼きうどんにしたりとそれなりに工夫している。

 私個人としては、ぶっかけか、釜揚げに出汁醤油をかけてぱくつくのが一番なのだけれど。


 あとケカハは箸を使う文化圏ではない。

 だから2人用にフォークを作って、使って貰っている状態だ。


 我が家以外では、まだうどんは食べられていない。

 ケカハをうどん県にするには、最低でも醤油といりこが一般人の手に入るようにする必要がある。


 いりこの方は、漁業者の人数が増えて、漁船2隻でバッチ網漁が出来る様になれば出来るだろう。

 しかし醤油は、誰かが教えなければ出来ない可能性が高い。

 なので現在、神社の敷地内に醸造試験所を作っている。

 ここで醤油やみりん等を見本的に造っているのだ。


 なおネギやショウガ、大根、ゴマは、栽培可能な種としてアルツァーヤから貰った中に入っていた。

 これから村人が作る作物にも入っているから、来年には更に完成度が高いうどんが食べられるだろう。


 何というか前途洋々という感じだけれど、個人的に残念なことがある。

 村人の皆様、早起きなのだ。

 灯火が貴重といういう事もあるけれど、皆さんほぼ日の出とともに起きている。 


 当然ロシュもブルージュも、日の出とともに起きて動き始める。

 ちなみに今朝の日の出の時刻は5時47分。

 もちろんこの世界に、そんな時刻の表現はないけれど。


 私としては、朝は9時くらいまでのんびり寝ていたいというのが本音だ。

 実際、先遣隊がくる前日までは、その位に起きていた。


 もちろん『神様は別』と皆を納得させる事は出来るだろう。

 しかしそうまでしてゆっくり朝寝というのも、落ち着かない。

 だから諦めて、皆と同じ日の出で起きることにしている。


 さて、先遣隊102人が村人として住んでくれたおかげで、この土地にも真素マナが増え始めた。


 本来ならこれで得られる真素マナや、この魔素マナから変換する神力は、私の生存に最低限程度の筈だ。

『人が100人の村が一つ出来れば、それだけで土地神の維持に最低限の神力は確保可能です』

 ここへ来た当初に、全知がそう言っていたし。


 しかし実際に今、得られている真素マナは、ずっと多いらしい。


『通常の100人の住民と比べ、倍以上の真素マナが得られています。これはコトーミに対する信仰の度合いが高いことが理由です。また村の為に造った林の木々も、そこそこの真素マナを出しています』


 こうなると、私ももっと神力を使ってあれこれ出来るようになる訳だ。

 ただ村の中に追加した方がいい施設や道具は、私にお願いがくるより前に、村人の方で作っていたりする。


 たとえば土を掘って魔法で岩盤化で作ったプール状の塩田。


『海水を天日乾燥させて塩分濃度を濃くして、水中に析出した結晶を取り出す方式です。雨期といっても、まだ雨はそれほど多くありません。海水量を調整すれば、1日でもそこそこの量の食塩を得る事が出来ます。更には水魔法の乾燥を使えば、薪1kgで充分な塩を確保する事が可能です』


 濃くした海水を釜で煮詰める、かつて香川の塩田でやっていたのとは違う方法論だ。


 また大きいバケツくらいで、構造は樽とか桶に似た木と鉄で出来た容れ物を、村の共用として20個以上作ったりもしている。


『来年の乾期に備え、塩蔵品等を貯蔵する為のものです。容量は1個あたりおよそ90ℓ相当です』


 更に漁業用の小舟とか、糸より器とか織り機とかまで。

 やはりこの地で生活している村人の方が、神である私より此処で必要な物を知っているようだ。


 しかしここまで村人が何でもやれるなら、もう私は必要ないのではないか。

 そんな事を思ってしまう。


『村人がここまであれこれ出来るのは、コトーミに魔法を与えられた上、材料となる木材や金属の在庫が充分にあるおかげです。また新たに移住した村や家が、今までの基準からみればとんでもなく立派で、畑等も広く環境がいい事も、士気や信仰心の向上に繋がっています。更に魔法で、様々なことが簡単にできるようにもなりました。

 その結果、以前はあまり働かなかった者すら、自分からあれこれやっている状況です。

 ですから自信を持って下さい。そもそもここまで人間に手を貸す神は、他にいません』



 ※ 『ごはんがなければうどんをたべればいいじゃない』

   ことちゃん 【ことでん公式】@irucakoto が、2016年9月12日、午後1時15分にツイートした言葉というかイラスト。

   なお本当はこれ、フランスのウドン市にある中世の古城、ウドン城で開催された、うどんをメインとした日仏文化交流イベントに対するツイート。決して米不足時代の日本を揶揄する言葉ではないので注意。

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